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3ー5.キッチンでのひととき


「シャワー、ありがとうございました。ピアさん、俺に手伝えることはありませんか?」


セスはたった今の罪滅ぼしをしようと、キッチンで昼食準備中のピアに声をかけた。


「いえいえ、大丈夫ですよ。それよりシャワーの後ですから、冷ましたハーブティーはいかがですか?」


「どうも、いただきます」


ピアは料理中の手を止め、ティーポットからハーブティーをマグカップに注いで、セスへ差し出した。

ポットとお揃いのティーカップではなくマグカップを選んだのは、ただの横着ではない。

喉が乾いているセスのことを考えて、容量の大きなものを選んだのだ。

温度も無闇に冷やし過ぎず、体に優しい温度を心掛けて冷ましてある。


ピアが作る美味しそうな料理の匂い。まだ暑過ぎない麗かな春の陽光。

日常生活の空気に包まれながらも、まるで白昼夢の中にいるようにも感じられる。

穏やかな空間、幸せなひととき……


…………


しまった! 何か役に立とうとしたはずが、逆にまた世話を焼かれてしまった。

香りの良いハーブティーで喉を潤しながら、セスは次の挽回の機会を伺うことにした。


「?……ピアさん、2人分にしては随分たくさん作るんですね。夕飯の下拵えもしてるんですか?」


テーブルに並んだ調理済みの料理と、カウンターに並んだこれから調理する食材。

その量にセスは首を傾げた。


「いいえ。今、4人分の昼食を用意してるんです。実は今日、リーナちゃんとレミくんが昼食を食べに来るので。お伝えするのが遅くなってすみません……」


「えっ……⁉︎」


唐突な知らせに困惑するセスに、ピアは話を続ける。


「昔から雑貨屋の定休日には3人で食事をする習慣なんです。レミくんの留学中はリーナちゃんと2人でしたけど。今日みたいに天気がいい日はデッキで食べるので、セスさんは屋内に隠れられます。でも、いっそのことリーナちゃんたちにも事情をお話ししてみませんか? きっと2人ともわかってくれますよ。それに、4人一緒の素敵なお食事会ができますから」


ピアは自分の提案にセスも賛同してくれると信じていたが、セスは首を横に振った。


「そうですか……残念です。では、セスさんの分は出来上がったらここに置いておきますね」


少ししょんぼりしながらも優しい声で話してくれるピアに、セスは罪悪感で胸が痛んだ。

とはいえ、そんな可憐なピアとこの家で2人きりで過ごし、シャワーまで借りたのだ。

ピアに熱を上げている裁縫男レミに知られたら、生きたまま針山にされそうな話である。

やはり知られるわけにはいかない。


せめて何か、励ますような気の利いた一言でも思いつけないだろうか?

そんなことを考えつつセスがキッチンに立ち続けていると、突然くるりと振り返ったピアが申し訳無さそうにセスを見上げた。


「あの、すみません。踏み台を取りたいので、道を空けてもらえますか?」


「え?……あっ」


セスはハッとして流し台上の収納扉を見た。

平均的な女性の身長しかないピアでは届かないが、セスなら踏み台が無くても届く高さだ。


「俺、このままで届きますよ。どの扉ですか?」


「それでは……この1番奥の扉から、果物を入れる籠を1つお願いできますか?」


「ええ、お安いご用ですよ」


そう答えながらすぐに扉へ手を伸ばしたセスは、「しまった」と思った。

さほど幅の広くはないペニンシュラ型キッチン内で、うっかりピアを行き止まりに追い詰めるような格好になってしまったのだ。

かといって今更、後に引くのも不自然だ。自分の顎の下にピアの頭が見えて緊張しつつも、セスはそのまま籠を取り出そうとした。そのとき……


ガチャ!


「⁉︎」


不意に、玄関の扉が開かれた。


「ピア‼︎ 大丈夫⁉︎」


「まあ、リーナちゃん! 大丈夫、とは何のことでしょう……⁇」


鬼気迫る様子でどかどかとダイニングへ入って来たリーナは、ピアの落ち着いた様子を見るとピタリと立ち止まった。

それから大きく溜息を吐き、訝しげにセスを睨みつける。


「セスさん、どういうことか説明してもらえる?」


「……!」


セスは自分の状況を瞬時に整理して、青ざめた。


シャワーの後でシャツが乾いていなかった為、今はまだ上半身裸で首にタオルをかけた姿。

リーナのいる位置からだと、ちょうど下半身がカウンターと食材で隠れて全裸に見えなくもない。


「待てリーナ、誤解だ。俺はただ……」


ガタタタッ‼︎


ところがセスの弁明を待つことなく、リーナの背後から突然大きな物音がした。


レミだ。


玄関扉に寄り掛かった状態で床に膝を突き、絶望顔でブツブツと呟いている。

こちらはリーナとはまた別の方向に誤解してしまったのだ。


「嘘だろ……ピアがあいつと……? なんで⁇……ありえない……悪い夢に決まってる……」


虚空を見つめるレミの目から、ボロっと大粒の涙が溢れだす。


「レミくん⁉︎ どうしたんですか⁉︎」


驚いたピアはセスの横をするりと通り抜けると、キッチンを飛び出してレミへと駆け寄った。

咄嗟にセスもその後に続こうとしたが、ピアと入れ替わりにキッチンへはリーナが踏み込んでくる。


「どういうことかっ、説明してもらうわよ~?」


「ぐえっ⁉︎」


リーナはセスが首にかけているタオルの両端を掴むと、それを交差させて思い切りグイ~っと引っ張った。

すると、先ほど取り出しかけていた籠が落ちてきて、セスの頭へと被さり、視界を奪う。


「あ!」


フラついたセスはリーナを押し倒すように転倒。リーナに蹴り飛ばされた後、頭に籠を被ったまま今朝の事情を説明した。

網目の隙間からは、ピアに背をさすられながら泣いているレミの姿が見えた。セスもちょっと泣いた。



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