3ー3.ピアの生活
「さーて、これからどうしたものか……」
逃げ出すことばかり考えていたセスは、これから何をして過ごすかは考えていなかったことに気付いた。
村に娯楽施設のようなものは無い。そもそもセスは母国にいた頃も、そういう場所へ行くより、実益と経験を兼ねて狩りへ出る方が多かった。
「村の温泉は午後からだったな……白兎亭だとアリスに捕まりそうだし、ネリアからピアさんの弁当を受け取り損ねたのは痛いな……ていうか俺のことは村中に知られてるのに、平日朝から遊び歩いてたらサボってんのバレバレ?……マズイな」
冷静になった途端、セスは自分の計画性の無さに絶望した。
精霊によるストーカー被害のストレスが思考を鈍化させていたのだろう。
セスはとりあえず村人に見つからないように、土を踏み固めただけの道から外れて繁みの奥へ歩いていった。すると……
「んっ…………ふぅ……」
「ピアさん⁇」
重そうに植木鉢を運ぶピアと出くわした。
セスは草むらを歩いているうちに、ピアの家の裏庭へと迷い込んでいたのだ。
「あら? おはようございます、セスさん」
セスに気付くと、ピアは鉢を置いてニコリと挨拶した。
その穏やかな微笑みにセスが癒される間も無く、懸念通りの質問は飛んでくる。
「ネリアさんとご一緒ではないのですか? 今日もお仕事だと伺っていたのですけれど……精霊さんの姿も見えませんね⁇」
「あの、その……実は……」
ピアの曇りなき真っ直ぐな眼差しを前に、セスは嘘がつけなくなって本当のことを話した。
事情を聞かされてピアは驚いたが、セスを責めることはしなかった。
「……そうですよね。誰しも他者に踏み込まれたくない領域はあるでしょう。やましいことが無くても、ずっと見られていれば緊張もしますし、繊細な方なら尚更です」
「ご理解感謝します、ピアさん。だから今日はネリアに聞かれても、俺の目撃情報は秘密にしてください」
「困りました……それではネリアさんに嘘をつくことになってしまいます……」
「そこをなんとか」
公平と誠実を重んじるピアは、少し考えて提案する。
「では、こうするのはどうでしょう? 村に出ても体裁の悪くない時間帯まで、セスさんにはわたしの家で休養してもらいます。ネリアさんがこちらに戻られたときは、先ほどセスさんから伺った悩みについて理解していただけるよう、わたしが説得に努めます」
「それは助かります! ピアさんから話してもらえば、きっとネリアもわかってくれるはずです」
女神の加護とも呼べるピアの協力を得て、セスは安堵のため息を吐いた。
「でも……わたしは今のように提案させていただきましたが、本当はネリアさんならもうとっくに理解していらっしゃると思いますよ? セスさんがお逃げしたことを知られないよう、探し回ったりせずにセスさんのお帰りを待っていてくださるのでは?」
「そうだといいんですけど……あっ。ピアさん、これ運ぶ途中でしたよね。手伝います」
ピアが何度も下に置いて少しずつ運んでいた大きな植木鉢を、セスは軽々と持ち上げて片腕に抱える。
「まあ! 鍛えていらっしゃる方は流石ですね!」
「女性の細腕と違って、男ならこのくらい余裕ですよ。なんなら、もう片腕でピアさんのことも運んでいきましょうか?」
「鉢と違ってわたしには自分の足がありますので、その必要はありませんよ。ふふっ、セスさんはご冗談がお好きなんですね」
2人は並んで歩きだした。
***
「ありがとうございます。セスさんのおかげで、あっという間に片付きました。お礼は何にしましょう……⁇」
「いえいえ、今のは匿っていただけるお礼です。他にも俺に手伝えることがあれば、何でも言ってください。いつも美味しいお弁当を作ってもらってるお礼には、まだまだ全然足りませんから」
鉢を運んだ後、ガラスハウスで植え替えを手伝ったセスは、この機にピアへ恩返ししようと張り切っていた。
ピアに好かれたいのは本心だが、そこに下心は無い。清楚なピアに対して、そういった感情を抱くのは憚られた。
セス自身を含めたどんな人物のものにもならず、ピアにはずっと神聖で不可侵な存在で在り続けてほしい。そんな気さえする。
「でも、せっかくセスさんがお休みを取られたのに、わたしが働かせては悪いです。あとはわたしがやるので、セスさんには寛いで頂かないと。書斎に師匠の集めていた本がたくさんあるので、読書はいかがでしょう? キッチンにあるものも、ご自由に食べていただいてかまいませんよ。ネリアさんからいろいろお話を伺って、セスさんのことは信頼していますから」
「いくら身分証明ができているからといって、他人に家を自由に使わせるのはよくないですよ。それに……ピアさんとここにいるのは、とても癒されますから」
そう言ってセスはガラスハウスを見回した。
ピアの家の裏庭には、円形の鳥籠のような可愛らしいガラスハウスが4つ。
それぞれ中央の台座にセットされた魔石によって、育てる植物に合った環境に固定されている。
ピアは、調味料や香料、薬の原料として需要があるハーブを育て、村の業者へ納品することで生業としていた。
ハウス内はハーブの香りがする清々しい空気に満たされていて、ガラスの向こうの景色も不思議な空気を纏って見える。
「このガラスハウスは師匠が設計したんです。師匠は植物にとても詳しくて、わたしはここでたくさんのことを教わりました。……セスさんにもこの場所を気に入っていただけて、本当に嬉しいです。わたしも、ここで過ごす時間が大好きですから」
師匠のことを話すピアはとても誇らしげで、本当に大好きなのが伝わってくる、そんな笑顔だった。
***
昼飯時が近付いた頃、セスはピアの家庭菜園で収穫の手伝いをしていた。
ピアの言う通り、ネリアはセスを探しに来ない。ちゃんと精霊少女と留守番してくれているのだ。
「ピアさん、他に収穫するものは?」
「今日はこれで全部です。お疲れ様でした、セスさん。本当にありがとうございます」
ピアは野菜の詰まったカゴを大事そうに抱えて微笑んだ。その笑顔に、セスの労働の疲れなど一瞬で癒されてしまう。
ピアの畑では色々な種類の野菜が少しずつ育てられていて、庭木には果樹が数種類ある他に茶の木まである。
正に自給自足生活といった様子だ。
どこもよく手入れが行き届いていて、そのあまりの完璧さに、セスは感心すると同時にピアが心配になった。
「それにしても、これだけのガラスハウスに家庭菜園……ピアさん1人で管理するのは大変じゃないですか?」
「そんなこともありませんよ。ガラスハウスの植物は手間がかからないものですし、ここへは素敵な隣人さんがお手伝いに来てくれますから」
ピアは苦労を微塵も感じさせない爽やかな声で答えた。
セスは本日定休日の雑貨屋の方を見る。
「隣人? リーナのことですか? ピアさんとは幼馴染みでしたよね」
「ええ、リーナちゃんが手伝ってくれることもありますね。でも……リーナちゃんやセスさんの他にも、わたしには素敵な隣人さんがいるんですよ」
ピアはそう言いながら、セスの背後にある繁みへ笑いかけた。すると……
「みゅっきゅー!」
「みゅっみゅっ」
「きゅ~?」
ガサガサと繁みを鳴らして、3匹のシュシュが現れた。
各々、スカーフを巻いたりチョッキを着たりしてお洒落している。
シュシュたちはトコトコと畑の前まで歩いてくると、手持ちスコップやジョウロを拾い上げて、首を傾げた。
「みゅん?」
ピアは、そんなシュシュたちに目線を合わせるように屈んで話しかける。
「こんにちは、シュシュさんたち。お手伝いに来てくれて、ありがとうございます。でも今日はセスさんのおかげで、もうお庭仕事は残ってないんですよ」
「きゅー……」
「ピアさん、このシュシュたちは……⁇」
「わたしの素敵な隣人さんたちです。森で暮らすシュシュさんたちは、植物を育てる達人でもあるんですよ」
にこやかにそう答えるピアの背後で、シュシュたちは収穫後の空いたスペースにスコップを刺し始めた。
何かを植えに来たのだ。
「ピアさん、いいんですか? シュシュたち、勝手になんか植えてますけど……」
「はい、大丈夫ですよ。シュシュさんたちのお勧めには従うように、師匠から教えられました。それに、実際この子たちは収穫のタイミングをわかっていたから、新しく植えるものを持ってきてくれたのでしょう。本当にこの畑のことをよく考えてくれているんです」
「へぇ……シュシュってすごいんだな」
セスはシュシュたちを驚かさないように、距離を保って静かに作業を見守ることにした。ところが……
「みゅっきゅ~~ぅ‼︎」
ガササッ‼︎ ドスーーンッ‼︎
「うわーっ⁉︎」
突然、セスの背中に毛むくじゃらの塊が体当たりしてきて、セスはシュシュたちが掘り返した土の中へ頭から突っ込んだ。
「セスさんっ⁉︎」
「……っゲホッ、ゲホッ‼︎ な、なんだぁ⁉︎ コイツは⁉︎」
「みゅきゅ~~っ♪」
セスは起き上がって、自分にのしかかっている毛玉を引っ掴む。
毛玉の正体は、毛の伸びまくったシュシュだ。
「きゅーきゅー♡」
「こ、こら……っ」
モサモサと動きながら擦り付いてくるシュシュを押さえようとして、セスは毛の中の何かを掴んだ。
引っ張り出してみると、それは伸びた毛に埋まって見えなくなっていたスカーフだった。
その色と柄に、セスは見覚えがあった。
「あ! コイツ、前に山で会ったシュシュだ!」
毛が伸び過ぎてすっかり別人……別シュシュである。
「まあ! その子がそうだったんですね。ネリアさんからお話伺ってます。それにしても……その子、セスさんにとっても懐いてるんですね。会えて本当に嬉しそう」
毛玉シュシュは「きゅーきゅー」と鳴きながら、セスにしっかりと抱きついている。
「懐かれるのはいいけど、これじゃ困るって……! おい、離れろ……っ」
「さあさあ、シュシュさん。セスさんが困っているので、それくらいにしてあげてください。伸びた毛をカットしましょうね」
「きゅーん」
ピアが後ろからそっと抱き抱えると、毛玉シュシュはおとなしくなった。
セスはやっと立ち上がることができたが、髪も顔もシャツも泥だらけだ。
「こんな状態になった以上、俺は帰ってシャワーを浴びることにします。せっかくピアさんが匿うことを決めてくれたのに、中途半端なことになってすみません。でも、今日は貴重な体験ができて楽しかったですよ。本当にありがとう」
無様な姿を晒して気落ちしたセスは、これ以上ピアの迷惑になる前に帰ろうとした。
だが、去ろうとしたセスのシャツの裾を、ピアがちょんと摘んで引き留める。
「あのっ! セスさん、シャワーくらい遠慮せずにここで浴びてください。幸い泥で汚れたのはシャツだけですから、すぐに乾きますよ」




