1ー1.魔脈管理士
タペストリー世界の暦は、トランプに因んだ4つの月があって各13週間。
成人は15歳からの設定ですが、飲酒や婚姻もあるのでキャラ年齢は明言しないでおきます。(20歳だと思って読んでもOK)
クローバーの月、初週。
ガタゴト……ガタッゴトン……
「……お尻、痛ぁ~い……」
突き上げるように揺れる車内で、青いまとめ髪の少女ネリアは嘆いた。
今日は早朝から荒い山道をもう何時間も、大人しいが力持ちの大型草食魔獣『バンマ』が引く車で進み続けている。
「……我慢するしかないだろ……」
ネリアの隣に座っている銀髪の青年セスも、同じく痛みに耐えながら揺られていた。
セスとネリアは『火の国』の『公認魔脈管理士』。
大気中のみならず体内を含めた物質中、つまりこの世界中を満たしている魔力……その強さ、属性、流れる方向などを見極めて調整する役割を担う者である。
揃いの制服であるベストと飾り帽子には、12ある階級を示す葉飾りが4枚まで縫い付けられている。
2人ともほぼ新人同然の若者でありながら、既にこの階級。
魔脈の流れを読む能力だけではなく、自身を護る戦闘力も備えているからである。
護衛なしの最少人数で活動可能な2人は、この度やっかいな任務に指名されてしまった。
隣接する友好国である『地の国』での魔脈調整任務。それも辺境にある小さな農村。
そこは6年前の『大陸魔脈変動』で山が崩れ、実り豊かな土地の多くが土砂に呑まれてしまった。
災害後、他所へ移住した者も多いという。
それでも村に残った者たちは復興に励んできたが、災害から数年経っても辺りの土地は復活するどころか衰えていくばかり。
その原因がどうやら周辺魔脈の乱れによるものらしいというので、専門家不足の地の国へ火の国から応援を遣すことになったのだ。
大陸魔脈変動では、火の国でも鉄道が『魔穴』に呑まれ、多くの行方不明者が出た。
強い魔力の凝集であるとも、魔界の扉であるとも云われている魔穴。
魔力を噴き出すこともあれば、吸い込むこともあるし、その規模も出現期間も様々。
未だ謎多きその魔穴も魔脈の乱れによって発生するというのだから、魔脈管理士というのは大変重要な職業である。
「はあぁ〜、山道が揺れるのは覚悟してたけど……座面硬すぎ〜。お尻痛いよ〜、お尻ぃ〜」
「おい、あんた。女がそんな言葉を連発するな。はしたないぞ」
尻尻うるさいネリアを見かねて、向かいの席に乗り合わせていた赤髪の青年レミが注意した。
上等そうな緑の上衣と同じ色の目をキリリと吊り上げて、神経質そうに眉間にシワを寄せている。
「でも私、本当にお尻がぁ……」
「予備のクッションをやるから黙ってろ。いくらかマシになるはずだ」
そう言うとレミは読みかけの本に栞を挟み、荷物の中からフリルがたっぷり付いたクッションを取り出した。
「ほら」
「わぁ〜、ありがとうございます♪ すっごく可愛いデザインですね! こういうのお好きなんですか?」
「僕用のものじゃない。ある人に贈ろうと思ったけど、少し派手すぎてイメージに合わないからやめたんだ」
レミはネリアへクッションを寄越すと、それ以上の会話を拒むかのように、すぐ読書を再開した。
そんなレミ自身の下には勿論、最初からクッションがある。
地の国から火の国へ短期留学へ行くとき、レミもネリアたちと同じ思いをしたため、今回はちゃんと用意してきたのだ。
「よいしょっと……」
ショートパンツとソックスガーターに強調された柔らかなネリアの太腿が、ムニムニと動きながら座るポジションを整える。
その様子をセスはこっそりと観察した。一向に代わり映えのしない窓の外の景色よりは心を惹いたのだ。
セスはネリアの尻に潰されたクッションを見ながら、幼い頃からよく周りの者に「セスはネリアの尻に敷かれている」なんてからかわれていたことを思い出した。
別にそういう関係だったことなどないのに、2人は一緒にいることが多いせいで冷やかされ続けてきた。
そのせいか両者とも恋人が出来た例が無い。
物理的に尻に敷かれるなら吝かではないのに。
そんなことを思いながら、セスがネリアの太腿を見続けていると……
「コホン!」
それに気付いたレミが、やめさせるためにわざとらしい咳払いをした。
ばつが悪くなったセスは、あえてレミへ話題を振って誤魔化そうとする。
「なあ、君はあの村の出身なんだろ? 到着までに村の様子について何か話してくれよ」
「断る。そもそも僕は今日まであんたたちの国に留学していたんだ。直近の様子は知らない」
「留学する以前の様子でも構わないさ。それに直近のことだって、地元の友人と手紙のやり取りくらいしてただろ?」
「書面でわかる程度のことなら、どーせ資料で読んでるだろ? 僕の読書を邪魔するな」
「ああ、そりゃ悪かったよ」
「……」
ギスギスした会話が途切れると、ネリアが横からセスを小突く。
「あーあ、嫌われちゃってるねぇ。きっと今朝セスが女の子と間違えてナンパしようとしたせいだよー」
「別にあれはナンパしたかったわけじゃねーよ」
今朝のこと。停留所へ向かう道すがら、大荷物で足取りの危なっかしいレミを見かけたセスは「お嬢さん、手伝おうか?」なんて声をかけてしまったのだ。
レミはネリアと同じくらいの身長でなで肩気味。色白丸顔で睫毛が長く目も大きいので、黙っていれば少女に見える。それもかなりの美少女に。
「でもセス、彼女欲しがってたじゃん。実は赴任先での出会いとか期待してるくせに〜」
「はぁ⁉︎」
にやついたネリアの軽口に、セスよりも強烈に反応したのはレミだった。
「仮にも国家公務員のくせに、そんな下心で僕たちの村に来るってのか⁉︎ 不届き者め! 村の女子に手をつけることは断じて許さないぞ‼︎」
女と間違われたときから今まではずっと静かに怒っていただけのレミ。それが急に激しく敵意を表した。
おそらくレミは村に誰か大切な女子がいるのだろうとセスは察した。恋人か、片想いか、もしくは重度のシスコンかはわからないが。
「ネリア、お前のせいだぞ。早く誤解をとけ」
「えぇ~~⁇」
「そうやってすぐ女に助けを求めるところが、ますます気にくわない奴だな!」
「あ〜、あのねっ! 人間関係は互いに敬意を持つことが大事で〜、仲良くなるにはまず相手を肯定しようという姿勢で〜……」
「あんたは無理にフォローしようとしなくていい! 僕はコイツと仲良くなんかなりたくないし、敬意なんかこれっぽちも持てやしないよ!」
もはや敵意しか無いレミにうんざりして、セスは大きなため息を吐く。
「帰りてー……」
「まだ着いてないのにー」
「もうツイてないんだよ……」
まさか現地入り前から地元民に嫌われてしまうとは。
元凶でもあるのんきな相棒を横目に、嘆くセスであった。