2ー7.ついてる。
「待たせてすまなかった。では、今度こそその剣について……」
再び座敷へ現れたカヅキの姿に、セスもネリアも驚かされた。
湯上りで着流し姿になったカヅキの精悍な美男ぶりにもだが、それ以上に……
「はあぁぁん♡ 温泉上がりのカヅキさん、世界一かっこいい♡♡ 尊い……好きぃ……♡♡♡」
カヅキの背後にべったりと貼り付いたニナに、セスもネリアも唖然とするしかなかった。
カヅキもニナを剥がすのを諦めて、そのまま座敷へ上がろうとすると……
「ニナさんっ‼︎ 温泉は今からの時間帯が1番混むんですよっ! 仕事してくださいっ! 叔父さんもちゃんと振り切ってくださいよ、もうっ」
今度はサクラの怒声が飛んできた。こうなるとニナも離れざるを得ない。
カヅキは振り返ってニナの肩を掴むと、諭すように言いきかせる。
「ほら、ニナも仕事に戻らないと。僕もこれからセスくんたちに説明するのが仕事なんだから。な?」
「……はっ、はい! ごめんなさい……わ、わたし、お仕事がんばってくるねっ」
「ああ、いい子だ。行っておいで」
カヅキからニナの額に軽く口付けてやると、顔を真っ赤にしたニナはサクラの待つロビーへ走っていった。
本来、カヅキはこんな気障な真似をする男ではなかった。
長年、甘えん坊なニナからちょっと離れる度にキスをせがまれているうち、自分から彼女の望む行動をしてやる方が楽だと学習したのである。
「あはは。カヅキさんにくっ付いたニナさん、まるでセスにくっ付いた精霊ちゃんみたい。セスも精霊ちゃんにキスしてみたら? 離れるかもよ?」
「俺の場合、コイツに嫌われるって意味でか? そもそも俺はコイツには触れられないけど」
ネリアの下らない冗談にセスがため息を吐くと、カヅキは少し心配そうな顔をした。
「セスくん、もしかして疲れてるかい?」
「いえ、疲れてませんよ。温泉ですっかり癒されましたから。本当にいいお湯でした」
さっきから憑かれてはいるが、重みが無いおかげで肩も凝らない。
ただずっとゾワゾワするとだけセスは思っていた。
「それは良かった。君のその剣は……いや、うん……実に見事な業物の剣だね。こんなに素晴らしい剣は初めて見たよ。職人として励みになる。良いものを見せてもらって感謝する」
カヅキはあることを伝えかけたが、それは後回しにしてとりあえず剣を誉めた。
そもそも農村の鍛冶屋なので、日頃は農具ばかり作っているのだが。
「どういたしまして。……でも、今はせっかくの斬れ味が全く機能してないんですよね……」
自慢の剣を誉められても力無く苦笑するだけのセスへ、カヅキは居住まいを正して説明を始める。
「いや、セスくん、確かに斬れてはいるよ。ただ、剣身に宿った光に触れると、触れた対象には強力な『固定魔法』がかかるようだ。それによって、斬り終えた瞬間には斬り口が再生しているらしい」
「固定魔法……」
固定魔法というのは、形状記憶の魔法だ。
破壊されるほどの衝撃を受けても形を保っていられるようにする、もしくは元の形に戻るようにするが、当然その魔法自体を破るほどの強い衝撃には耐えられない。
修繕の手間や事故を避けるため、よく競技場や建築現場にかけられる。
今日のセスとネリアのように魔物の出る場所へ行く場合は、装備品だけでなく肉体にも固定魔法をかける。
防御魔法や強化魔法などは状況に応じて補助的に追加する魔法だが、『肉体固定魔法』については常時かけっぱなしにしておく魔法だ。
状態を保つだけだから、消費魔力は僅かでいい。物体や建物にかける物質固定魔法についても、同じである。
ただし、細胞の成長速度や上限も固定魔法をかけた時点で固定されるため、この魔法をかけたからといって不老不死の肉体は得られない。
あくまで傷つきにくくしたり、少しの怪我なら自然回復するようにする魔法だ。
「固定魔法は固定魔法でも、人型精霊による魔法ということはかなり強力かも……まさか昼間にセスが斬った個体が半永久的に不死身になっちゃってたりしませんよね?」
不安げなネリアの問いかけに、セスはもっと不安になったが、カヅキがすぐに否定してくれる。
「いや、切っても気づかないほど強力な分、効力は短いらしい。ちょうど良いタイミングでシドさんが来たから、事情を話して釣果を試し斬りさせてもらったんだ。その時は確かに捌けなかったが、少しするとシドさんが家で刺身にして持って来てくれたよ。とても美味しかった」
それを聞かされたセスは「俺の剣、俺の知らないところで生魚なんか切らされてたのか……それで刺身包丁にも負けたのか……」と、口には出さずに傷ついていた。
しかし顔には思いっきり出ていたので、カヅキは慌てて次の話に切り替える。
「セスくん、これを見てほしい。ネリアさんから参考に預かった精霊の繭糸の束だ。これは魔力と植物の繊維を練り合わせて作られている。これをちょっと君の剣で切ってみてくれ」
「?」
カヅキが両手でピンっと引っ張って伸ばした繭束へ、セスは言われるままにスッと剣を下ろしてみた。
すると……
「?…………中途半端に切れてる⁇」
セスが剣を下ろした部分の繭が、半分は切り離されて両側に垂れ、もう半分はピンッと伸びたままそこに残った。
「君のその剣、物体は斬れなくても、霊体は斬れるんだ。なんといったって強力な精霊の魔力を固着させた刃だからね。肉体という依代を必要としない霊体系の魔物には有効だろう。それに、肉体を持つ魔物でも過剰な魔力供給によって凶暴化したものなら、体内魔脈を切って余分な魔力を放出させれば鎮静化を見込める。君の剣は今でも役立たずなんかじゃないよ」
カヅキはなるべく励ますように言ってみたが、セスの心は晴れない。
「今のままでも使い道があるのはわかりました。それで、この剣を元に戻すにはどうすればいいんですか?」
「それは……まあ、いつかは……」
カヅキは言葉を濁らせた。
「いつか⁇」
「……申し訳ないが、まず僕には解呪できない。魔導士として優秀な君たちでも難しいだろう。人型精霊は上位の精霊だからね。精霊の魔力が影響する範囲から離れれば、やがて呪いも自然消滅するかもしれない……が、それがいつになるかはわからない。手っ取り早いのはその精霊自身に解呪してもらうことだが、それも難しいだろう……少なくとも当分の間は」
セスは自分の背に乗っている精霊少女を振り返って見た。
ただのんきにニコニコと笑って、自身が話題になっていることすらわかっていない様子だ。
「それじゃあ、なんとかコイツと意思疎通さえできるようになれば……」
「いや、問題は他に……まあ、それも問題の中に含まれているな」
カヅキは再びあることを伝えようとして、しかしやはり話す順番を変えた。
それについてはなるべく最後に話すようにしたかった。
「人型精霊というのは人間に用があってその姿をとるわけだから、本来なら意思疎通の手段を身に付けているはずなんだ。だがその精霊は話せないだけでなく、こちらの言葉も通じていない。おそらく、未熟で不安定なまま出てきてしまったせいだろう」
セスはギクリとした。
外部からの刺激によって引き起こされたというなら、居合わせた自分に責任があるかもしれない。
「あの昔話の通りなら、セスくんが見つけた精霊も魔脈問題解決に協力してくれる。そのために現れたと考えていい。本人が使命を思い出すまで、あるいは我々と意思疎通が可能になるまで、待つ価値はあると思う」
「待つ……しかないですよね。よくわからない精霊を下手に刺激して、これ以上不安定になられても困るし……」
「どれだけかかるかわからないなら、待ってる間に別の解呪方法が見つかるかもねっ。私も一緒に調べるから……」
落ち込むセスにネリアが明るく声をかけたが、カヅキはそれを遮る。
「そのことなんだが、もし他の解呪方法がわかっても、精霊が安定するまでは呪いを解かずに待ってもらいたい」
「何故ですか?」
「どうやらその精霊は自分の魔力を宿らせたその剣を依代にしているようでね。行動範囲も剣から半径十数メートル以内に限られているようなんだ。今のままでは、剣の呪いを消すことで、精霊も一緒に消えてしまうだろう。別の依代が見つかるといいんだが……」
「精霊ちゃん、セスに懐いてるわけじゃなかったんですね」
「どうりで俺が鍛冶屋に剣を置いてったとき、憑いてこなかったわけか」
ほんの少しだが、セスはガッカリした。
擦りよってきた小動物が実は自分の持っている食べ物目当てだったときのような、勝手に勘違いしてちょっと裏切られた気分だ。
「でも、もしコイツがずっとこのままだったら……」
「大地の女神から遣わされた人型精霊は、役目が終われば魔脈へ還るはず。仮に精霊の状態がそのまま好転しなくても、魔脈問題が解決すれば魔脈へ吸収されるだろう」
「なるほど。じゃあ、村のためにも、自分のためにも、俺はとにかく任務を頑張ります」
問題は未解決だが、とりあえず自分が「できないこと」と「するべきこと」が分かっただけマシだ。セスはそう自分に言い聞かせた。
進む方向もわからないよりは、最短ではなくても、ゴールへ続く道を歩ける方がいいだろう。
「あの~」
ふと、ネリアが小さく挙手をした。
「霊体を切れる強力な剣ってことは、精霊ちゃん自身もセスの剣で斬れるってことですか?」
「は⁉︎」
セスはギョッとしてネリアを見た。
「いくら剣を解呪したいからって、精霊がずっとこのままなら切り捨てようとか、流石にそんな非道な発想、俺には無いぞ⁇」
「そうじゃなくてっ! 戦ってるときもくっついてたら危ないじゃない! 非道な発想してるのはどっちよ⁉︎」
ネリアはむすっと頰を膨らませる。
「そ、それもそうか……危ないよな……」
セスは頷くと、カヅキへ剣を差し出す。
「あの、カヅキさん。この剣、預かっててもらえないですか? 家に置いていくんじゃ、精霊の見張りがいなくて心配なので」
するとカヅキは僅かに後ろへ仰け反って、顔をひきつらせた。
「カヅキさん⁇」
「あ、いや、その剣のことなんだが……話さなければならない重要な問題があるんだ。さっきも言ったとおり、存在が不安定なその精霊は君の剣を依代にしている。そして……その精霊は君の剣を媒介に、剣の所持者の魔力を吸いとり続けているみたいなんだ」
「「えっ⁉︎」」
聞いた瞬間、セスもネリアもヒュッと冷たい風が首筋を掠めたような心地がして青ざめた。
2人の予想通りの反応に、カヅキは気不味そうに視線を下げて話を続ける。
「吸い取ると言っても、ほんの少しずつだ。精霊が自身の霊体固定魔法に消費する分だけだろう。ただ……魔導適性の低い僕は、剣を預かっている間だけでも、気付かないうちに消耗して危なかった。幸い診療所が近いから、具合が悪くなってもすぐ回復に行けたが……カオルにはこってり説教されてしまったよ。ははは……」
「それで、さっき剣を返しに来たばかりのとき、やけに疲れてたんですね……」
「でも、それは適性の低い僕の場合だ。魔脈管理士になれるほど優秀な魔導士の体内魔脈なら、自然回復する魔力量で精霊に吸収される魔力を充分補いきれるはず。僕みたいに魔力干渉に鈍感でもないから、意識すれば自身の魔力の変化も感じられるだろう。もし吸収される魔力量が自然回復量を超えるようになっても、体調に影響するほど減る前にすぐ気付けるさ。……頑張ってくれ」
「「…………」」
ちょうどそのとき、精霊少女の長い髪がセスの顔を包み込むように両側からユラユラと垂れてきた。
無邪気に笑う精霊少女が、セスには自分を取り込もうとしているように思えた。
憑いてる




