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2ー4.緑の剣


「鍛冶屋さん、助けてくださいっ。俺の剣が大変なことに……」


「鍛冶屋さん、お願いしますっ。セスの剣、役立たずなんです!」


「それは向かいの診療所を頼るべき案件じゃないのか?」と言いかけた言葉は呑み込んで、鍛治職人カヅキはセスの差し出す剣を受けとった。

鞘から抜き出した剣身が仄かに緑光を放つのを見て、詳しく話を聞こうと顔を上げると精霊少女と目が合う。

カヅキは少し考えてから口を開く。


「……緑の少女型精霊、か。風の国で鍛治見習いの剣に斬れない呪いをかけたとか、そういう御伽噺があったな」


「その話、詳しく聞かせてください‼︎」


「ああ。といっても、僕が見習い時代に聞いた話で、もうあまり覚えていないが。……先にそっちの話を聞かせてもらっていいかい? その方が思い出せそうだ」


横目で精霊少女を確認しつつ、カヅキはセスたちに促した。

東の島国風の異国情緒溢れる工房内を、精霊少女はふらふら漂いながら物珍しげに見て回っている。


工房の主であるカヅキは黒髪で、頭には小豆色の手拭いを巻いている。耐火性の特殊素材で出来た手袋、長靴、エプロン。その下には、やはり東の島国の着物を着ている。

看板も異国の字で書かれており、初日にアリスに案内されなかったら余所者のセスたちはすぐに気付けなかったかもしれない。


セスは先ほど山で起きた不思議な出来事について、自分の中でも情報を整理しながら話していった。


***


「ふむ……やはり僕の知る話と似ているな」


ネリアから受け取った繭糸を撫でながら、カヅキは落ち着いた低い声で呟いた。

セスはカヅキに期待の眼差しを向ける。


「鍛冶屋さんの知る、その話とは?」


「昔、風の国の鍛治職人見習いが、薪を拾いに入った森の中で緑色の光を見つけた。近づいてみるとそれは巨大な繭玉で、中からは少女型の精霊が現れた。その精霊は『自分は魔脈の乱れを正すために、大地の女神から遣わされた』と語り、魔脈を調整する術式が隠された秘密の遺跡への供を見習いに頼んだ。見習いと精霊は数カ所の遺跡を巡り、見事に魔脈の流れを整えたという」


「魔脈を調整する遺跡、ですか⁇ そんな話、魔脈管理士の私たちも聞いたことがないですよ」


「ああ。僕もただの御伽噺だと思っていたが、現に君たちはその話の冒頭をなぞるような体験を今しているんだ。御伽噺とはいえ、いくらかの実話に基づいていたと考えられる。もしかしたら、この近くにも秘密の遺跡があって、精霊はそれを知らせに現れたのかもしれないね」


「それを私たちが見つけたら大発見ですねっ!」


あるかもわからぬ未知の遺跡に興味津々なネリア。だがセスにそんな余裕は無い。


「それで、剣は? その昔話と俺の大事な剣に、どんな関係が⁇」


「ああ、それは……その昔話の精霊が殺生を嫌っていて、見習いが師匠から授かった大事な剣に魔物が斬れなくなる呪いをかけたと云われていたんだ。で、その剣も緑色になっていたとかなんとか」


「呪いは解けるんですよね? 見習いの剣はどうなったんですか⁇」


切迫した様子で尋ねるセスに、カヅキは手振りで落ち着くように促す。


「詳しいことはわからないが、見習いは遺跡巡りの間もずっとその剣を使っていたらしい。ということは、役立たずになったわけではなかったんだろう。……さて、ではこの剣に実際にどんな呪いがかけられているのか、調べてみるとしよう」


「はいっ、お願いしま……」


ボンッッッッ‼︎‼︎


突然、軽快な爆発音がして、炉から噴き出した黒煙が工房内に充満した。

ネリアが風魔法を使って黒煙を素早く外へ逃すと、炉の中に入って遊ぶ精霊少女の姿が見えた。

精霊少女の魔力が、炉に使われている魔石に干渉し、爆発を起こしたのだ。

人間3人は煤まみれになったというのに、犯人だけが霊体のおかげで綺麗なまま。皮肉である。


「すみませんっ‼︎ 俺が見張ってなかったせいで、こんなことに……!」


セスは事態を理解するなり、カヅキに頭を下げて謝罪した。


「いや、君が謝る必要は無い。こうなる可能性があったと、僕が気付いて注意すべきだったんだ。僕の方こそ、すまなかった」


そう言って、今度はカヅキの方がセスに頭を下げる。


「しかし……はははっ、今の謝りっぷり、君はまるであの精霊の保護者のようだ。若い頃に修行してた工房で娘がイタズラしたとき、ちょうど今の君みたいに謝ったことを思い出したよ。だいぶ昔のことだから、娘自身はもう憶えてないだろうけどね」


懐かしそうに笑うカヅキを見ながら、ネリアが目を丸くする。


「えっ。鍛冶屋さん、もうそんなに大きなお子さんがいらっしゃるんですか?」


「ああ。今はもう、君たちくらいの歳だよ」


「えぇ~⁉︎ 若くてカッコいいお父様で、娘さん羨ましいですっ」


「ははは、娘もそう思っててくれれば嬉しいことだな。僕たちの国の人間は、君たちの国の人間からは実年齢より若く見えるらしい。実際、よく驚かれるよ。僕だけじゃなくて、向かいの診療所の……」


コンコン!


そのとき、開きっぱなしの入り口扉をわざわざノックして、来訪を知らせる者が現れた。

藤色のカシュクールワンピースに白衣を羽織り、艶やかな長い黒髪を左肩に垂らして緩く結んでいる。

小柄で頼りなく、清楚で儚げ。向かいの診療所の美人女医カオルコだ。


「あらまあ、カヅキさん。そんな若い子と暢気に雑談なんかして、いったい今の煙はなんだったんです?」


「なーに、些細な事故さ。大したことはない。カオル、心配して様子を見に来てくれたのか?」


「ええ。もし誰か怪我人がいるなら、手当てしないといけませんから。でも大丈夫そうなので、もう戻ります。今はモモちゃんがお使い中で、他に誰もいませんので」


工房内を見回しながらカオルコは淡々と答えた。

炉の横には精霊少女が浮いていたが、特に驚いたりはしなかった。冷静な女性なのだ。


「そうか。君に診療所を空けさせてすまなかった。わざわざありがとう」


「もし後からでも怪我や不調に気付いたら、ちゃんとすぐに来てくださいね。あなたに何かあれば、あの子が悲しみますから。それでは、失礼します」


育ちの良さが窺える上品な所作で一礼すると、カオルコは去っていった。


「とっっても素敵な方でしたね~! もしかして、今の方が奥様ですか⁇」


ネリアが目を輝かせて尋ねると、カヅキは苦々しい表情を浮かべる。


「実は……彼女は僕の兄嫁だったんだが、兄は随分前に亡くなってね。だから彼女にはそういう話題は振らないでくれ」


「そうだったんですか……」


「僕の妻なら、隣の温泉で働いている。ちょうどいい機会だ。僕が奢るから、君たちはそこで煤を流してきなさい」


カヅキは手早く伝言メモを書いて、ネリアに渡す。


「ありがとうございます~。あの、鍛冶屋さんは一緒に行かないんですか? 私たち以上に煤だらけですけど?」


「どうせ汚れる仕事だから、今は顔を洗うくらいで充分だ。君たちが温泉に入ってる間に、僕はこの剣を調べておこう。ゆっくりしてくるといい」


「はい、よろしくお願いします。……それじゃ、えーと……」


セスは困った。精霊少女の処遇をどうすべきか、すぐには思いつかなかった。

黙って立ち尽くすと、精霊と違って理解力のある相棒はすぐに察して声をかけてくれる。


「精霊ちゃん? 理由はわからないけど、まだセスに憑いてくるんじゃないの?」


「それもそうか。コイツ、俺に懐いてるみたいだしな」


しかし、期待に反して、セスが鍛冶屋を出ると精霊少女はもう追いかけて来なかった。

結局、精霊少女のことは剣とともにカヅキへ預けることにした。

カヅキが副職で作ったというカラクリ玩具で精霊少女の気を引きつつ、セスとネリアは念のため工房に結界を張ってから出発した。



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