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2ー3.精霊少女

スカーフシュシュが去っていったのは、ちょうどこれから調査に進もうとしていた方向だった。

ちょっとした下見と思えば、スカーフシュシュを見つけられずとも意味はあるかもしれない。

そんなふうに考えつつセスが森を進んで行くと、ずっと先の樹々の隙間から緑色の光が漏れているのが見えた。


「なんだ、あれ⁇ 魔脈と関係ありそうだな……」


ネリアを呼んでから慎重に様子を見に行くべきだ。セスはそう思って、来た道を戻ろうとした。


「みゅみゅっ! きゅーっ!」


「!」


不意に鳴き声がしてセスが辺りを見回すと、繁みをガサガサ掻き分けながら謎の光へと直進するスカーフシュシュの姿があった。

もうあと数メートル、数秒で光源へ辿り着きそうなところだ。


「まずいかもな……っ」


スカーフシュシュの接触が正体不明の光源にどんな影響を与えるのか?

あるいはあの光のもとにスカーフシュシュを待つ仲間がいたとして、合流後にどう事態が動くのか?

誰か人間が関わっているのか? 少し目を離した隙に逃げてしまわないか?


何もわからないセスは、状況を確認するために今はもっと近付いて光を見張り続けることにした。

相棒の戻りが遅ければ、呼ばずともネリアは自主的に追ってくるだろう。


「みゅっきゅ!」


ガサガサガサ……


スカーフシュシュを追って、セスはついに緑色の光へと辿り着いた。

本当は隠れて様子を伺うつもりだったのに、そこで見た予想外の幻想的な光景に、思わず引き寄せられて出てきてしまう。


「これは……⁇」


繭だ。


それは緑色に光る巨大な繭だった。


樹々の間に幾重にも糸を張り巡らせて、その中央に人間が入れるほどの巨大な丸い繭が固定されている。

繭糸自体は白いが、内側から緑色の強い光を放っている。その光は不思議と目に優しく、眩しさを感じない。

繭の下には小さくて可憐な白い花が咲き乱れ、空気より軽いその花弁は風に吹かれて宙を舞う。

周囲には清らかな魔力が満ち溢れ、それらが煌めきとして目視できるほどだ。


スゥーーーー……


「⁉︎」


繭を凝視し続けていると、光が揺らいで薄っすらと中身が透けて見え始めた。

セスは繭に手が届くほど近付いて、更によく観察しようと試みる。


「…………小さな、女の子⁇」


繭の中で少女が1人眠っている。

身長と同じほど伸びた緑色の髪。下向きに尖った長い耳。

体躯はショコラより少し成長したくらいで、幼女とはもう呼べないがまだ幼い。

まるで薄い植物の葉を幾重にも重ねて作った、緑色のドレスのような衣を纏っている。


「みゅっきゅん! みゅきゅみゅきゅ!」


繭のすぐ下方に茂った草の中から、スカーフシュシュが少女に向かってサンドイッチ弁当を掲げている。

自分が食べるためではなく少女に食べさせるために、スカーフシュシュは弁当を盗んだのだ。


「ったく、このコソ泥シュシュめ。現行犯逮捕してやりたいところだが、今日のところは見逃してやるよ」


「みゅんみゅん?」


セスはスカーフシュシュの掲げる弁当からサンドイッチを一切れ摘んで、それを食べながらネリアを待った。

よくわからない状況にも関わらず、不思議なほど安心している。それもこの光がもたらす効果なのだろうとセスは感じていた。


「どう見ても精霊だよな。うーん……精霊ってのは、ある程度の意思によって統べられた魔力の塊。珍しい人型精霊のこいつが、ここの魔脈問題と関係してるのは間違いない。さて、どうしたものか………………ッ‼︎」


ザザザーーーーッッ


強い殺気を感じたセスは、咄嗟にスカーフシュシュを抱いて花畑を数メートル転がった。

直後、花畑を黒い影が横切ったかと思うと、ついさっきまでスカーフシュシュがいた地面が激しく抉られていた。


「グルルルルル……ガウウ……ッ‼︎」


花畑に似つかわしくない唸り声をあげ、樹々の間から獲物を睨み付けるのは魔獣『ウォルフ』。

鋭い牙と爪を武器に狩りをする、高さ1メートル程で四足歩行の素早い獣系魔物だ。

通常数匹で組んで行動する彼らは、今回も例に漏れず3匹でセスたちを囲んでいた。


シュッ……


「ようやくこの剣の出番だぜ……!」


鞘から素早く剣を抜いたセスは、緊張よりも興奮していた。


シュシュだらけの平和な森でただのお守りと化していた、セスの新しい剣。

今回の任務に備えて、セスが先生から出された鬼のような修行課題……その達成記念に授かった、有名な職人作の自慢の名剣だ。もちろん自分では買えない超高級品。

修練場での試し斬りは何度もしてきたものの、実戦でこの剣を抜くのは初めて。この剣にとっては今が記念すべき初陣だ!


そのとき……


「⁉︎」


意気揚々と剣を構えるセスの背後で、繭が一際強い光を放った。

振り返る時には辺り一面が強い光に包まれて、セスは自分が見ている方向もわからなくなってしまった。

幸い、それはウォルフたちにとっても同じことで、セスが光に気を取られているうちに彼らが飛びかかってくることもなかった。


「何が……⁇ あっ‼︎」


セスの目の前で少女の繭がみるみる薄くなってゆく。

輪郭がわかる程度だった少女の姿が、その睫毛の長さや唇の色がわかるほどあらわになっていく。

そして、ついに……


「…………」


「君は……⁇」


「…………」


大きな碧い目が2つ、キョトンと開かれてセスを見つめた。

葉っぱ飾りの付いた長い髪と、透け感のあるフィッシュテール型のスカートが、重力を無視してふわふわと空中に広がっている。

片方の腿に蔓が絡んだ足の先に履物は無く、整った小さな爪が並んでいる素足は愛らしい。


「…………」


精霊少女の声は聞こえないが、セスに人懐こい笑顔を向けている。純粋で無垢な笑顔だ。


ザザッ‼︎


「おっと!」


光が落ち着くと、早速ウォルフの1匹がセス目掛けて飛びかかってきた。

セスはそれをヒラリと躱し、剣を構えなおす。


「ちょっと待っててくれよ、精霊さん。先にコイツら片付け……あっ⁉︎ こら! 何するんだ⁉︎」


「……‼︎」


突然、精霊少女がセスの剣身に纏わり付いた。

セスが必死に振り払おうとしても、霊体の少女は擦り抜けるばかりで触れない。


「おい! 邪魔だ! 退け!」


「…………‼︎‼︎」


「うわっ⁉︎」


キィィィーーーーーーン……


再び精霊少女から放たれる緑色の光!

周囲の音も物の輪郭も呑み込みながら広がった強い光は、最後はセスの剣にギュンっと収束して消えた。

それを見届けた精霊少女は、満足気な表情でスイっとセスの背後の宙へと引っ込む。


「なんなんだ……⁇」


釈然としない気持ちを振り払うように、セスはキリッと剣を構えなおす。

次の瞬間、一際強い風が吹き付けたと同時に事態は動く。


ザシュ! ザッ! ザン‼︎


それは一瞬のことだった。


最初の1匹目が飛び込んできたのをセスは相手の勢いを利用して斬り、ほぼ同時に飛び込んできた2匹目もその流れのままに斬り伏せた。

最後の3匹目も、2匹目を斬った直後、屈んだセスが真上に切り上げた剣へ自ら飛び込むようにして斬られた。

瞬時に相手の動きを読み切ったセスの、鮮やかな完全勝利だった……が……


「⁉︎……は? どうなってる⁇ 何が起こった⁉︎」


信じられない光景に、セスは自分の目を疑う。


「グゥゥ……」

「クゥーーン⁇」

「きゃんきゃん!」


たった今セスが斬り殺したはずのウォルフたちが、何故か3匹とも全くの無傷でそこにいたのだ。

ウォルフたち自身も何が起きたのか理解できず、お互いに体を擦り付け合うようにその場をくるくると回っている。


「きゅーーっきゅきゅきゅ‼︎ みゅ、みゅんみゅん!」


不意に、スカーフシュシュが大きな鳴き声をあげた。

すっかり戦意喪失していたウォルフたちは、その声に従うかのように森の奥へと退散していく。


残されたセスは仄かに緑光を宿している剣を見つめ、徐に近くの枝で試し斬りをしてみる。


ザシュッ………………


「う……嘘だろぉおお〜〜っ⁉︎⁉︎」


斬れない。いや、確かに斬ったはずの枝が、何故か折れることもなくピンと伸びてそのままある。


「嘘だ! そんな! なんで⁉︎」


ザシュ! ザシュ! ザシュッ‼︎


現実を受け入れられないセスは一心不乱に剣を振り回してみたが、やはり何も斬れていない。

祖国で試し斬りしたときは、その斬れ味に「流石名剣‼︎」と叫ぶほど感動したのに。


「おい、そこの精霊! 俺の大事な剣に一体どんな呪いをかけやがった⁇ すぐに解け‼︎」


「…………?」


セスが剣を突き出して迫っても、精霊少女はあっけらかんとした様子でちょこんっと首を傾げるだけだ。


「セス〜〜⁇ 何を騒いでるのー? さっきこっちでなんか光ったみたいだけど……って、うわぁ! その精霊は⁉︎」


今更やって来たネリアが精霊少女に驚くのにも構わず、セスは剣を鞘に収めると大急ぎで山道を駆け下り始めた。

すると精霊少女も、セスの背後の宙に一定の距離を保ったまま、追いかけるように飛んでいく。

ネリアも目の前の繭糸を現場資料として何束か掴むと、慌ててそのあとを追いかける。


「ねえ! セス! 何があったか説明してよ⁉︎ ねえってば‼︎」


「俺の大事な剣が役立たずになっちまったんだよ‼︎」


「ええっ⁉︎ セスの大事な剣が⁉︎⁉︎」


「詳しい話は後だ! 村の鍛冶屋に急ぐぞ!」


「ええ〜⁇」



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