1ー10.白兎亭
2020/10/23冒頭部分ちょっと変更
教会から出ると、眩しい程の夕焼け空。
高台になっているその場所からは、橙色に染まった村全体が一望できた。
これからこの村でどんな生活が待っているのだろう?
村人たちのためにも、自分たちの役目はしっかり果たさねば!
ネリアもセスも、各々そんな期待と気合に満ちて新たな舞台を眺めた。
「そうだ! ピアさんが待ってるんだった!……じゃあねっ、セス。明日から頑張ろー!」
「ああ、気を付けて帰れよ」
やがて長く伸びた影を引きずり、ネリアが駆け出した。
セスは「落ち着きのない奴だな」なんてクールぶりながら、自分も酒場へと駆け出したい衝動を堪えていた。
***
次第に暗くなっていく坂道を下ると、店の明かりが見えてくる。
行き道にはまだ無かった酒場開店中の看板が、今は表に出ている。
(いよいよだな……)
実のところ、セスは村に来る前から白兎亭を知っていた。
以前この村へ立ち寄ったという男から「長い耳と丸い尻尾の飾りを付けた可愛いメイドさんたちがお酌してくれる酒場」と聞いて、ずっと楽しみにしていたのだ!
(白兎亭……俺にとっては因縁のある名前だ)
セスは故郷で先輩たちに連れて行ってもらった『黒兎亭』のことを思い出していた。
そこは、長い耳と丸い尻尾の飾りを付けた扇情的な衣装の美女たちがスキンシップ多めの接待をしてくれる酒場だ。
初めての酒に悪酔いしてしまったセスは、看板娘のシャルロットに介抱してもらっていたはずだった。
ところが朝になってみると、一緒にいたのはチャールズというオカマだったのだ。
その出来事はセスの心に未だ深い傷を残している。
(あれ以来ずっと酒場も酒も避け続けていた俺だが、今日こそあの悲しみを超克し、大人の男になってやる!)
ガチャリ!
意気込みながら酒場の扉を開けたセスは、……すぐにその扉を閉じようとした。
しかし待ち構えていた人物によって、扉の反対側から引きずり込まれてしまう。
「よく来たな、人間! 遠慮せずに入るがいい」
「アリスも今夜のシフトだったのか……」
「喜べ‼︎ 今日は特別にこのボクが相手をしてやろう! ハーーハッハッハッハーー‼︎」
セスの前に立ち塞がったアリスの背後では、邸のメイドさんたちが客たちに酌をしていた。
皆、噂どおり長い耳と尻尾の飾りを付けてはいるが、衣装はやはり露出の少ない清楚なメイド服だ。
夜は酒場とはいえ、流石は村長邸の食堂。
賑やかではあるが、決して下品でも粗暴でもなく、皆が節度を守って平和に飲んでいる。
セスは村の雰囲気や村長の人柄から考えて、白兎亭は黒兎亭のような如何わしい店でないことは予想していた。
それにしても行儀が良すぎる酒場である。
「じゃあアリス、今日のオススメ定食を頼む」
今日のところは食事だけしてさっさと帰ろうと思ったセスは、入口近くの空席に座ろうとした。
するとアリスがその椅子を取り上げて、ちょうど席が足りなくて困っていた団体客の方へ回してしまう。
「おい、人間! お前は食事の前にボクが稽古をつけてやる! 中庭へ出ろ‼︎」
「いや、そういうのはいいから普通に食事だけさせてくれ」
「案ずることはない。お前のレベルに合わせて、ボクは手加減してやる! 勿論、お前は本気でいいぞ。どうせお前はボクに対してダメージを与える権限など持たないのだからな。さあ、ついてこい‼︎」
アリスは颯爽とテラス窓から中庭へ出て行く。
セスは飲んでもいないのに、二日酔いの頭痛が前倒して今来たような気がした。
頭を抱えてしゃがみ込んだセスの肩を、酒場の常連客が哀れみを込めてポンと叩く。
「余所者の兄ちゃん、悪いことは言わねぇ……アリスちゃんには逆らわねぇ方が身のためだ。でないとあんたも、中庭の植え込みに突き刺さって朝日を浴びることになるぞ……」
「酒場なのに恐怖政治が過ぎる‼︎」
ここの客たちの行儀が良い理由を、セスはよく理解した。
ここまでで1日目終了。
セスのトラウマについては、シャルロットとチャールズはどっちも愛称がチャーリーだと知って思い付いただけのネタ。本編に入れられなかった余談ですが、白兎亭にはチャーリーと双子のジョーイ(ジョセフィーン)というメイドさんが働いている設定。こっちは女性。




