20ー8.ただいま
セスたちが遺跡の入口へ戻ってくると、薄明の空を背にルーチェが佇んでいた。
シアンに背負われて眠るノーチェに気付くと、ルーチェは「コォ」と短く鳴いて屈み、ステラの通訳によってシアンたちを送っていこうとしていることがわかった。
壊れていた結界の修正はステラが制御室で済ませてきたため、全員が遺跡を出ると入口は斜面に消えて見えなくなった。
シアンたちを見送った東の空には、山の向こうから朝日が昇り始めている。
「さて、俺たちも帰ろう」
そう言ってセスが差し出した手を、ステラは嬉しそうに掴んだ。
傷心のネリアは少し離れて歩きつつも、幸せそうな2人を心の中で祝福した。
***
3人が下山する頃にはすっかり朝になっていた。
迷いの森の入口が近付くと、村人たちの騒ぐ声が聞こえてくる。
「村長ーーっ‼︎ 村長さーーん⁉︎ どこにいらっしゃいますかーー⁉︎⁉︎」
「クリソベリル村長〜〜っ‼︎ 出てきてくださ〜〜い‼︎」
「そ! ん! ちょ! う! 村長さああああん‼︎‼︎」
切羽詰まったその様子に、セスたちは不安を抱いて駆け寄る。
「村長さん、行方不明になったんですか⁉︎」
「ああ! 管理士さんたち! 3人とも無事に戻られて本当に良かった‼︎」
「管理士さんたちが魔穴をなんとかしてくれたんでしょう? なのに労いの準備もできてなくてすみませんっ……でも今はそれどころじゃなくて……」
「昨夜からクリソベリル村長が帰ってきてないんです‼︎」
「「そんなっ……」」
セスもネリアも揃って息を呑み、最悪の事態を覚悟した。そのとき……
「村長さんならここにいるのですよ〜!」
いつの間にかセスたちから離れていたステラが、緊張感の無い暢気な声で呼んだ。
セスたちもそちらへ向かってみると、ステラは木陰から人間サイズのモフモフした生き物を引っ張り出そうとしている。
「魔獣⁉︎」
セスはすぐに緑の剣を抜こうとした……が、先に村人たちが魔獣へ駆け寄っていく。
「「「村長ッッ‼︎‼︎」」」
「「えええ〜〜⁉︎」」
あっという間に村人たちに取り囲まれた村長の姿に、セスもネリアも驚愕した。
「にゃ……にゃあぁ……」
三角の耳をペタンと伏せ、ふわふわの長い尻尾を自身で抱き、縮こまって震えている魔獣。
緊張で大きく開いたその瞳は、ぐるぐると忙しなく動き回っている。
「セス、ネリア、どうかしたのです?」
増え続ける人集りから脱したステラは、セスたちの前に戻るとキョトンと首を傾げた。
ステラには最初から村長の正体がわかっていたため、2人が驚いている理由がわからないのだ。
一方、村長を囲む村人たちも、昨夜偶然見かけた者たち以外は初めてその姿を見るのであった。
「まさか村長さんの正体が魔獣だったなんてなぁ……」
「おいおい……本当に村長さんなのか⁇」
「そういえば村の守護獣様に似てるような……」
「あー、あれだよ、あれ。祭で飾る木彫り人形の……」
「また逃げられないよう、とにかく皆で囲めっ囲めっ」
「ご、ごめんにゃさい……っ‼︎ ごめんにゃさいにゃ〜〜っ‼︎」
怯えきった魔獣は爪を出して素早く木に登ると、そのまま森へ逃げ込もうとした。
しかし……
「村長‼︎ 村長は村長でしょ! 種族なんかどうでもいいっスよ!」
「これから魔物に壊された村を立て直すんでしょう⁉︎ 我々村人を導いてくださいよ!」
「どうかいなくならないで! あなたは私たちのこの村の立派な村長なんですから!」
村人たちは口々に村長を引き止める。
その声で逃げそびれた村長の元へ、昨夜村長に異形から救ってもらった親子が現れる。
「村長さん! 昨夜は怯えてしまってごめんなさい! あなたはこの子と私の命の恩人です! どうかこの子と握手してやってください!」
「……にゃー……」
村長は恐る恐る木から降りると、爪をしっかり仕舞ったことを確認して、赤ん坊にそろ〜っと手を伸ばした。
赤ん坊は毛むくじゃらの大きな手を掴むと、キャッキャッと嬉しそうに笑う。
そこへ、聞き慣れた偉そうな声が降ってくる。
「おい、大飯食らい! 今日のメニューはどうするんだ⁉︎ お人好しのお前のことだから、村人たちにも何か振る舞おうとか言い出すんじゃないのか⁉︎ あと数時間後には、壊れた村の片付けで疲労した人間たちがそこら中で腹を鳴らし始めるぞ! こっちは今すぐ準備に取り掛かりたいんだ! 長ならさっさと帰って指示を出せ!……さあ! 食事にありつきたい人間たちは、村のためにしっかり働いて腹を減らしておくがいい!」
今日も最高にカッコいい天使なメイド、アリスだ。
ただ格好を付けるためだけにわざわざ登った鐘塔から飛び降りると、村長を待つことなくさっさと仕事へ戻っていく。
無愛想なようだが、信頼の証である。
「にゃっ! 住民の皆さんの安否確認は済んでますかにゃ⁉︎」
「はい! 魔女さんたちも管理士さんたちも先程帰村し、最後の行方不明者は村長さんでしたよ!」
「にゃ〜、かたじけにゃい……」
「怪我人の治療も各避難所で適切に行われました。日頃から村長さんが災害時の心得を村に浸透させていたおかげですよ。あなたは良い統治者です!」
受け入れられた嬉しさと、期待に応えたい責任感から、高揚した足取りで帰っていく村長。
その姿に触発されて張り切る村人たち。
そうして各々が一斉に持ち場へ戻っていく中、取り残されて立ち尽くすセスたちに近付いてくる足音もある。
風が運ぶ薬草の香りにセスたちが振り返ると、ピアがいつもと変わらぬ優しい笑顔で迎えてくれる。
「おかえりなさい。お疲れでしょうから、まずはゆっくり休んでくださいね」
***
遺跡の存在や女神の思惑など極秘事項を多分に含むため、山での出来事をありのままに村へ報告することは憚られた。
だが、急な魔穴発生について、魔脈管理士の落ち度を問われることにはならなかった。
セスたちに対する村人たちからの信頼は厚く、『魔穴発生は嵐や土砂崩れに起因し、管理士たちのおかげで被害を最小限に抑えられた』と思われたのである。
後日、収穫祭の代わりに魔脈回復を祝う祭が開かれ、セスたちの働きは村中から讃えられた。
魔脈管理士としての任務は、こうして年内に終わりを迎えたのである。




