20ー6.キズよりキスで
「……見つかっちゃいましたね」
辿り着いた魔脈制御室の中、見慣れた緑色の頭がゆっくりと振り返る。
セスは歩み寄って彼女の右手を掴むと、その薬指の指輪を撫でた。
「ステラなら絶対外さないだろ」
「……本物のステラじゃないのですよ。ステラ、ステラのオリジナルさんのコピーだったのです。ずっと……騙していてごめんなさい」
俯いたステラの目から大粒の涙が指輪へ落ちる。
「ノーチェは繭の中で魔力を供給し続ければ、オリジナルさんが復活できると信じてたのです。でも、オリジナルさんの器はもう壊れ切っていて修復不能だったのです。眠っていたオリジナルさんを起こしたとき、コピーのステラからオリジナルさんへ力の一部を返したことで、ほんの僅かの時間だけ動けるようになったのです」
「繭部屋で最初に繭に入ってたステラがオリジナル、起きたときに繭に入ってたステラがコピー。俺が巫女の夢を見ている間に入れ替わったんだな」
ステラがコクリと頷くと、溢れた涙がセスの手にパラパラと散った。
キラキラと輝くその雫をセスは美しいと思った。
「……オリジナルさんがセスたちとノーチェの注意を引いている間に、コピーのステラが制御室でノーチェの術式を解除して、魔脈の修復をする作戦に決めたのです。オリジナルさんは最期にノーチェに会うために。コピーのステラは最期にセスに会わないために」
「どうして会いたくなかったんだ?」
「セスが悲しむと思ったからなのですよ」
「……それだけじゃないだろ?」
セスが追及するとステラはビクリと肩を揺らす。
「それは……そんなの……会ったら、決意が揺らいじゃうに決まってるからなのです……‼︎ だって……だって! ステラ、まだまだセスと一緒にいたいっからっ……‼︎」
嗚咽混じりに答えたステラの震える肩を、セスは抱き寄せようとした。
だが、ステラは拒絶して数歩退がる。
「と、取り乱しちゃってごめんなさいなのですっ……セスは、全然悲しむ必要なんか無いのですよ! このステラは本物のステラの分身。ただのコピーで、偽物なのですからっ」
「ステラ‼︎……俺と過ごしたステラはお前だけ。世界にたった1人だけのステラだ。コピーだから偽物なんて言わせない。ステラはステラだろ! 思い出も、感情も、絆も、お前が自分で得たものは、どれもお前自身のものだろ。誰がなんと言っても、俺が愛してるステラは今目の前にいるこのステラなんだ!」
「セス…………」
ステラが顔を上げると、セスの頬にも涙が幾筋も伝っていた。
ステラがセスの左頬にそっと手を伸ばすと、セスはピリッとした痛みを感じて瞬く。
光る巨大蔓の猛攻で、いつの間にか頬を切っていたのだ。
「セス、お顔を怪我しているのですよ……治療しますね」
「待って、ステラ。……お願いだ、傷痕がずっと残るようにしてくれ。一生の記念に。これからは鏡を見る度、毎日ステラを思い出す……」
「…………」
ステラはセスの血と涙を掬い取るように、そっと傷口に口付けて治療した。
「こっちの方がいいのですよ」
照れ臭そうにふにゃっと笑うステラ。
「確かに傷よりも忘れられないな」
釣られて笑うセス。
「「…………」」
それから2人はどちらからともなく唇を重ね合った。
互いにこの時間が永遠に続けばいいのにと願いながら、それでも確実に時間は過ぎてゆく。
「これまで一緒にいてくれてありがとう、ステラ。本当に楽しかった」
「ステラも、セスと一緒で幸せだったのです。ずっとずっと大好きなのです……でも、もうすぐ魔脈の修復作業が完了するのです。ステラ、魔脈へ還るときがきたのです……」
「いいえ、自分はまだあなたを還すわけにはいきません」
「「⁉︎⁉︎」」
そこへ不意に現れたのはシアンだった。
シアンは剣の柄に手をかけつつ、2人に向かってツカツカと歩いてくる。
セスはステラを背に庇い、自身も剣を抜こうと腰に触れたが、予備の剣すら残っていない。
実はノーチェと落下した際、枝に引っかけてしまっていたのだ。
緊迫した空気の中、シアンが2人から数メートルの距離でピタリと立ち止まる。
「もう1人のステラ様が今し方お還りになりました。巫女は眠らせ、ネリアに見張らせています」
「ネリアのこと、もう『お嬢様』って呼ばないんだな。火の国の軍人ってのは嘘だったわけか」
「こちらのステラ様は魔脈に還られることが本意ではないとお見受けします。それならば望みを叶えて差しあげるべきでしょう」
「!」
シアンは更に前に踏み込みつつ、スッと剣を抜いた。
セスの予想に反し、先の折れたその剣は、薄ぼんやりと緑光を放っている。
「受け取りたまえ」
シアンはセスに手を出すように促すと、鞘の方を突き出し、中からポトリと小さな袋を落とした。
セスが中身を確認すると、見たこともない不思議な種が何種類も入っている。
「それは自分が妻から預かってきた特別な種だ。その種から育った植物が花を咲かせたとき、人間の体と変わらぬ機能を持つ器として、精霊の依代に使えるようになる。かつて自分は、精霊だった妻とこれらの植物を全て育てあげ、妻の肉体を人間同様に変えたことで、大地の女神様から結婚を許していただいた。君も本気でステラ様を想うなら励みたまえ」
「えっと……あの……⁇」
戸惑うセスが言葉に詰まっていると、ステラがぴょこっと前に飛び出してくる。
「あのっ! でもステラ、本当にそれで許されるのでしょうか⁇ 担当範囲の魔脈が正常化したら還るのが掟なのに……」
するとシアンは恭しく跪いて答える。
「ご安心ください。あなたは本来のステラ様によって作り出された分身です。元のステラ様が掟通り魔脈へお還りになった今、あなたは元のステラ様より譲渡された魔脈管理遺跡に関する権限を全て破棄することで、使命から解放された普通の精霊として留まることを許されます。この村でのあなたの暮らしぶりを知った妻が、大地の女神様に掛け合って特別措置としてもらったのです」
「そうなのですね! ありがとうございます‼︎ 本当にありがとうございます‼︎……ああ! セス! ステラ、セスとずっと一緒に居てもいいのですよ‼︎」
ぎゅ〜〜っ‼︎
感激したステラが力いっぱい抱きついてくるのを受け止めながら、セスはシアンを見て首を傾げる。
「シアンさん、あなたは……⁇」
一方その頃、大広間にて……




