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20ー4.最愛のあなたへ


「セス⁉︎ どこ行くの⁉︎ なんでステラちゃんの傍に居てあげないの⁉︎」


セスと入れ替わりで駆け付けたネリアが狼狽えていると、ようやく痛みの安定してきたステラが声をかける。


「フフ……彼は気付いていたのですよ、私が『彼のステラ』ではないことに」


「どういうこと? ステラちゃんは本物のステラちゃんじゃないの……⁇」


「私は本物ですよ。でも、今や『本物のステラ』は彼にとっては偽物で、『偽物のステラ』こそが彼にとっては本物なのです」


本物のステラが朗らかに笑ったそのとき、ノーチェが意識を取り戻す。


「ステラ……っ⁉︎ うわああああああああ‼︎ 退けえええええええええ‼︎‼︎」


ドンっ‼︎


剣が突き刺さったステラを見るなり、ノーチェはネリアを突き飛ばして駆け寄った。


「ステラ‼︎‼︎ さっき僕を刺したあいつ⁇ あいつが君を刺したの⁉︎ よくもこんな酷いことを‼︎」


明滅するステラの体から剣を引き抜こうとするノーチェ。

しかしステラは蔦を操ってそれを止める。


「ノーチェ、これは私が彼にこうするよう頼んだのです」


「そんな⁉︎ なんで⁉︎」


「私の器は、既に私という個を維持する限界を超えていました。こうならずとも、消えるのを待つのみだったのです。それに……もともと大地の女神様との約束で、精霊としての使命を果たしたら魔脈へ還らねばならなかったのです。そんな大事なことを、私は卑怯にもずっと伝えずにいました。あなたをどんなに悲しませることになるかわかっていたのに……いいえ、わかっていたからこそ」


「人間の僕にいなくならないでと望んだくせに……君の方こそ、君のいない世界に僕を置いていくんだね……」


勝手に相手の未来を信じて置いていく、無責任さはお互い様の2人だ。


「本当にごめんなさい。でも、もう今こそ別れなければなりません。ここが私たちの旅の終わりなのです。だから最期に……抱きしめさせてください……」


ステラはノーチェの体をそっと抱き寄せ、額に口付ける。


「……霊体状態でもノーチェが魔力を纏うことで接触は可能でした。でも、こんな触れ合い方は初めてですね。繭糸を材料に実体化してみた甲斐がありました」


「ステラ……僕、僕っ……こんな風に抱きしめられたのは初めてだ……」


ノーチェは泣きじゃくりながらステラにしがみ付いていた。

その姿は、人間を滅ぼそうとした強大な魔力を操る巫女ではなく、母に縋る幼な子にしか見えない。


「ノーチェ……あなたは真面目で頑固で、優しくて幼い。行動の勇敢さと裏腹に、内実は臆病。いつも不安でしょうがなくて、ずっと安心する方法を求めていた。愛するものが傷つけられることが許せなくて、外敵の脅威を排除しようと必死に戦ってきたのでしょう。でも、人間はあなたの敵ばかりじゃありません。これからはそのことも知ってほしいのです」


「敵だよ、人間はみんな……僕は他の人間を受け容れるつもりはないし、他の人間だって僕を受け容れられるわけない……人間だから人間と一緒にいないといけないなんてことないでしょ?」


「孤独でいること自体は悪ではありません。孤独というのはある意味、平和を極めた生き方とも言えます。ですがもし、孤独でいることで自分や自分以外を損なうことがあるなら、それは孤独に向いていないということです。……本当は寂しがり屋でしょう? 全ての人と仲良くなれるわけではなくても、あなたが変わることで距離の縮まる相手は意外と多いものですよ。現に私はあなたが大好きですし」


「僕自身は人間の僕が大嫌いだよ。……ステラは全然わかってない。本当の孤独っていうのは、周りに味方がいないとき。人間に囲まれてるとき、僕の周りは敵だらけなんだ。人間はいらない、滅べばいい、滅ぶべきだ、僕自身も。精霊様や魔物たちさえ幸せに生きててくれればいい。憎む敵がいなくて、愛する者たちが平和に暮らせる世界……たとえそこに僕がいなくても、それが僕の幸福だ」


「極端なのです、ノーチェ。孤独どころか、他者への干渉や支配を望みすぎですね。あなたのしていることは、実はあなたの敵と同じ。自分のとっての世界ばかり見て、他をそれに従わせようとしています。自分の都合の良いように存在の価値を線引きして、仲間の都合を追求するためにその他の都合は考慮しない。自作の正義を振りかざし、妥協点を探さない。……同じ世界を共有しているのにそれではいけません。あなたほど力のある人物は、実現できてしまうから尚更」


「酷いよ。こんなときにお説教なんて……」


ノーチェはいじけた声を出しながら、ステラにぐりぐりと頭を押し付けた。

ステラはその頭を撫でてやりながら、赤子を宥めるような声で語りかける。


「……願わくは、これからあなたにも私の愛してきたものを愛してほしい。まず第一にノーチェ、あなた自身を。それから他の人間たちも。それが難しくても、せめて憎まなくてよくなってほしいのです。憎むことは相手だけでなくあなた自身を傷付け、すり減らしてしまいます。あなたはもう充分に戦いました。これからは休んだり甘えたり、心を癒す生き方をしてほしいのです」


「無理だよ……できないことばかり言わないで! 僕が普通じゃないこと、1番近くにいた君はよく知ってるでしょ? いくら当たり前のことを勧められても、その通りには生きられない。僕には難しすぎるんだ。気付いたことを無視できなかったり、起きたことを忘れなかったり、嫌な傷がどんどん溜まって躱せなくなる。人間は最も悪意に満ちた生き物だし、僕はきっとプライドが高すぎるから……」


「確かに、『これから』『あなたに』『してほしい』ことばかりですね。我ながら、なかなか強烈な押し付けです。けれども、あなたは私の身勝手を責められませんよ。だって、あなたこそ勝手に私たち精霊や自然のことばかり願っていて、これはその分。あなたがあなた自身のことを考えなかった分なのですから。……何より、私自身がもうあなたにしてあげられることが無いのですから……」


いよいよ明滅は激しくなり、ステラの輪郭が霞み始めた。

この短時間で完全に諭せるほど単純な相手ではなかったが、これから何度でも今の会話を思い出して、少しずつ納得してくれればいい。

そんな期待をしつつ、ステラは胸の内でノーチェの更生をシアンたちに託す。


「ねぇノーチェ、どうか忘れないで。楽しかったこと、嬉しかったこと……幸せだった思い出を。この世界の美しさを。あなたはちゃんと愛する心を持っています。そしてそんなあなたを私は愛し続けます。私は、あなたに出会えて幸福でした。ですから約束ですよ。ノーチェも必ず、幸福になってください……ね……」


ステラの体はついに光の粒となり、景色に溶けるように消えていった。

ノーチェは巨大樹の幹に縋り付き、かつて自分が付けた名前を呼び続けたが、もう返事の返ることは無かった。



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