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1ー9.泣き虫神父


「神父様ー?」


セスとネリアが教会に入ると、中には誰もいないように見えた。

列柱の無い簡素な内装は、さほど広くない空間をそれなりに広く見せている。

歴史画ではなく植物を描いたタペストリーやステンドグラスは素朴で優しい印象だ。

通い慣れた母国の荘厳で堅苦しい教会よりも、こちらの教会の方がセスには居心地良く思えた。


「神父様は香部屋かな? それとも懺悔室?」


「鍵が開いてるならいるんだろ。奥の扉、ノックしてみよう」


そう言ってセスは奥へ歩き始めたが、ネリアはふと立ち止まって長椅子に寄り掛かる。


「こうやって人のいない教会って、ちょっと懐かしいな〜。セスは憶えてる? 昔、たまたま誰もいない時に教会に入って、そこで私たち……」


「ああ、忘れるわけないだろ。先生にバレて、どれだけ怒られたことか……」


苦い記憶が蘇ってセスも立ち止まると、ネリアは楽しそうに笑う。


「ふふふっ……ねぇ、セス。せっかくだからさ、今から私とまたしてみない?」


「ばーか。この歳になってそんなことしてたら、ただの遊びじゃ済まされないぞ。どんな目で見られると思ってるんだよ?」


「も〜、セスってばすっかり真面目になってつまんないなー。昔はすぐ乗ってきたのに……きゃっ⁉︎」


「ネリア⁇」


突然ネリアが悲鳴をあげたので、セスは慌てて駆け寄った。

見ると、ネリアのすぐ足元、長椅子と長椅子の間に誰かがうずくまっている。


「なっ⁉︎ 誰だお前は⁉︎  ここで何をしている⁉︎」


「ひぃいいいぃぃ‼︎ ごめんなさい! ごめんなさいぃ‼︎ 僕は怪しい者じゃないですぅうう‼︎」


セスが凄むと、怪しい男は情けない悲鳴をあげながらますます縮こまって震えた。

その服装を見て、ネリアは首を傾げる。


「そのお姿、神父様⁇」


「はぁ⁇ この不審者が⁉︎」


セスには信じ難かったが、確かに不審者は時計教の白いローブを着ている。


「どうしたんですか? まさか、神父様も隠れんぼを⁇」


「ガキの頃の俺たちじゃあるまいし、そんなわけないだろ」


「ひぇぇぇえええ……」


神父はなんとか立ち上がると、よろけながら長椅子を挟んでセスたちの反対側へと逃げた。

左右の細長い指を絡めるように胸の前で合わせ、祈るように怯えている。

酷い猫背でわかりにくいが、背はかなり高い。ふわふわの桃色髪を帽子で押さえて左右へ分けている。

宝石のようにキラキラした紫のタレ目は、長い睫毛でもせき止められないほどの涙でいっぱいだ。


「はぇ~~……若くて美男子の神父様なんてビックリ。パパの知り合いだから、パパくらいの歳のオジサンだと思ってたよ」


「いや、確かに顔は整ってるけどさ……ビックリするところはそこじゃないだろ、絶対」


ズレた感想を述べるネリアと、それにツッコミを入れるセス。

そんな2人を交互に見ながら、神父は恐怖で裏返った声で尋ねる。


「ひっ、火の国の役人っ……ぼっ、僕に、なななな何の用でっっ来っ……ききき、来た……⁇」


「神父様、私は……」


「ひぃあああぁぁあ⁉︎ ち、近づかないでっっ……うわあっ⁉︎」


ドテンッ‼︎


小包みを手にネリアが近づこうとすると、逃げようとした神父は自分のローブの裾を踏んで派手にすっ転んだ。


「神父様〜、逃げないでくださいよーぅ?」


這って逃げようとする神父に対し、ネリアは容赦なく距離を詰めると……


ドスン‼︎


「ふぎゃっ⁉︎」


その背に跨った。


セスにはネリアがキレているのか楽しんでいるのか、あるいはその両方なのか、わからなかった。

ネリアは容姿だけなら可憐な美少女なのだが、その性格はぶっ飛んだ恐ろしい女だとセスは身を以て知っている。

昔から度々ネリアの技の特訓に付き合わされて、何度も酷い目に遭わされてきたのだ。


「ネリア、やめてやれよ。神父さんがかわいそうだろ?」


「ええっ⁉︎ 私、イジメてるんじゃないよ⁉︎ 理由はわからないけど、神父様が錯乱してるみたいだったから……変に暴れて神父様自身が怪我しちゃいけないと思って、善意で取り押さえただけだよ‼︎」


「ふぇえん……」


もはや泣くだけで精一杯の無抵抗な神父を、セスとネリアは引きずるように助け起こして長椅子に座らせた。

2人は神父の両側にそれぞれ座って、神父が落ち着くまでその手を捕まえておいた。


***


「へぇ~。神父様が火の国にいたのって、パパがまだ学生の頃だったんですね!」


「ええ、そうです。……あの彼にこんな大きな子供がいるなんて、時の流れは速いなぁ」


あれから少し待って落ち着いた神父に、ネリアはやっと父親からの預かりものを渡すことができた。

神父は小包に添えてあった手紙に目を通しながら、懐かしそうに微笑んでいる。


「卒業できたのは僕のおかげだなんて、大袈裟だなぁ……その礼でこんな上等な酒まで寄越すし……はははっ、彼もすっかり大人になったんだなぁ」


まるで孫を想う年寄りのように和やかに呟いている神父。

その姿はまだまだ輝くほどに美しく、若々しい。


「神父様、パパの勉強をみてあげてたんですよね? 同学年には、全然見えないですけど……」


ネリアもセスも、不思議に思いながら神父を見つめた。

神父は冗談でも聞いたかのように、可笑しそうに笑う。


「そりゃあそうですよ。だって僕は……」


ドォォーーーーーーーーン‼︎‼︎


「ぴゃああああぁぁ‼︎」


「「⁉︎」」


突然、外から凄まじい爆発音が教会を揺らした。

ビリビリと鼓膜を痺れさせた音が止んでも、ネリアたちの座る長椅子がまだガタガタと小刻みに振動している……が、これは椅子の下に潜り込んだ神父が震えているせいだ。


「森の方だ!」


教会は村の北西に位置しており、裏手の墓地より奥に進んでいけば魔物たちの棲む森がある。

爆発音はその入口辺りから聞こえた。


「ネリア、様子を見に行くぞ!」


「うんっ」


「はわぁあわわ⁉︎ ままま、待ってぇ‼︎」


がしっ‼︎


駆け出そうとしたセスの足を、長椅子から滑るように這い出した神父の手が掴んだ。


「待ってくださいぃ〜! たぶん今のはソラくんの実験による爆発ですから! ほらっ……よぅく耳を澄ませばソラくんの笑い声が……」


言われた通りセスとネリアも耳を澄ませてみると、森の方から狂ったように興奮した笑い声が聞こえてくる。


……ァハハハハハハハ……ァーハハハハハハハ……‼︎


「うわぁ、不気味〜……」


ネリアは身震いしながら、セスの腕に縋りつく。神父も、セスの足に縋り付いている。


「よ、よくあることなんです……ソラくんの研究所で、爆発は。研究所というか、ボロ小屋ですけど。僕がすぐ説明すべきだったのに、つい取り乱してすみません……ああいう音はどうにも慣れなくて」


神父はよろよろと長椅子に倒れ込みながら謝った。


「よくある⁇ それじゃあ苦情も多いでしょうに、何故やめさせないんです?」


「ソラくん自身それを考慮して、森の入り口なんかに小屋を建てたんです。あれほど音が大きく聞こえる範囲なんて、この教会までで済みますから。それに、ソラくんがしょっちゅう爆発音をさせてるおかげで、魔物が森の入り口に近付くことすら無いんですよ。助かってます……ビックリするけど」


そう説明して苦笑する神父に、尋ねたいことはまだある。


「ところで神父さん、爆発音はともかく、さっきはなんで俺たち火の国の役人にあそこまで怯えたんです⁇……神父さん、いったい何をやらかしてここへ来たんですか⁇」


セスから責めるような疑いの眼差しを向けられ、神父は小さくヒッと悲鳴をあげた。

空気を読んだネリアが、再び退路を断つようにセスとは反対側の神父の隣へ座る。


「逃げないでくださ~い。ねっ、神父様?」


「ひぃぃん‼︎」


ぎゅうぅ……


神父は助けを求めるようにセスの手を掴む。セスよりもネリアの方がよっぽど怖いのだ。

セスは振り払いたかったが、また泣かれると面倒なのでグッと堪えた。


「で、どうなんですか? 神父さん?」


「あぅ……ぼ、ぼ僕は……その、火の国では極端に嫌われたり、……逆に厄介な人から極端に好かれたり、人間関係上の面倒ごとが多くて……元司祭とか、偉い人たちの恨みも買ってるからぁ……報復とか、いろいろ、怖くてぇぇ…………うぅぅ」


セスは「まあその性格なら無理もない」なんて言葉は呑み込んで、結局また泣きだした神父が落ち着くまで愚痴を聞いてやった。



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