いつもの日常
部屋にアラームが鳴り響く。
午前7時。僕は朝が苦手だ。ここは二階なのに一階から味噌汁、鮭、煮物、よくある日本の朝御飯の匂いがする。一階へ降り、朝食を食べ、学校へ行く準備をする。誰もが送ったことのある、またはこれから送るであろう普通の高校生の日常。
「まーこーとー!受験勉強はしてるの?あなた忘れ物が多いからちゃんと確認して学校行くのよ。」
母の久美が後ろに立って言っている。振替らなくても腕を組んでいるのが分かる。母の癖だ。
「分かってる。今日も凛とか大我たちと居残って勉強するつもりだよ。」
靴紐を結びながら返事をする。
母は優しい。生まれたときから僕のことをずっと大切にしてくれている。僕が尊敬する人の1人である。
「じゃあ行ってくるよ。」
振り返らずにドアを閉めた。これもいつもの日常であると思い込んでいた。
ーーーーーーー
やっと教室の席に着いた。この席は教卓、出入り口から1番離れている。いわゆる生徒誰もが着きたい席であろう位置だ。
「おはよう、誠。」
隣の席の凛は僕に言った。
野澤凛。学校で仲の良いグループの1人だ。僕たちの間では"いつものメンバー"と呼んでいる。凛は冷静な性格だ。何をするにしても一歩下がった視点から物事を考え、落ち着いた口調で発言をする。顔立ちが良く、女子からの人気もある。
「おはよう。昨日全然勉強のやる気が出なくて、参っちゃうよ。」
襟足を指で掻きながら苦笑いと思われる表情で返事をした。
「そろそろ大我たちが来るね。」
凛は落ち着いた口調だが、友達の話をしていると、何処か嬉しそうな表情をしている。
凛の予想は的確だ。
大我と雷也が教室に入った。席は少し離れているが席にカバンを置くと僕と凛のところへ来てくれた。
「うっす。今日もあちーなー。もう夏休みは終わったってのに、学校来るのが嫌になっちまうな」
大我が言った。
山中大我。凛とは違って、冷静さは無いが誰よりも友達思いで、運動が出来る。クラスメイトの中心に立つタイプの性格である。
「大我、お前は暑がりなんだよ。俺たちはちょうどいいぜ。」
雷也は大我の言葉を少し否定した。雷也は人の意見や性格に合わせて、コミュニケーションをとることが多い。感情に己を任せることもなく、社交性のある奴だ。本名は毛利雷也。普段は人の意見に合わせる奴だが、否定をした。
これは僕たちが"いつものメンバー"として心を許し合っている証拠なのだと僕は思っている。
"いつものメンバー"は京子を入れた5人だ。
「京子は?あいつまた寝坊か?こりねーな。」
大我は呆れた口調だった。無理もない。京子は抜けた性格で寝坊や忘れ物は良くある。
真希が教室に入るのが見えた。
「あーやっぱり京子は遅刻だな」
雷也も真希が教室に入るのが見えたらしく、確信の口調で言った。その確信は僕、凛、大我にもあった。京子と真希は幼稚園からの幼馴染みで、今も一緒に学校に来ている仲だ。
教室の角から角へ、少し距離があったが大我が大きめの声量で言った。
「真希ー!京子は遅刻か?」
真希は机が3.4個離れた所まで近づき、返事をする。
「そうよ。待ち合わせの場所に来なかったの。私と京子の間では8時15分になって、どっちかが来なかったら先に行くっていうルールがあるの。」
朝礼開始のチャイムが鳴り、真希は自分の席に戻った。
そして僕たちの担任、佐藤寛が教卓へとやって来る。
「おはようございます。出席をとります。有田、伊藤、」
自分の番が回ってくるまでは外を眺めている。
「田中。」
「はい。」
僕の出席確認が終わる。
出席確認はまだ続く。僕は外をずっと眺めている。佐藤はあまり好きな先生ではない。
全員の出席確認が終わる。
佐藤の方を見る。
「いないのは川村だけだな。」
川村とは京子の事である。
「みんな、受験の日が刻一刻と迫っています。受験勉強、みんな頑張るように。」
佐藤の口調、何を考えているか分からない様な表情。視線を先生からまた外へと移す。
ーーー僕は佐藤寛が好きではない。