表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偽神のラキュエル  作者: 彩雨カナエ
Chapter.2 奇跡の力と試練の学園
9/49

05.社会を模した演奏機構

 二杯目の紅茶を飲み干して、受け皿の上に戻す。正面に座っているミラが「おかわりは?」と言いたげな顔をして、ポットを片手に構えている。流石にガブガブと飲み続けるのも良くないと思い、開いた右手を左右に振った。


 いつの間にか、数枚は残っていたはずのクッキーが消えている。お洒落な空間に酔ってしまい、知らぬ間に食べ進めていたのかもしれない……ということはなく、ただお腹が減っていただけである。


 何か聞き出さねばと、あまり視界に入っていなかった店内をキョロキョロと見回す。テーブルとクロスの同じ、白く塗られた壁と焦げ茶色の木材を使った床。落ち着いた空間の端で、違和感を放つ機械にふと目が留まる。


「何か気になるものでも?」


「あ、いや、あそこの音鳴ってるやつ……」


 どうも、私は機械というものに疎い。閉鎖的で、かつ交通の不便なあの村には、最新の技術など入ってくるはずもなかった。別に、機械が無くても生活に困らなかっただろうけど。


「ああ、これのことですね。ちょっと見てみますか?」


 立ち上がり、正体不明な装置に近づく。その上部には何やら回転している金属の円盤。さらに、そこに無数の突起が付けられている。

 それを覆うように取り付けられた部分から、このポロンポロンという音が鳴っているようだ。


「この細かいのが、中に付けられた薄い板を弾いて音が出るんです。別のものに取り換えれば、曲も変えられるんですよ」


「へぇー」


 続いて下側から覗き込む。円盤に繋がる幾つもの歯車がグルグルと回っているようだ

 そんな光景を眺めていると、突然音が鳴りやんでしまった。


「止まっちゃった……」


「ここ、巻けばまた流れますよ」


 そう言って彼が指差したのは、機械の横に飛び出た平べったい部品。言われた通り、親指と人差し指で挟んで回してみる。

 すると、カチカチと音を立てながら、その先に繋がれた板が巻かれていくのが見えた。


 ある程度巻いて、今度は手を離す。その部品はゆっくりと逆回転を始め、内側の歯車たちに動力を伝えていた。そして上の円盤は、力を取り戻し演奏を再開する。


「おーっ!」


 多分、私が巻いた部分は力を溜めるための機構なのではないだろうか。

 こういったものを思いつく人間は、本当に凄いと思う。


「機械とか、苦手なんですか?」


「うん、昔から機械に触れる機会が無くて……あっ、今の偶然だからっ! 狙ったわけじゃないからねっ!」


「あっ、はい。大丈夫ですよっ! よくあることですし……」


 はあ……わざと言った訳ではないのに、キメ顔で言った時と同じように沈む空気。これだから嫌なんだよ、駄洒落は。何気ない会話で自爆しかねないもの。


 規則的に回転を続ける複数の歯車。巻いた部品からの力を機械全体に伝動する。

 だが、私にはその構造が別のものに見えてしまった。


 そう、この社会全体だ。


 中心となる者の言う通りに、その下部の者が行動する。絶対的な規則に囚われた国民は、その機構に抗うことなく生活を続けるのだ。

 一つでも歯車が欠けたり歪んだりしたら、その先の全ては動きを止めるだろう。故障した部品は、見つかり次第取り除かれ、新たな部品で置き換えられる。


 きっとファイザーからは、私とリーンは噛み合わなくなった歯車に等しいだろう。きっと何らかの行動をとった次の日から、指名手配でもされて居場所がなくなるのがオチだ。


 逆に、ファイザーを倒すという私達の復讐は、動力源を破壊することと同じだ。大きな視点で見れば、それは国の機能を停止させることとなるだろう。

 そう考えると、私達のしようとしていることが、いかに壮大なものなのかがよく分かる。


「あの……」


「あ、ごめんごめん! ちょっと考え事してて……」


 再びテーブルに戻り、自然と向かい合う形になる。そういえば、今だに有用な情報を聞き出せていないような……この時間は一体何だったのだろう。


「さっき、ファイザーと会う方法、聞こうとしてましたよね?」


「……うん」


 私が最も聞くべきことは、もう知っていたようで。そりゃ、目の前でリーンが問いただしてたからなあ。あれは理不尽な拷問に近い気もするが。


 それにしても、てっきりディザニークを信じる人達は皆、あいつのことを「ファイザー様」と呼ぶものだと思っていた。信者でも意外とその辺はテキトーだったりして。


「近づく方法なら、一つありますよ」


「えっ、ホントに!?」


 ヒントは何も得られそうにないなあ。そう思っていた中でのミラの一言。


「簡単……ではないですが……」


「いいよ、どんなものでもいいから教えて!」


 まず、ファイザーのところへ辿りつくのが簡単なはずがない。どんな方法だって大変だし、かなりの危険が伴うに決まっている。


「レイクロック学園で開催される大会で、一位になることです」


 へ? どこ、それ。そのレイなんとかって……。


「私、外から来たからあまり詳しくなくて……」


「ワーロミューの人なら知ってて当然な気もしますが……この町のど真ん中に建ってる学校のことです」


 学校。主に子供に教育を施す施設のことだ。存在自体は知っているが、これもまた、私が触れる機会などなかったものだ。


「そこで、まあ一部ですけど、生徒同士が能力で戦う行事があるんですよ。その優勝者が、ファイザーとの食事会に呼ばれるんです」


 彼の言葉の中にあった聞き慣れない単語。そう、能力。

 推測するに、リーンの言う「神の奇跡」のことではないだろうか。だが、神を信じる人が「神」という文字を外すはずがない。

 もしや……この国の人々は皆、あの力が信仰心を還元したものであると知らないのでは。リーンが間違えているという線は有り得ない。悪魔とはいえ、神に最も近かった存在なのだから。


 多分、「奇跡の力」は生まれ持った何かだと考えてられているのだ。だから「能力」という呼称が付いたのだろう。


「そっか、今日はありがと。じゃあ、そろそろ……」


 別れを告げて席を立ち、扉の取っ手に手をかける。店を出ようとしたその時、ミラは相変わらずの小さい声でこう言った。


「良かったら、また……来てくださいね」



 * * * * *



「遅せえよ……」


 店を出てから空き家までの、最初の十字路を曲がる時、後ろからガシッと衣服を掴まれた。


「なんでここにいるの!?」


 言うまでもなく、私を待ち構えていたのはリーンであった。さっき、「先に帰ってる」って言ってたはずじゃ……。


「どうせ時間かかるだろうと思って、少し町をぶらぶらしてたんだけどな……それでも帰って来ねえから迎えに来たってわけだ……」


 えっと、それは「私を心配してくれた」と捉えて良いのだろうか。気のせいか、優しさをいじられるのを嫌うくせに、時々自滅してるような……。


「それで、何か聞き出せたか?」


「一応……」


 この町の施設や地形なんかの知識が乏しいから何とも言えないが、ファイザーへ近づくための第一歩であることには変わりない。


「そうか……エル、ちょっとこっち来い」


 寄っかかっていた壁から背中を離し、歩きはじめたリーン。どこに連れて行くつもりなのだろうか。

 あれ? この道は確かさっき通った……。


「よし、背中に乗れ」


「へ?」


 あの荒くれもの達と戦った裏路地で彼女は足を止めた。彼らはすでに撤収していたようで、人気は感じられない。

 何が目的なのか理解しかねるが、明確な理由があるのだろう。素直に負ぶわれることにした。


 私の体重を支えるように両手を後ろに回すと、いきなりバッと飛び上がった。複雑に絡み合った配管の間をすり抜け、ほんの少ししか幅のない窓枠を足場にし、建物の屋根に着地する。


「……ヨダレ垂らすなよ?」


「わ、分かってるよ!!」


 平らな屋根の上を駆けながら、それを聞いた彼女はフフッと鼻から息を漏らし、微笑んだ。



 * * * * *



「おお、これが……」


「海……」


 私達二人の前に広がる、終わりの見えない青い世界。大きな水たまりだなんて教えられていたが、そんな表現に収まるような規模ではなかった。


「歩き回ってたときにな、地図ってのを見つけたんだ。下の方に青で塗りつぶされたところがあったからな、水とかだと思って来てみたら……当たりだった」


 石で覆われた海岸線に打ち付ける、これが波。

 何かと漂っていた特異的なにおい、これが潮の香り。

 なにもかもが初体験だった。


 光を反射してギラギラと輝く海を眺めていると、柵に頬杖をついていたリーンが口を開く。


「さっきの話だが……勝てばいいんだから、かなり上等な方法だと思う。だが……後戻りはできなくなるぞ。エル、覚悟はできてるか?」


 復讐が成功しても失敗しても、その後の人生がどのようなものになるのかは分かり切っている。国中に顔が知れ渡り、死ぬまで逃亡生活をするか、ひっ捕らえられて死刑に処されるか、そのどちらかだろう。


「あはは……」


 考えるだけで笑みが零れる。何が面白いのか、自分でも分からない、。だけれど、その笑いは簡単には収まらなかった。


「ふぅ……」


 一度、深呼吸をして、海の方へと右手を突き出す。

 私の手の平から、負の気持ちの結晶である紫色の火柱が、激しく火の粉を撒き散らしながら噴き出した。


「私、決めたの……この復讐の炎で、あいつを……跡形もなくなるまで燃やし尽くしてやろうってね」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ