04.少年少女の共通項
寝る時に使った、座るだけで軋むボロとは違い、複雑な装飾が張り巡らされた椅子。同様の見た目をした丸いテーブルと、その上に布かれた白のクロス。
夜になったら柔らかな光を放つであろう照明が、外から入り込んだそよ風で揺れている。
「お待たせ致しました」
陶器のカップの中には、香り高い紅茶が注がれていた。角に設置された機械からポロンポロンと流れる曲が、洒落た雰囲気を醸し出す。
と、寛いでしまっているが、勿論紅茶を運んできたのは先程リーン助けた……ことになっている男の子。その場の流れでこうなってしまったのだ。そう、時はほんの数分前に遡る。
* * * * *
よりによって、現金を全くと言っていいほど持っていなかったリーダー格の男。リーンがその脇腹にゲシゲシと蹴りを入れている中、その音に混じって後ろから小さな声がした。
「あの……」
だが、当のリーンの耳には届いてないようで。自信を無くしてしまったのか、前で両手の人差し指をちょんちょんしている。なんか可愛い。
「……あのっ!!」
ようやく伝わったその声は、彼にしては思いっ切り発した方なのだろう。一般的には普通くらいな気もする。ハネた茶髪を揺らしている姿が可愛かった。
「ん、なんだ?」
「お、お礼がしたくて……良かったらお二人とも、うちに寄っていきませんか?」
それを聞いた私とリーンがノータイムで目を合わせる。そして、コクリと頷く。
まあ、「タダで何か食べさせてもらえそう」というのが理由なのだが。できるだけお金は大事にしなければならない。
裏路地を同じように戻り、人の波を掻き分けながら大通りを渡って、一本奥の道へ。「ここです」と言って彼が立ち止まった場所は、一軒の喫茶店だった。
道に少しせり出したテラスに登り、扉を開けると、チリンとベルの透き通った音が鳴った。
「どうぞ、ご自由にお掛け下さい」
二つの椅子を引き、そう言い残して男の子は店の奥に消えていった。
* * * * *
という訳である。
カップを持ち上げ、一口。久しぶりに口にした水分が喉を潤す。昨日から色々なことがあり過ぎて、水も食べ物も、何一つ口にしていなかったのを思い出してしまった。
「焼いたので、これも……」
カタンと置かれた皿の上に並べられてたのは、焼き立てのクッキー。香ばしいかおりが空腹感を刺激する。
サクサクとした食感と程よい甘さが、疲れ切った私の体を癒してくれた。
「いかがですか?」
エプロン姿の男の子が、私に問いかける。この謎の敗北感は一体……。
「すっごく美味しいよ」
お菓子作りなどしたことがない。時たま近所から貰うもので十分だった。作ろうと思っても、作り方の載った本が必要だろう。だけれど、お母さんも料理苦手だったし、家にそういった本が無かった可能性が高い。
ちなみに料理をしていたのは大抵お父さんだった。私も長い一人暮らしの甲斐あって、ある程度はできる。
ただ、ぱっと見同い年の男の子にお嫁さんスキルで負けるとは……。多分、家事全般もできるんだろうなあ。できるものならお嫁さんにしたい。
「良かったですっ!」
それを聞いて満面の笑みを浮かべると、彼はまた店の奥へ。いやあ、もう完敗です。
「おい、エル」
浮かれた私を現実に戻したのは、いつの間にか慣れてしまったハスキーな声。テーブルの反対側に座っていたリーンが口を開いた。そういえば、ここに来てから一度も話して無かったような……。
「オレ、こういうとこ苦手なんだ……先に戻ってっから、何か聞き出しとけ」
そう言い終えると、立ち上がって店から出ていく。扉に付けられたベルの音が、店内に響いた。
お洒落な雰囲気、あまり好きじゃないんだなあ。
「紅茶のおかわりを持ってき……あ、帰ってしまったんですね……」
ティーポットの載ったトレイを片手に持ったまま、彼は少しがっかりした表情を見せた。
何か聞き出せと言われても……どうすればいいのだろう。
「ね、ねえ……」
「何ですか?」
助けられた時には、怯えてなのか緊張してなのか、声が上手く出ていなかったはず。それなのに、今はこんなにハッキリと返す。仕事だと大丈夫なのかな?
いざ話を振ろうとするも、上手く言葉が出てこない。よく考えたら、私って同年代の子と話す機会、殆ど無かったんじゃ……。
「き、聞きたいことがあるんだけど……」
それを聞いた彼は目をパチクリさせた後、静かにトレイをテーブルに置き、リーンの座っていた椅子に腰かけた。だが、店員であるという意識が強いのか、まだ背筋はピンとしたままだ。
「えっと……その……」
しまった。この先の会話を全然考えていなかった。何となく自分が内向的であることは理解していたつもりだったけれど、想像以上に酷かったようだ。
いいから、何でもいいから言え、私っ!
「お、お名前は……」
何故それを聞いた、私っ! なんか……き、気になってるみたいじゃないか。
「……ミラです」
その二文字の前に何かを言おうとしていたように感じたが、取り敢えず名前を聞くことに成功した。
こちらがが名乗り忘れていたことに気付き、慌てて自己紹介をする。
「私はラキュエル、エルでいいよ……えっと、十三歳」
「っ! 同い年じゃないですか!」
返された言葉に、一瞬固まってしまう。まさかの大当たり。結構凄くないかな?
目を輝かせ、今までにない反応を見せるミラ。やはり喫茶店で働いていると、あまり子供と関わることがないのだろうか。
「このお店、一人でやってるの?」
特に何も意識せず、投げかけた質問。しかし、それを聞いた彼の顔は妙に引きつっていた。
「す、すいません……両親は、その……」
彼の言葉の続きは瞬時に分かってしまった。当たり前だ。理由は違うだろうけど、私だって同じだから。
「あっ、ごめんね……でも、そこも同じだったなんて……」
「そ、そうだったんですか……こちらこそ、すみません……」
他人の過去を掘り返すのは良くない。無論私だってされたくない。
一度、何もかも忘れたいと思ったことがある。楽しい思い出も、嫌な記憶も、全部……無くなってしまえと。けれど、それで本当にいいのだろうか。
居なくなった大事な二人と、ファイザーの計画に巻き込まれた村のことを……忘れられるわけないじゃないか。
だから、私は心に決めた。どんな出来事でも、運命として受け入れようと。そして今は、自ら設定した目標を、達成してやろうと。
「私達、ちょっと似てるね」
「……そうですね」
窓から流れ込む優しい風が、フワリと髪を揺らす。
この出会いは、私の復讐にどんな影響を与えるのだろうか。そんなことに思いを巡らせていると、空になっていた私のカップに、ミラが紅茶を注いでくれた。
「早く飲まないと、冷めてしまいますよ?」