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偽神のラキュエル  作者: 彩雨カナエ
Chapter.2 奇跡の力と試練の学園
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01.悪魔の奇跡

 顔のあたりにグイッと、一点に集中して力が加えられる。そして、それが幾度となく繰り返されるのだった。

 頬を指先でツンツンされるのは、別にいいのだが……リーンは力加減というものを知らないのだろうか。それとも、できないくらい不器用なのか。


「……痛い」


「何回やっても起きねぇからだろうが……」


 寝ぼけた私の顔を目にしたリーンが、呆れて溜息をつく。

 実は「ちょっと前から起きてたんだけど、リーンにツンツンされたかった」ということは秘密にしておく。


 辺りを見回すと、見覚えのない煉瓦造りの建物の中だった。よく考えたら、村の建物は全て木造だったし、村から出たことすら無かったのだから、見覚えがある訳無いのだが。


「エル、お前……小屋出てからずっと寝てただろ。しかもオレの背中で……全力で走ってたのに、よく眠れるなぁオイ」


「ご、ごめんっ!」


 どうやら私達の逃走劇は、「夜の闇の中を駆け抜ける少女と悪魔」ではなく「冷たい夜風を切るように走る少女を背負った悪魔」になっていたようで。

 というか、走ってる人の背中って大分揺れるはずじゃ……むしろ何故眠れてしまったのか、自分でも聞きたいくらい。


 それにしても、煉瓦の壁よりも前に強烈な違和感を覚えるものがある。さっきまでの真っ黒な恰好とは逆の、白地の服を着ているリーンだ。


「どうしたの? その恰好」

 私の問いかけに、彼女はもう一度深い息を吐いて、人差し指を私に向ける。その角度を見るに、私の顔を、恐らくは口元を指していた。

 寝ていた、服、口元……まさか……。


「なんで他人の背中にヨダレ垂らせるんだか……」


「すみませんでしたっ!」


 ここは潔く謝っておく。一年前くらいには、ちゃんと口を閉じて寝られるようになったはずなのに……。

 振り返ってみると、私が座らされていた椅子の背もたれに、当該の黒い服が掛けられていた。

 丁度口が当たっていたであろう、肩の少し下の辺りが濡れている。


「そこだけ水で流して、干してたんだよ。ああもう、この恰好落ち着かねぇ……」


 白い服は、多分内側に着ていたものだろう。

 先程までは毛先が隠れていた、銀色の髪の全てが露わになっている。その髪型は、まるで剣でバサッっと切り落としたかのようだった。

 リーンから見て左側は腰の辺りまで伸びているが、右端は肩にかかるくらい。斜めに揃えられた毛先に強烈な違和感を覚える。


 私があまりにジロジロと見ていたからか、それを察したリーンが口を開く。


「オレたちはな、何もかもディザニークの聖典に……なんていうか、そう、依存するんだ。姿も、力も……な」


 ディザニークに対する存在として生み出された三人の悪魔。人ではないからこそ、彼女らを恐れる人々は皆、違和感のあるような容姿を思い浮かべる。

 だから、赤い目や銀の髪、そして変わった髪型なのだ。


 そして、リーンが私との復讐を考えたのは……一人ではディザニークを絶対に倒せないから。それは「聖典にそう書かれているから」だ。

 ディザニークは悪魔たちを倒した。その記述は絶対に覆らない。例え残り二人の悪魔が居ても、神には敵わない。


 だからこそ、神への信仰心の無い、則ちディザニークに依存することのない、私を選んだのだろう。


「ちょっと待って……私の目的はファイザー。だけれど、リーンはディザニークをどうにかしたいって……復讐の対象が違うんじゃ……」


 ファイザーは神官であり、神であるディザニークに最も近い存在ではある。だが、「ファイザーを倒すこと」と「ディザニークを倒すこと」に繋がりはあるのだろうか。


「エル、知らないのか。神官は必ずあの一族が継ぐって決まりがあってな。ほら、見たことあるなら分かるだろ。あいつ、まあまあ歳いってんじゃねえか」


 ファイザーが村に来て、初めて目にしたとき、確かに高齢であることはすぐに分かった。七十前後と見た。


「あいつ、他の親戚は誰も生き残ってないようだ。おまけに独身。もう分かるだろ」


 つまり、ファイザーを倒せば一族の血は絶たれ、神官も居なくなる。でも、神官の存在とディザニークに関係は……。


「ディザニークは、その代の神官に直接憑りついて、神官を通して力を振るんだよ。エルはファイザーを倒したいみてぇだが……裏で操っている、全ての黒幕はディザニークだ」


「そっか……私とリーンの目的は少し違うけど、最終的に目指すところは一緒なんだね」


 復讐。

 曖昧だったその言葉の指すものが、明確に定められた。


 ファイザーの命を絶ち、憑りついたディザニークをこの世界から切り離す。

 それが、私の……いや、私達の復讐だ。



 * * * * *



「私って何の役に立てるの?」


 思ったことをそのまま口にする。リーンは凄く力が強いし、戦いは得意なのだろう。破壊の悪魔と名乗っていたのもそれが所以なはずだ。


 でも、私はどうだろうか。手から炎を放てるわけでもなく、喧嘩が強いわけでもない。

 リーンの足かせになってしまうのではないか。そんな心配があるのだ。


「エルが役に立たなかったら、初めから憑りついてなんかねーよ。その辺の人間より、いや、もしかしたらオレよりも強くなれるはずだ」


 私が、リーンよりも……?


「お前の村を襲ったあいつら……炎出してただろ。あれ、どんな仕組みか知ってんのか?」


 私は無言で首を横に振った。

 最初は目を疑った。人間が火球を撃っているのだ。そんなの、ありえないことじゃないか。


「村の外を知らなすぎだな……あれはディザニークを信じる気持ちから生まれる神の奇跡だ」


 奇跡……その言葉だけだと、妙に良い印象に感じる。しかし、神の与えた奇跡も時には犯罪に使われるのだ。

 信仰心によって、現実ではありえない現象を起こす。言わば、神による人々への還元だ。


「それで? 私は何も信じてないもの。だから、何もできないでしょ……」


 立地的に外部との繋がりが少なかったあの村には、そのような概念自体が存在していなかった。だから、神を信じている村人なんて居なかった。


「いいや。もっと柔軟に考えてみるべきだ」


「柔軟に?」


 信仰の対象となる神、ディザニークは……絶大な力を持っている。そして、それを信じる人間に神の奇跡が与えられる。つまりは「強い力」と「信じる気持ち」、この二点が奇跡の正体なはず……。


「神の反対は?」


「それは……悪魔でしょ」


「じゃあ、『神の奇跡』があるんだから……『悪魔の奇跡』があってもいいよな」


 立ち上がったリーンが、座ったままの私の前で立ち止まる。そして腰を曲げ、私達の顔と顔が同じ高さに並んだ。


「エル……オレを信じてくれるか?」


 私の金色の髪にぽんと手を乗せた、リーンの顔に笑みが浮かぶ。返すようにフフッと微笑み、意を決した私はこう言った。


「ええ、あたりまえじゃない」


挿絵(By みてみん)

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