08.手の届かない世界
間髪入れず飛来する化け物の攻撃を避けつつ、その流れ弾がエルに当たらないように……。
『自分の力を信じて』
結局、エルに助けられっぱなしだ。
全く面白がっている状況ではないのに、フッと笑いそうになる。
オレは強い。どんな戦いも、一人でぶつかってきた。だからエルと出会って、初めて「大切な人を守りながら」戦うようになった。
それができるようになったオレは……もっと強いっ!!
敵の面前にまで辿りつき、思いっ切り地面を蹴飛ばす。盾のように閉じた五枚の羽をすり抜けると、力を溜めるかのように腕を後ろに引いた。
エルが殺そうと決意したヤツだ。手加減など要らない。ここで仕留めなければ……っ!!
「お前の力はオレには通用しない。お前は人間に神の力が宿った、どこぞの神官のようなモンだ。だがオレは……悪魔なんだよっ!!」
そう言い放ち、一点目掛けて拳を打ち込んだ。
神の力によって現れたこの不気味な装甲の、唯一の弱点。それは中心にある人体部分のみ。そこだけ、オレが殴ることができるからだ。
「…………は?」
盾に弾かれた感触とは違う。硬い壁を殴った時とも違う……なんだ、何をしても壊れなそうな、そんな感覚が腕の先から伝わってきた。
「攻撃が……刺さらない!」
そんな……どうして、通用しない……。
「リーンっ!」
遠くから届いたエルの声によって、意識が引き戻される。斜め上から何かが近づいてくる、そんな気配を感じ壁を蹴って体勢を整えようとした……その時だった。
「どんなに君が速くても、ボクには追いつけないんだよ?」
「……?」
そう、耳元で囁かれた……ように感じた。辺りを見回しても、誰も見当たらない。気づけば、化け物は動かなくなっていた。幻聴……だとは思えないが……。
「……ん?」
無意識のうちに顔に触れていた手を見ると、赤い線のように血がついていた。別に痛くもなんともないんだが……いつ、できた傷だろう。
さっきの声……まさか、速すぎて捉えられないってことか……?
身の危険を感じ、急いでエルの場所を戻ろうと駆け出した。
「逃げられるわけ、ないでしょ?」
「そこだっ!!」
声のした方へ咄嗟に蹴りを繰り出す。しかし、空振りだった。
「チッ……どこにいるんだ……よ……」
あ? なんだ、背中に妙な感覚が……エルの方に視線を移すと、オレを見て青ざめた顔をしていた。何かが、流れ出ているような……。
背中に手を回してみると、何か、棒のようなものが刺さって……痛ってぇ!!!
「クソっ!! なんだこれ!」
エルが助けたそうにこちらを見ているが、体力の残っていない今、あの高さから飛び降りるのは流石に無理だろう。
腕を後ろに回し、自力で異物を引き抜く。刺さっていたのは、刃物だった。血だらけのそれを放って、周囲に目を光らせる。
「即効性のある強めの痺れ薬を塗ってあったのに、やっぱり効かないかぁ」
オレの後方、化け物の前に立っていたのは、緑髪の……子供か? なんか弱そうだが。
「ボクは、別にキミたちを倒そうとは思ってないからね」
「あ? じゃあなんだよ、そこで固まってる化け物は。お前が仕向けてきたんじゃねーのか?」
刃物をぶっ刺してきたやつもこいつだろう。となると、殴り掛かったところで避けられるのはオレでも分かる。
ここは無理に攻撃せずに……。
「ま、そうだよ。別にキミたちに勝ったって殺してたから、どーでもいいんだけどね。捨て駒みたいなもんさ。もう、用はない」
捨て駒って……ああ、もうわけわかんねぇ!!
「エルっ! ……っておい、いつの間に」
「直接降りてこれなかったから、奥の通路を迂回して。で、なんでコゼットが捨て駒なの? 『鍵番』なのに!!」
それを聞いて、こいつはククッと笑い出した。
「ふーん、もうそこまで知ってるんだ……やっぱり、カミサマの言うことは正しいんだ!」
ちょんちょんと、背中をエルがつついてくる。
「なんだよ」
「あの人が……きっと三人目の天使だよ」
エルはかなり小さい声で話していたと思うが、耳に届いたのか、アハハと笑い声を発してから話を始めた。
「ごめんごめん、自己紹介を忘れていたよ。ボクはトリリ=ラファンド。三天使の中で一番、カミサマに近い存在さ」
エルの方に顔を向けると、同時にエルもオレの顔に目を移した。何言ってんだこいつ。
「天使はどう足掻いても、カミサマにはなれっこない。でも、近づくことならできる。カミサマは全てお見通しさ。例えば、キミたちがアギルに勝つことも、シャノンがアギルを倒すことも……そしてボクがアギルにトドメを刺すことも、ね? 直接、この流れを聞いたんだ。そしたら、見事正解だ……未来予知? いや、きっとこの世界はカミサマの思惑通りに動く、そんな設計なんだろう! このまま予想通りいけば、ボクも……アハハハハハハっ!!」
「マジで、なんなんだよこいつ……」
さっきの化け物よりも、いや……今まで見てきた何よりも、その姿は不気味で、気持ち悪かった。オレでも背筋に冷たいものが走るほどに。
「どうしようかなぁ。目的は達成できたし、ここは引いてもいいんだけど……キミたちを殺していくのも、悪くないなぁ」
「っ! やんのか!!」
「だ、ダメだよリーン!」
エルがオレを制止しようとする。そうだ、こいつに勝機があるのかと言われれば……ない。だがこんな場所で殺されるわけには……。
「……いいや、やめとくよ。今、一方的に潰したところで面白くないもんね。キミたちは絶対……ボクに勝てないから。面白いとき……そうだな、ボクがカミサマにさらに近づけば、もっと面白いことが起きるかもしれないね。アハハ! 次だよ!! 次会った時、キミたちを跡形もなく消し飛ばしてあげるからね!!」
ぶん殴ってやりたいが……こいつの力、何なんだ? すばしっこいだけだとは思えない。オレに攻撃したとき、すぐに姿を消して別の場所から……。
「おい、エル。あいつの力、分かるか?」
「うーん……上から見てた感じだと、瞬間移動……とか? あ、でもそれはないかな。それならシャノンが教えてくれているだろうし、もっと複雑なんだと思う」
「あー……そうか」
こちらが話を全く聞いてないことに気付いたのか、トリリは急に話を止めた。
「ふぅ……邪魔なのが来たみたいだよ」
邪魔なの……その声と同時にヒュンと、何かが空気を切るような音がして……は?
「エル、なんだよ……これ……」
「わ、分かんないけど……止まってる」
トリリの頭の真横、指一本分の隙間もないギリギリの場所で、見覚えのある光の矢が制止していた。
あとほんの少し進むだけで、こいつの頭を射抜けるほどの近さだ。それなのに、矢は空中で止まったまま。力で抑えつけているというよりも、時間そのものが止まっているかのように……。
「あーあ、これでバレちゃったな……」
トリリが一歩後ろに下がると、再び矢が動き出した。そのまま軌道を変えず、壁に直撃し大きなヒビを入れた。
「もう分かったでしょ? ボクの力」
「……まさか、『時間を止める』ってこと?」
「うーん、それだと九十点かな。残りは次に教えてあげるよ。それじゃ」
別れの挨拶を耳にした瞬間、トリリの姿は消えていた。それだけじゃない。あの化け物も、中の人間も……崩れた建物の中にオレとエルだけがぽつんと立っていた。
「あ、そうそう。さっきの、千点満点の話だからね?」
そう背後から聞こえてきたが、振り返っても誰もいなかった。