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偽神のラキュエル  作者: 彩雨カナエ
Chapter.6 異教の鍵番と異神の天註
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07.神が導く最適解

 今、目の前にどんな光景が広がっているのだろう。私には分からない。剣を振り下ろすと同時に目を瞑ってしまったから。

 怖い。さっきまで生きていて、私と戦っていた人間が、私の手によって動かなくなっているとしたら……怖すぎて目を開けられない。


 剣の先がガツンと硬いものに当たった感触はあった。体を斬り、床に到達したのだろうか。それとも骨でつっかえているのか……どちらにせよ、殺してしまったことには変わりない。


 このまま立ち去ってしまいたいところだが、そうはいかない。この建物の構造を完璧に把握しているはずもなく、さらには橋も崩落していて瓦礫だらけ……目を閉じたままここを抜け出すなど不可能だ。嫌でも前を見なければならない。


 それに、この場でもたもたしている場合ではない。こちらがコゼットの本体であることは間違いないだろうが、リーンの方に行った分身はどうなっているのか、まだ分からないのだ。消えているとは思うが……万が一のことも考えなければならない。


「……はぁ」


 思いっきり息を吸いこむ。

 落ち着け。下を見るな。臭いを嗅ぐな。

 何も考えずに歩けば……ん?


 人を斬ったら、そりゃ大量出血するだろう。距離を考えれば、私だって返り血を浴びるはずなのだが……手には特に湿った感じはないし、顔も、足も……あれ?


 もしや、死んでなかったり――


「おいエル! 何突っ立ってんだよっ!!」


 背後から脇に腕を突っ込まれ、気づけば足が浮いていた。


「なんで戦ってる途中に目ぇ閉じてんだバカか」


「いや、ちょっと……」


 うーん……「怖かった」とか言えないしなぁ。リーンなら、話題がちょっと跳べば忘れてくれるか。


「ねえ、今どんな状況?」


「あ? 分身っぽいやつをボコってこっちに戻ってみたら、エルがなんかヤベぇやつの前にいたから助けたんだが?」


「あ、ありがと……」


 なんかヤベェやつ……ってことは、コゼットが!?

 先程までの不安感は一気にどこかへ吹き飛び、ぱっちりと目を開く。そして視界に映ったのは……とんでもない化け物だった。


 混沌とした色の巨大な五枚の羽。紙札に書かれた星と同じ形の紋章が、体を取り囲むように浮かんでいる。白に近かったコゼットの髪の毛は真っ黒に染められ、伸びた前髪の隙間から気味の悪い目を覗かせていた。


「なんだよアレ!!」


「私も分からない! だけど……」


 コゼットの体がこれ以上持つとは思えない。となると、一つ思い当たるものがある。


「今の私と、同じなんじゃ……」


 同じ……いや、それとは次元の違うものかもしれない。私はリーンの力の一部を借りたにすぎない。だから、不完全な悪魔のようなもの。でも、あれは違う。


 まるで、神()()()()だ。

 絶対的な力で世界を統べる、まさに天帝。


 常に最適な力を行使されれば、こちらに勝利などないのだ。


「さぁて、どうするんだ。エル」


 コゼットの流れ弾が当たってヒビの入った、今にも崩れそうな橋の上に着地すると、リーンは抱きかかえた私の目を見てそう問うた。

 作戦を立てろという意味なのだろうが……。


「どんな攻撃をしても防がれて、どんどん強くなっていく……あんなのに勝つ方法なんて……」


 ない。そう言い切る前に、ふと一つの疑問が浮かび上がる。


「……リーン、聞きたいことがあるんだけど」


「なんだ?」


「さっき、あの分身をどうやって倒したの?」


 リーンは「分身っぽいやつをボコって」と言った。分身とはいえ、極端に弱いとは考えにくい。もしそうだとしたら、時間稼ぎにならないからだ。私たちをできるだけ長時間引き離さないと分身の意味が無い。

 それなら、分身の方もカタリアの力を使える可能性が高い。リーンの攻撃は物理的なものばかり……圧倒的に不利なはずなのだ。それでも、彼女は分身を倒してきた。


「どうたって? そうだな……いや、よく分からんが、オレがぶん殴ろうとしたら羽がこう……閉じてだな。弾かれるのかと思ったんだが、なんか腕が羽を通り抜けて……一撃で仕留めたって感じだな」


「……は?」


「オレだって分かんねぇんだよ。だが、この腕で殴れたのは事実だ」


 あの羽を貫通……どういうことだ。私の場合は盾として機能していたはず。

 私とリーンの違い、それは――


「人間と悪魔……」


 同様に、コゼットとカタリアも人間と神の関係だ。あの化け物の中心にあるのはコゼットの身体。それを包むのはカタリアの羽。

 もしかしたら……神と悪魔、それも()()()()()()()だったら、互いに干渉できないのではないだろうか。


「ねえ、最初にリーンが戦ってたとき、体に攻撃受けた?」


「いや、全部避け切ったが……っ! 屈め!!」


 そんなことを言われても即座に体を動かせない私を抱え込み、その場に伏せるリーン。腕の隙間からガガガガっという音と共に、何か小さな物体が連射されているのが見えた。

 そしてその一発はリーンの頭を撃ち抜いた時……いや、通り抜けたとき、確信できた。


 異教には干渉できないのだ。


 私たちはずっと天使と戦ってきたから知ることができなかったが、そうに違いない。神や悪魔はこの世界の物や人間、そして同じ宗教上の存在にのみ干渉できるが、違う教えの神や悪魔には干渉できない。

 もし、これが正しいとすれば――


「リーン、勝てる方法……見つけたよ」


「よし、どうやるんだ?」


「それは……」


 リーンの腕の中で、よく聞こえるように少し口を耳に近づけて、呟いた。


「『リーンが自分の強さを信じて、あの化け物を思いっきりぶっ飛ばす』だよ」


 普通なら、聞き返したくなるような私の作戦。正気の沙汰とは思えないだろう。だけど、リーンは私の言葉を聞いて、クスッと笑ったのだった。


「……なるほどな」


 私を通路側の死角に降ろし、射撃によって崩れる寸前の橋の欄干に飛び移る。化け物が動く度に生じる風も恐れずに。

 リーンは両拳をバキバキと鳴らし、バッサリと切れた銀色の髪を靡かせながら、目の前の強大な標的を見つめていた。


「そこで待ってろ、エル。今アイツをぶっ飛ばしてくるからなっ!!」

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