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偽神のラキュエル  作者: 彩雨カナエ
Chapter.6 異教の鍵番と異神の天註
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06.五枚羽の天帝

 少数派だから多数派に縋る女と、少数派だから多数派に逆らう女……二つの異なる考え方が真正面からぶつかり合う。どちらが正解なのかは分からない。それでも、私は私の意志を突き通す。

 奇妙な羽を動かし、こちらに風を吹かせながら後ろへと飛び立った。私もその後を追うように駆け出す。


 リーンが落とした橋のあった辺りで一度止まると、浮遊したまま女は呟き始めた。


「カタリア様……コゼット、です……どうか、私に……力を……」


 推測するに、「カタリア」が彼女の信じる神の名前、そして「コゼット」が彼女自身の名前だろう。

 私には羽のようなものが無い。空中戦になると圧倒的に不利だ。まだ何本か残っている橋を全て落とされると、最下層の床以外逃げ場が無くなってしまうだろう。


 炎の剣をギュッと握りしめる。これがどれ程通じるのか、まずは試してみるべきか……。分身している以上、個々の力は半分になるはずだ。あの光線のような大出力の攻撃は使ってこないはず……。


「……五枚の、羽は……天帝、の証」


 またしても一ヶ所の三角形が塗られていない紙札を掲げ、コゼットはそう唱えた。どういう意味だ? 配色は……記憶が正しければ、リーンを襲った光線と一緒だ。

 それなら、この剣で受け止められ――


「っ!?」


 紙札の中心から放たれた光線は、同じように真っ直ぐ私へと向かって……こなかった。剣を振りかざそうとした場所のほんの少し横を、極細の光が通過する。その狙いに気付き、すぐさま頭を逆側に傾けると、それは私の髪の毛をピュンと突き抜けた。少し焦げた臭いがする。


 攻撃の種類は類似しているが、ついさっきのものとは軌道や性能が微妙に異なっていた。もしかしたら……やってみないと分からないな。


 ひるまず、反撃をしかける。低い体勢のまま通路を駆け抜け、橋の残骸を蹴って飛び上がった。右上に剣を大きく振りかぶって、叩き斬る勢いで振り下ろす。


「……」


 何もしようとしないコゼット。諦めたとは到底考えられない。だとすると――


「っ! やっぱり……」


 蛹のように閉じられた羽が盾となり、ガキンという金属音を伴って斬撃が弾かれた。あれだけ柔軟な羽からそんな音が聞こえてくるはずがない。


 リーンの力の一部を受け取ったからか、体力は普段とは桁違いにあるようだ。後ろに目をやり、一段下の橋の上に着地する。一階層ずつなら、ギリギリひとっ飛びで行き来できると思う。


 これで、この現象の根本的なところは理解できた。要は、私の行動を見極めて、その時点で最適となる攻撃を繰り出しているのだ。

 一度目は剣で光線を防いだ。だが、二度目は剣に当たらない軌道で、かつ私だけを確実に仕留めるような形状になっていた。この剣の力自体を解析しているのか? そんなことが人間にできるとは思えないが……。


 いや、カタリアという神の仕業に違いない。

 紙札の色の塗り分け方によって異なる現象が構築され、この世界に具現される。そして白色の部分はカタリアが最適化を行うことで、人間には理解すらできない、不可解な現象が発生する……こんなものだろう。


「カタリア様は……全ての、事象……根源まで……あなたは、どう……足掻いても、勝てない……」


 その通りだ。真っ向勝負を挑んだら勝てる確証がない。攻撃すればするほど攻撃は当たらなくなり、防御すればするほど防御できなくなるのだから。


「そう……じゃあ、もしも私があなたを倒せたら、私はあなたの神様を超えたってことになるわけね」


「カタリア様……この女に、裁きを……」


 こちらから攻撃を仕掛けると、最終的に不利になってしまうのは明らかだ。多少の挑発をしてでも、もう少しコゼットの力を見極めたい。


 彼女が次に出した紙札は……白色が二ヶ所。残りの四ヵ所の配色だけで攻撃を予測するのは難しい。大まかな種類も分からず、さらに攻撃の精度が上がるということか。


 直後、紙札が光り出し、コゼットの周りから無数の石矢が射出された。この数だと、避け切れるか怪しい……だが、全て弾くのは難しいだろう。一発受けただけでも致命傷、運悪く心臓や頭に当たれば死が待っているのだ。


 とはいえ所詮は石。シャノンと戦った時は、倉庫のコンクリート片を一気に吹き飛ばせた。でも、見た目が石なだけでより硬い素材で作られた矢の可能性だってある。裏まで読まれているのではないか。そんな恐怖心が生まれる。


 自分は強いと暗示をかけて、正々堂々立ち向かうか。それとも運任せの逃げを選ぶか。命を懸けた究極の選択。これではどっちにも危険が伴う。だったら、少しでも希望のある前者の方がいいのか……。


 いや、違う。アギルと戦った時を思い出せ。最後はイルカナの作った気体爆薬を、空気の羽に仕込んで逆転勝利だった。そうだ、もっと地形を生かせば……。


 ここまで一、二秒。完全に作戦が組み上がる前に、体が動いていた。橋の床板を掠るように、できるだけ広範囲に剣を滑らせる。欄干の素材も金属で、斬れないほど頑丈な作りになっているとは思えない。多分、中は空洞だ。高温に熱せられた欄干の根元はすぐさま融け落ち、傾き始める。


 今の私なら、リーンみたいに動けるはずっ!!


 片足で床板を蹴り、体を浮かせる。回転を利用して勢いづいたもう片足を、全力で欄干へとぶつけた。突き上げられたそれは壁となり、石矢の猛攻を受け止める。そして隙間を通り抜けたものだけを剣で斬り落とすのだ。


 カタリアの力、その対象はきっと戦闘をしていた私だけ。地形の変化までを考慮できていなかったのだろう。つまり、直接的な攻撃でなければ勝機はある。


 建物ごと倒壊させるのは、シャノンならできそうだが……瓦礫の中からでも這い出てくるかもしれない。下層に誘導してから天井や橋を落とすのもあまり意味はないだろう。

 何か、一撃で逆転できるような方法は――


「……っ! かはっ……」


 口元に手をやるコゼット。安定していたはずの五枚の羽の動きが急に乱れ、浮遊がままならなくなっている。


「あ、がっ……」


 手の平の隙間から赤い液体が垂れる。血か……?


「う……あ……」


 パリン。

 そんな澄んだ音と共に、背中の羽が一斉に砕け散った。


 普通の人間に戻った彼女は、どんどん地に引っ張られ下に落ちていく。慌てて欄干の外れた部分から顔を出すと、何階層か下の足場の上で伸びているのが確認できた。


「わ、わた……し、は……まだ……」


 吐血を繰り返しながらも、腰のポケットから紙札を取り出すコゼット。単に、攻撃による反動なのか、使い方を間違えたのか、それとも……。

 彼女が天へと突き出した紙札は、真っ白だった。


「あ、なた……をた、お……せ、れ……ば……」


 今までで一番強烈な閃光を放つ紙札。全要素が神によって、私を殺すために最適化された現象……到底防ぎきれるものではない。この場所ごと消し飛んでしまうとか、いや、町まで巻き込むとか、そういう規模だったらどうしようもない。


 しかし、その紙札は何も起こさないまま発光を止めたのだった。


「そ、ん……な……ぁっ!!」


 流血の勢いが途端に激しくなり、彼女が横たわる辺りに血だまりが出来始めた。苦しそうな声を上げ、口を押さえたままその場で悶えている。


 もし、コゼットが私と戦わなければ、三人目の天使に「鍵番」を任されなければ、そしてファイザーが全国民を平等に扱えば……彼女がここで、こんな目にあうことは無かった。カタリアという神も存在し続け、こんな争いに巻き込まれることなど無かった。


「ファイザーがいなければ……っ!!」


 いつの間にか、前へと飛び出していた。高所の恐怖など、どこかへ行ってしまっていた。やはり、私は殺していいと言われた相手でもそのままにできなかった。私が今やるべきことは……これしかない。


「なんで、こんな……何をしたの?」


 同じ段まで降りて、コゼットを見下ろしながら問いかける。


「カタ、リ……アさ、ま……の、ちか、ら……だい、しょ……うが、ある……」


 聞こえた。「代償」という言葉が。


 リズには、結界を解除するためなら「鍵番」を殺してもいいと言われている。

 でも……私はまだ、一度も人を手にかけたことがない。分かっていても、そんなこと――


「いい、の……わ、たし……あな、た……ころそ、う……と……」


 覚悟を決めているのか、呼吸もままならないコゼットは私にそう言った。このまま放っておいても、多量の出血で死ぬだろう。

 だけど……彼女はずっと苦しんでいるはずだ。殺すなら、早く殺した方がいいのか……分からない。それに、彼女をどうにかして助けるという選択も……。


 本当は、こんなことをしたくない。私の敵はファイザーであり、本心から私の敵に回っていない人を殺すなんて……。


 それでも、私は決めたんだ。

 この復讐を成し遂げると。


 だったら……。


「ごめん……私は……」


 手から炎の剣が滑り落ちる。


「ずっと、私を恨んでくれてもいい……だから」


 それを拾い上げ、頭上へと持っていく。


「……さよなら」


 床ごと切り裂く勢いで、剣を思いっきり振り下ろした。

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