05.具現した意志
間一髪で躱した火球が金属の欄干を熱し、光線が床を断ち切り、煙幕が視界を遮る。
「なんだコイツっ!」
攻撃の種類が明らかに多すぎる。ディザニークを信じている奴らの力は一種類じゃないのか?
単純に考えれば、力の正体を暴いて、その弱点をつけば勝てるはずだ。まあ、その仕事はエルに任せているわけだが……。
「ぐあぁっ!!」
体中を未知の刺激が走り抜ける。この感覚……電気ってやつか? 金属なら流れるとか何とかって聞いたような……。
あの時は、ここまで文明が進んでいなかった。だから、そういう近代的なものはよく分からない。列車なんて名前の、動く巨大な鉄の塊を見たときには心底驚いた。
まさか、戦闘でも仇になるとは……。
「やっぱ……悪魔、丈夫だ……」
「あぁ?」
女はボソッと呟くと、同時に三枚の紙札をオレに向かって放り投げた。やはり三枚とも星の模様で……配色が全く同じだ。さっきから、一枚一枚をじっくりと見る余裕はなかったが、微かにその見た目は記憶に残っている。
もしかして、配色によって攻撃の種類が決まるのか?
「……しまっ」
いつの間にか目の前まで迫っていた紙札。考え過ぎた。
咄嗟に二本の腕で防御の構えをとる。その瞬間、三枚は凄まじい音を伴って爆発した。
「くっ……」
爆風によって飛ばされた体が、欄干に叩きつけられる。腕力や脚力はあっても、体が軽い。踏ん張りがきかないのだ。
「ってぇな……」
どうも、オレには頭脳戦は向いていないようだ。頭と体が同時に動かねぇ……。
「これで……終わり」
立て続けに投げられた二枚の紙札、その模様の中央部がこちらを向く。
何だ。何が来る。火か? 水か? 風か? それとも光か? それ以外なのか?
分からない。オレにはそんなことを見極めることすらできない。
いや……考えるだけ無駄か。オレはオレができることをやればいい。エルにもそう言ったんだ。こんなところで諦めてたまるか!
軽く跳ねて欄干に足をつき、元いた上層の橋を目掛けて飛び上がる。紙札から放たれた二本の光線が、曲線を描きながら向かってきた。ジュッと髪の端を掠った音がしたが、気にしない。
「お前みたいに面倒なやつは、舞台から引きずりおろしてやるよ!!」
「……っ!」
女の足元、橋の床面を全力で蹴り上げつつ、欄干を掴んで金属棒の接合部を引きちぎる。衝撃で支えの金具は外れ、単純な構造の橋は空中でぐにゃりと曲がった。
バランスを崩した女が頭から落下し、下層へと消えていく。勿論、助けはしない。
紙札を使った、特殊な攻撃。これに関しては、バカなオレでも分かる。この女はディザニークの信者ではない。
まだ、そうと決まったわけではないが……多分、コイツが「鍵番」だ。だったら、助ける必要なんてない。殺してしまえばいい。
邪魔な物は何でも壊せ。邪魔な人は誰でも殺せ。それが、オレのやり方だ。
「ふぅ……こんなもんか」
壁の突起に指をかけてぶら下がり、一息つく。流石にこの高さから落ちたら……ん? 今なんか光っ――
「あっぶねぇ!!」
ギリギリのところで、下方からの火炎放射を避けた。数秒前までオレがいた場所は煤で真っ黒になっている。
「……これだけじゃ死なないってかっ!!」
壁を蹴った反動で歪んだ橋に移り、通路との接合部に一発、拳を叩き込む。バキンと床面も割れ、完全に支えの無くなった橋は自重に耐えられず崩落した。
「クソっ……どうせまだ生きてんだろ!?」
通路に逃げ込み、飛んでくる岩石を回避する。今度は氷じゃなくて岩かよ……。
なんなんだコイツ……信じている神がディザニークじゃないとしても、戦闘能力が異常だ。もしや、こちらにおける天使のような存在なのか……?
取り敢えず、アイツがここまで上がってくる前に何か対策を――
「……マジかよ」
少しくらい余裕はあると思っていたが……現れたのはとんでもないものだった。
「カタリ、ア様……を、守ら……なきゃ……」
赤、青、緑の三色がぐちゃぐちゃに混じった、気味の悪い色をした羽。それが、左に二枚、右に三枚ついた女が、下から飛翔してきたのだ。
「五枚羽……カタリア様の、象徴……」
目を見開いて、己の信じる神の名前を連呼している。不気味なんてもんじゃない。操られているような、人間の心というものすら失っているような……。
「これで……終わり……」
ポケットから取り出した一枚の紙札。それには、先程までとは間違いなく異なる点があった。
星印の一部が塗られていないのだ。地の白色がやけに目立っている。
それと同時に、自分の過ちに気付いた。オレが今いるのは分かれ道のない通路。全体を埋めつくすような攻撃をされたら逃げ場が無くなる。
どうする!? ここから紙札を破壊できる程の時間はもう――
「くっ!!」
眩い光線が放たれる。先程までとは段違いに高出力な、オレでも耐えられるか分からないような……避け方も分からず、思わず目を瞑ってしまった。
オレがここで負けたら、エルが……。
オレたちの復讐が……。
今まで積み重ねてきた思い出が……。
全てが終わっちまう。まだ、負けるわけにはいかねぇんだよ!!
「……私も、負けたくないよ」
そんな言葉が、すぐ傍から聞こえた。それに一拍遅れて、ブワッと熱が伝わってきた。
「……遅ぇよ」
そこには、銀色の髪を靡かせ、赤い目を光らせる少女が立っていた。
* * * * *
赤く染まった視界が揺らぐ。この状態の間に決着をつけなければ……。
「ねぇ、リーン」
「なんだ?」
彼女に問いかける。
五枚羽の人間はもう一枚、紙札を取り出し今度は投げずに上に掲げた。
「今、私がリーンの力の一部を受け取った状態なんだけど」
「だろうな。外見がオレと一緒だ」
リーンもきっと、戦いながら気づいただろう。鍵になるのは、星印の配色だ。
今度は……さらに白の範囲が増えている。
「だから、リーンの力がちょっと弱くなってるかもしれない」
「そうか? オレには違いなんて分かんねぇけどな」
それでもリーンは強気だった。
私たちの後方に、もう一人の五枚羽が現れる。分身か。
「背中、預けてもいいかな?」
「ああ。オレも同じこと言おうと思ってた」
私は前を向き、リーンは反対を向き、ピタリと背中が合わさる。
その接点を通して、二人の意志の重なりを感じた。
私は炎の剣を、リーンはその拳を構え、互いの敵に目を移す。
「死ぬんじゃねぇぞ」
「そっちこそ」
スッと背中を離し、それぞれの標的に向かって足を踏み出した。