04.最高の相棒
何分降り続けたのだろうか。永遠にも感じられた螺旋階段、その最下段に遂に辿り着いた。近くの扉から光が漏れている。
リーンの目に視線を向け無言で「行ってみよう」と伝えると、彼女はそれに頷きで返した。ほんの少しだけ顔を出し、ちらりと扉の先を覗く。そこには巨大な地下空間が広がっていた。全体が照明に照らされていて、ここが廃工場であるとは到底思えなかった。
しんと静まり帰っていて、人の気配は感じられない。だが、まだ隠れているという可能性も……。
「ここで待ってても何も変わんねぇ。行くぞ」
いつも通りの音量で話すリーン。そう言い放ち、私を置いてズカズカと進んでいく。納得がいかなかったが……暗闇に独りで突っ立てるよりかはマシだ、そう自分に言い聞かせてついていくことにした。
「なんだ、この赤いの? 血……か?」
リーンが急に足を止めた、その目の前には真っ赤なシミがあった。それも、二か所。見たところ、既に乾いているようだった。
「ここ、本当に工場なのかな……」
機械類が一つもないのは、廃工場だからという理由でも説明がつくが……どうしてこんな地下深くに工場施設を作ったのかが分からない。それに、上の建物の錆具合に対して、この地下空間の壁は明らかに立派なものだった。
「……後から作ったのかな」
片方の血だまりの周辺と、壁際に大量の瓦礫があることもひっかかる。その模様や劣化の激しさから、壁や天井が朽ちたものには見えない。
何か、別のものの破片なのか……?
「ん? この音……」
リーンが頭に被せた布を少しずらし、耳を露出させながら呟いた。確かに、コンコンという金属音が微かに聞こえる。
「誰か来たんじゃないか? よし、エル。背中に乗れ」
そう言って、彼女はこちらに背中を向けて軽く腰を下げた。いつも通りの「乗れ」の体勢。海を見に連れて行った時も、負ぶってもらったのを思い出した。
「いいか? ビビッて大声上げるなよ?」
「え?」
私が「何するつもりなの?」と言おうとした瞬間、体が勢いよく上昇し、天井まで持ち上げられた。視線を上へ向けるとそこには、天井付近に組まれた鉄の骨組みに伸びた一本の手。私を負ぶったまま飛び上がって、しかも片腕でぶら下がっているのか……。
「これ、隠れてなくない?」
「うるせぇ! 隠れ場所なんてどこにもないだろ!! だったら、できるだけ見つかりにくい場所に行くしかないじゃねぇか」
またまた声量を意識せずに喋るリーンを何とか落ち着かせ、入り口の方に目を向ける。やはり、この場所には「何か」がある。私はそう確信していた。
「来たぞ」
前からそんな呟きが聞こえるのと同時に、扉から姿を現したのは――
「あ、あの人っ!!」
先程、私が道案内をした女性だった。でも、向かっていた方向はこちらとは逆側のはずだが……それに、こんな場所に偶然迷い込むとは思えない。地図に印がつけられた場所で何らかの指示を受け、この廃工場の地下に来たと考えるのが妥当だろう。
私たちがぶら下がっている真下を通過する。気づかれなかった安堵感から溜息がでそうになったが、グッと堪えた。絶対に見つかるわけにはいかない。まだ、あの女性の素性が分からないからだ。敵か、味方か、どちらでもない勢力か……。
すると、女性は壁に向かって話し始めた。声が小さすぎて、こんな静かな場所でも聞き取れない。時々聞こえてくるものも、ぶつ切りの単語で、何を唱えているのか判断できなかった。
全てを言い終えたのか、女性が口を閉じるとたちまち壁がガガッと持ち上がり、さらに奥へと繋がっているであろう通路が姿を現した。この場所には何かが隠されている。たった今、そんな推測が確定事項となった。
壁が閉じたのを確認し、天井から飛び降りる。
「さてと……今なら引き返すこともできる。この先に行くこともできる。エル、お前はどっちを選ぶんだ?」
リーンが真剣な表情で私に問いかける。安全策を採ってこの場から逃げるのか、それとも強攻策を採って秘密を暴くのか。勿論、私の中で答えは決まっている。
「それ、わざわざ聞く必要ある?」
「ああ、エルの意志を試したいんでね」
「そう……」
一度、深く息を吸い、思いっきり吐く。こんなところで退いてはいけない。立ちはだかる壁には全力で立ち向かう。私たちの復讐を達成するために、私は私の意志を貫く!!
「リーン! そんな壁ぶっ壊しちゃえ!!」
「だよなっ! エルなら絶対こっちを選ぶと思ってた……オレに壊せない壁はねぇ!!」
リーンの拳が閉じた壁へと一直線に突き出される。中に鉄骨やら何やらが仕込まれているようだが、この悪魔には関係ない。私たちの意志は、どんな物質よりも硬く、そして鋭いのだ。
轟音と共に壁は崩れ去り、辺りに建材が飛び散る。舞い上がった煙で視界は遮られたが、私は近くで熱を感じた。頼れる「相棒」の気持ちの強さ、科学では説明できない私の何かがそれを感じ取ったのかもしれない。
「よし……行くか」
「うんっ!!」
この先に何が待ち構えていようと、二人で乗り越えてみせる。私たちの心に灯った炎はさらに勢いを増した。
* * * * *
そこからは無機質な壁と天井、床が延々と続いていた。廃工場に入った位置から考えると、かなり郊外の方に来ていると思われる。
「おい、この道いつ終わるんだ……」
「そんなこと、私に聞かれても……」
蛇行する道ではあるが、一切風景の変わらない場所を歩き続けるというのは、なかなかツラいものである。言い換えると、アレだ。
「飽きた」
「それは言うな……オレもだ」
そして、二人同時に溜息が漏れる。足も疲れてきたし、そろそろ終わりにしてくれ……そう思っていた私たちの前に、遂に希望の光?が現れたのだった。
「……うわぁ」
「また、でけぇ空間だな」
何階層かに分かれている構造。しかも下向きに。地上からどれだけ離れているのかも全く分からない。幾本もの橋がかけられており、ところどころで立体交差している。目で見ても、地図をうまく頭に起こせなかった。
「ここまで来たんだ……進むっきゃねえよな」
目の前の橋に足を乗せる。金属製で、踏むたびにカンカンと音が鳴ってしまう。だが、通らないわけにもいかないのだ。
「ねえ、あの女の人……この先にいるのかな」
「そりゃ、そうなんじゃねえの? 途中ですれ違ってねぇ……っ!!」
突然、リーンが私の服の襟を掴み、下方向へと引っ張った。その瞬間、私の頭上を何かが通過したのだ。球状のそれは、目の前の壁に当たり爆散した。
「あなた達……私が……倒さないと……」
そして、その声と話し方は聞き覚えのあるものだった。
「やっぱり……っ!」
あの女性が背後から、私の頭を狙って攻撃を仕掛けてきたのだ。手には三枚の紙札が握られている。どれも、微妙に配色が違う。
「私は、あなた……たちと……戦いたく……ない、けど……」
そのうちの一枚を頭上にかざすと、星印の中心から光線が飛び出してきた。リーンに手を引かれ、下層の足場へと跳ねる。それが当たった先は、金属がドロドロと融け落ちていた。
「あっぶねぇ!!」
「でも……私は、戦わ……ない、と……」
次の一枚の紙札が放り投げられる。星印がこちらを向いた瞬間、空中に何本もの氷柱が出現した。自重に任せ、私たち目掛けて落下を始める。
「……チッ!!」
大きな舌打ちが聞こえたと思ったら、いつの間にか握りあっていた手が離され、横へと投げ飛ばされていた。その直後、リーンは回転をかけながら後ろ向きに飛び跳ね、足で氷柱を粉砕した。
「エル! お前は一旦奥に行け!!」
「え、でも……」
「作戦を考えろよっ!! オレは目の前のものを壊すことしかできねぇんだ!!」
このままじゃ助けられてばかりで、足手纏いになってしまう。大丈夫、リーンは絶対に負けたりしない。私は私にしかできないことを。リーンはリーンにしかできないことを。互いに信じ合える私たちだからこそ、そうやって戦えるんだ。
「分かった! 絶対負けないでよねっ!!」
「オレは負けねぇよ!!」
振り返りながらそんな会話を交わし、橋を駆け抜ける。
そうだ……シャノンと戦った時、私に変な力が発現したような……。少しはその正体を知っていそうなリズも何も話してくれなかった。もう一度アレを使うことができれば、この場を逆転できるかもしれない。
でも、どうやって? 発動条件すら分かっていないのだ。
あの時は確か、ミラが攻撃を受けて、二人まとめて倉庫に押しつぶされるようになって……ダメだ、全然分からない。偶然なのか? それに、あの力はどこから来たものなのだろう。あの後、全身の関節が痛くなったから、私一人で抱えられる以上の力が一時的に流れ込んだのだと思う。
でも、それって……三人目の天使と似ている状況じゃないか? 天使は神の力を授けられた人間。じゃあ、私は……。