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偽神のラキュエル  作者: 彩雨カナエ
Chapter.6 異教の鍵番と異神の天註
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03.信じ合える二人

 町の外れ、廃墟通りを過ぎた先に突如現れた石段を登っていく。この場所だけがぽつりと高台になっているようだ。


「……これ?」


 目の前の奇妙な建造物を指差して問いかける。


「ああ、これだ」


 リーンが頷きながらそう答えた。

 何本もの形の歪な石柱が円状に立てられていて、その中央には白みがかった石で作られた、私と同じくらいの高さの石碑があった。私には読めない文字で何かが書かれている。


「エルは下から誰か来ないか、見ていてくれ」


「うん」


 石段はかなり長いから、誰かが来てもすぐここに辿り着くことはないだろう。リーンの動向を観察しつつ、時々下を確認することにした。


「おらぁ!!」


 リーンが石碑に渾身の蹴りを入れる。普通なら石なんて簡単に砕けてしまうだろうが――


「チッ……」


 静かな空間であるが故に、リーンの舌打ちがはっきりと聞こえた。足が石碑に当たる直前、緑色の「何か」が出現しそれを防いだ。これが「鍵番」の張った結界というものなのか。


「……もう一発っ!!」


 今度は拳で。そういえば、戦車っをボコボコにしたことあったな……。

 だが、そんな実績はこの場で役に立つ訳ではない。あっけなく、同じように弾かれてしまった。


「クソっ!」


 怒りに任せて地面を蹴るリーン。足が当たるたびに石段にヒビが入っていく。勿論、止めさせた。


「その『鍵番』とやら、どうやって判断すればいいんだよ……そいつだって、あからさまな行動はしねぇだろ?」


「そうなんだよね……ちょっと考えてみる」


 この結界が放置できるものだとしたら、この場所にはまず来ないだろう。ずっと隠れていれば「鍵番」の目的は果たされる。それなら、向こうから動くことはありえないと思うべきだ。

 となると、こちらから接触を試みるしかない。


「うーん、挑発するのもなぁ……」


 なんせ、その後ろに最強の天使がいるのだ。できるだけ、交戦しないように振舞うべきだろう。ただ、交渉でどうにかなるとは思えない。すると、結局「鍵番」を叩くしかないのか……。


「やっぱり、三人目の天使を倒さないと解決しないかもしれない」


「めんどくせぇな。勝てそうなのか?」


「分からないよ。どんな力を使うのか、知らないもん」


 単純に、その天使と私達が直接対決するとすれば、天使と悪魔の数は一対二。私とミラを加えれば一対四。数字だけで見れば、圧勝できそうだが……。


「ダメ……考えてるだけじゃ何も進まない」


「だな。どっか行くか?」


 リーンの提案に、首を縦に振って答える。とはいうものの、どこに行けば「鍵番」に辿り着けるのかが分からない。まだ情報が少なすぎるのだ。


「一回、家に帰ろうよ。今のままじゃ、『鍵番』に会うことすらできないもん」


「ちょっと待て……この周りの柱、ぶっ壊せるんじゃね?」


 話が逸れすぎだ。そう言って、一番近い石柱の前に立つリーン。確かに、重要度は低そうだから結界はないかもしれないけど……単純すぎる考えであるが故に、とても嫌な予感が――


「そろそろなんか破壊させろっ!!」


 自身が「破壊の悪魔」と言われているのに、最近何も壊していないせいでイライラしているのか、その気持ちを全力で石柱にぶつけていたようだ。彼女の回し蹴りを受けた石柱は当たった場所から綺麗に切断され、落ちた部分はバラバラに砕け散った。


「なんだ、柔らかいじゃねぇか」


 それを言うなら「硬くない」である。いや、これ硬いんだけどね。リーンの基準どうなってんの?


「じゃ、帰るとするか……ん?」


 石段の方へ踵を返した直後、後ろ……ゲイルの石碑のほうから何らかの気配を感じ、恐る恐る振り返ってみると、その根元から赤い光が漏れていた。さっきまでは無かったはずだ。ということは……。


「なんか、やっちまった感じだよな?」


「逃げよっか」


「だな」


 一秒でも早くその場から離れようと石段を駆け下りる。最後にはリーンに担がれて、十数段を飛び降りた。

 あの光は確実に罠だ。きっと、あの石柱の数と配置にも意味があって、一本壊したことで異変が起きたのだろう。どう考えても、石碑を荒らされたことを知らせる為の仕組みである。


「あー、びっくりした……」


 途中に見つけた廃工場へと逃げ込み、息を整える。床には幾つもの機械部品が転がっていた。壁際に積み上げられた箱の上には埃が溜まっている。この辺り、やはり廃墟が多い。


「さっきのこと、もし遠くから見られてたらマズいんじゃない?」


「……そういや、考えてなかったな」


 私も考えてなかった。双眼鏡とか、そういうの使ったことないんだもん……。

 多分、今も光り続けている。直接見られていなければ、私たちがやったという証拠はない。だが、私たち以外に破壊する人間もいないだろう。結局、どう足掻いてもバレるのだ。


「まあ、私たちがこの町にいることはもうバレてるだろうから……今まで通り、家が特定されないように気を付ければ大丈夫じゃないかな」


「ってもなぁ……あの空き家、もうバレてんじゃねぇの? オレもお前も、割と目立つ格好してんだろ?」


 それは……あり得る。写真付きで指名手配されているわけではないから、視線を気にせず町を歩くことはできるが、天使たちは私の特徴を知っているはずだ。常に町中を観察されていたら、すぐに居場所がバレてしまう。

 向こうが接触してこないだけ。そう考えることもできる。


「なあ、エル」


「何?」


 リーンが辺りをキョロキョロと見回しながら、話しかけてきた。


「なんで、ここだけ埃がねぇんだ?」


 そう言われて注視してみると、彼女が立っている場所は、箱の上と比べると明らかに埃が少なかった。そこだけじゃない。入り口から、道のように埃のない場所がある。


「誰かが、通った跡……」


「あぁ?」


「ここに最近、誰かが来たってことだよ。じゃないと、こうはならないはず」


 でも、こんな廃工場に用がある人なんて……いや、いる。元工場長でも元労働者でもない、誰も中に入ったりしない廃工場を利用するであろう存在が。


「この先、行ってみよう。できるだけ、音を立てないように」


「……分かった」


 入り口から差し込む僅かな光を頼りに進んでいく。すると、空間の隅に螺旋階段を見つけた。その先がどうなっているのかは、この目で確認することができない。入ったら戻ってこれないくらい、深い闇に包まれていた。


「……行こう」


「ああ……エル、あった頃と比べたら強くなったよな」


「そう?」


 そう聞き返したが、リーンは何も答えなかった。一段、また一段と、闇の中へと突き進んでいく。すこし下がっただけなのに、自分の距離感に頼らないといけないくらい、足元に光はとどかなくなっていた。


「……おい。さっきの度胸はどこ行ったんだよ」


「やっぱり無理……」


 自然と、リーンの手を握っていた。彼女と出会って、炎に包まれた村から脱出したときも、壁を壊しちゃって港町まで夜風を切りながら駆け抜けたときも、私は感じた。彼女には、命を預けられると。私は、悪魔である彼女をを信じている。

 そして、リーンは無言のままその手を握り返してくれた。静寂な空間に、二人分の呼吸音と足音だけが響く。どこまで続いているのかも分からない闇を、二人で切り開いていくかのように、階段を降りていった。

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