02.不可思議な紙札
シャノンとの取引が成立した次の日の朝。「作戦会議」ということで、私とミラ、リーンはリズに呼ばれ、空き家の一室に集まっていた。
「さてさて。こちらも行動に移すときが来たようです」
リズが一週間以上かけて組み立てた作戦だ。さぞかし完璧なものなのだろう。早く聞きたい。
「昨日、シャノンが言っていた『鍵番』……まずは、この人を見つけ出し、結界を解いてもらう必要があるでしょう」
「ぶっ殺せってことか?」
「いえ、こちらの敵ではないのですから……それは最終手段です。できれば、何らかの取引で片づけたいですね」
そう言いながらも、リズは困惑したような目つきをしていた。異教徒ともなると、力の強い者に守って貰いたいというのが本心なはずだ。こちら側から取引を持ち掛けるのは難しいだろう。きっと、リズも分かっていながら「最終手段」と言い表しただけだ。
「『鍵番』の方はエルさんとリーンさんに任せます。その二人の方が集中できますよね、エルさん?」
「なっ……そ、そうだよねっ!」
急にぶっこんできた。当の本人にはまだ気づかれていないようだけど……それはそれで、ちょっとね……。何も察せないリーンは「熱でもあんのか?」と顔を赤らめた私を心配してくれていた。
「こちらは二人で、三人目の天使を行方を探ろうと思います」
「えっ、それ大丈夫なの? 強いって聞いたけど……」
私の問いに対し、ミラが「大丈夫でしょう」と答える。
「この町は前とは違って、裏通りでも十分な人の目があります。関係のない人々を巻き込むとは思えませんから、戦闘になる可能性は低いですよ」
「まあ、そのトリリという天使がどんな力を持っているかにもよりますけどね」
さらに、リズが付け加える。案外、リーンのように単純な力の方が目立たないのかもしれない。シャノンなんか、浮いているだけで目立つじゃないか。アギルの能力は……あれは例外。
「それで、オレとエルは今から何をすりゃいいんだ?」
方針が提示されたが、具体的な内容は語られていない。「自分で考えろ」ということか? いや、リズがそんな難題をリーンに突きつけるはずがないか。
「ヒントが無い以上、お手上げです。頑張って探してください」
まさかリズから「頑張って」という言葉を聞くことになるとは……それだけ、どのような存在なのかが漏れていないということだ。トリリは用心深い人間なのだろう。
「じゃあ、どこいく?」
「どこって言われても、この町よく知らねぇし……その辺ウロウロするしかないだろ」
* * * * *
「……なんもねぇな」
「ね」
空き家を出てから大通りを進み、細い路地を数回曲がって辿り着いた通り。そこにあったのは廃屋ばかりが並ぶ道だった。人通りはわずかにあるが、住人ではない。多分、ここが近道なのだろう。
もしかしたら、今の空き家よりもこっちの方が安全だったりして……なんてことを考えながら、歩みを進めていた。
「なあ、エル……お前、アギルとかいうやつに何か言われたのか? それともシャノンから何か聞かされたのか?」
「……え?」
「聞いてみただけだ。あの町を出てから、少し暗い気がしたからな」
あの言葉をリーンに話すべきか、私は迷った。言ったところで彼女に影響はないだろうが、余計な情報を増やすことになる。まあでも、後々「なんで言わなかったんだよ!」と怒鳴られるのも困るか……。
「よく分からないんだけど、アギルが私を『生まれてきてはいけない人間』って……シャノンに説明してもらった限りだと、私の家系が問題らしいんだけど……」
「そうか……エルが分かんねぇならオレに分かるはずがねぇな」
そう言って、リーンは私の頭に手をポンと乗せた。
「エルのおかげでオレはこの世界に体を保てているんだ。だから……エルが『生まれた意味』はあったってことだろ? 気にすんなよ」
私の前に立つ悪魔が、ニッコリと綺麗な白い歯を見せて笑った。何かが解決したわけじゃないけど、これだけで私の心にかかった靄は吹っ飛んでしまった。そんな単純なものなのだ。
「……お? ちょっと待ってろ、エル」
そう言って、横へと駆け出すリーン。家と家の間、管が張り巡らされた空間へと消えていった。何か見つけたのだろうか。
「ふぅ……」
安堵の溜息をつく。物理的にも、精神的にも、リーンに助けられてばかり。いつか、お返ししなきゃいけないな……。
「あの……」
建物の前の段になったところに座っていると、聞き覚えのない声がした。
その方向に目を向けると――
「……わっ!」
何と言えばいいのか……カゲキな服?を着た女性が立っていた。私よりは年上だろうが、大人の年齢には届いていないように見える。
「あの……ちょっと……」
物静かな性格なのか喋るのが苦手なのか、一言一言の間が長い。
「えっと、何ですか?」
「この場所……分かる?」
そう言うと、女性はしわくちゃになった紙を差し出した。細く黒い線で、随分と簡略化された地図が書かれている。目的の場所を示しているのか、一ヶ所、赤いバツ印がつけられていた。
ただ、それ以上に胸元が気になり過ぎる。下を見て、なんだか悲しくなった。ま、まだ十三歳だもん……。
「えーと、ここが今来た道だから……」
空き家からここまでの道筋を参考にしながら、記憶を頼りに目印になりそうな建造物を探す。そういえば、この広場みたいなところには……。
「この道を進んで、次の交差点で右に曲がると石像が見えてきます。多分この丸いのが石像を示しているので、こっちに行けば……」
地図上を指でなぞりながら説明していく。女性は特に表情を変えないまま、私の言葉にうんうんと頷いていた。
「ありがと……私、あっち……側に、住んでる……から……」
彼女の指は、目指していた場所とは丁度反対の方向を指していた。煙突がたくさん見える。この辺りよりも工場が集中しているのだろう。
「お礼に……これ、あげる……」
地図を引っ込めると同時に差し出された一枚の紙札。一筆書きの星が書かれており、線によって分けられた六つの図形はそれぞれ、赤と青、そして緑の三色で塗り分けられていた。
「模様……が描かれた面を……指でなぞる、と……面白いこと、起きるよ……」
「へぇ……よく分かんないけど、ありがとうございます」
「じゃあね……」
貰い物を貰った直後に本人の前で使うのはどうなのか……迷ったが、好奇心が勝ってしまった。星印の上に指を乗せ、シュッとその上を滑らせる。それも、彼女が振り返った直後に。
その瞬間、顔面に猛烈な風が吹きつけた。髪が全部後ろに引っ張られる程の強風だ。
「ひゃっ……」
前方に目を移すと、彼女の着ていた服……なのか下着なのかよくわからない布が数歩先に吹き飛ばされていた。両手で覆うようにして、隠している。
「あ」
「ちょ……なんで、今……使うの……」
そして「取って」と言わんばかりに、落ちた布を指で差していた。謝罪の言葉を述べ、拾おうとしたその時――
「……エル、なんで知らない女剥いてんだ?」
「ちっ、違うからっ!! これ事故だからっ!」
急いで布を拾いて手渡すと、女性は何も言わずに走り去ってしまった。そっち、案内した方とは逆なんだけど……。
「いや、マジで何やってたんだよ……」
「もういいから、その話置いておこう? ところで、リーンは何してたの?」
無理やり過ぎる話題の切り替え。普通の人には通じないだろう。
「オレか? 家の影に光るものが見えたからな。気になって取りに行ったんだ」
この悪魔には通じるのだ。リズなら絶対無理だけど。
こちらへと突き出されたリーンの手の平には銀色の硬貨が乗っていた。
「これ、金だよな? 物買えるやつだよな?」
「うん」
そういえば、私も一度これと同じ硬貨を拾ったな……前の町の路地裏に転がっていたんだっけ。
「ふーん……誰が金ってもんを作ろうって言ったんだろうな。物の交換じゃダメなのか? 人間の考え方はよく分かんねーわ」
片手で頭を掻きながら、もう片方の手の中でぐりぐりと硬貨を弄っているリーン。確かに、それは知らない。考えた人天才かも――
パキッ。
嫌な予感のする音がした。
「あ、割れちまった」
「はぁ!?」
リーンの手の中を見ると、見事に硬貨が二つに……いや、おかしい。硬貨が割れるという時点でおかしいのだが、そうじゃない。まるで薄い二枚の硬貨になったように割れていたのだ。私が拾った時のものと同じような……。
どんな力のかけ方をしたらこう割れる? 初めから、このように割れるよう細工が施されていなければ、どんなにリーンの力が強くてもこんな割れ方はしないはずだ。
でも、割れる硬貨を作る意味はあるだろうか? お金として使う目的なら、意味はない。他に使い方があるのか……?
「おい、エル。行くぞ」
「あ、うん」
リーンに急かされ、止めていた足を再び動かし始める。でも、その硬貨は私の心にずっと
ひっかかっていた。




