01.収まりきらない力
無数の花が咲き乱れ、そよ風が匂いを運ぶ。その先に二人、人間の影が見えた。一方は私を手招きし、もう一方は私を抱きかかえる構えをしていた。
誰かは分からない。けれど、無意識に私はそちらへと歩みを進めていた。「触れたい」と思ったのかもしれない。
だが、そこへ辿り着く直前、あと一歩のところで地面が大きく揺れ始めた。地震だ。
花畑だから、上から落ちてくるものはない。収まるのを待っていれば……あれ? 何か上から降ってきて――
「……岩!?」
しかもその数、数千……いや、数万かもしれない。
「って避けれるかぁぁぁぁぁぁ!!!」
* * * * *
「いったぁ……」
「いつまで寝てんだよ!!」
リーンの怒鳴り声が、寝起きの私の頭に響く……なんか物理的な意味で頭痛いんだけど、もしかしてリーンに軽く殴られた?
「あれだけ強く揺すっても起きないなんて、まだまだ子供ねぇ」
その後ろには、前にも着ていた黒い服に着替えたシャノンが立っていた。さらに後ろの方にいた部下二人が何やらコソコソと話をしている。
「シャノンさん、いつも超うるさい目覚まし時計使ってるのに起きてこないよな」
「まあ……私が起こしてるし……」
口の動きから何となく判断しただけだが……多分合ってるな。へぇ、今度本人に聞いてみよっと。この場で声に出してしまったら、シャノンが部下さんにキレて終わるだけだ。だったら、後で部下さんを揺すった方がいい。お小遣い程度なら貰えそう。私は寝起きでもそのくらいの空気は読める。
「いつの間に私寝ちゃったんだろ……」
「はぁ……アナタ、さっきまで何してたか覚えてないの?」
「……止血?」
怒りに任せてシャノンに弾を撃ち込んじゃって、ハンカチで傷口を塞いで……その後どうなったんだっけ。
「『覚えてない』って顔してるわね……アタシの手当てが済んだ後、アナタ、お手洗いに行ったでしょう? 全然帰ってこないからレティに行ってもらったんだけど、そしたらこの子、気絶したアナタを負ぶってきたのよ。まあ、ここからは私の推理だけど……顔に血がついてたんじゃないかしら。止血してくれてるときも、何回か自分で顔触ってたから。で、鏡に映る自分に驚いて気絶しちゃったんじゃないの?」
「……いやいや! そんなことあるわけ……」
「……はい……これ、見て?」
ちょっと控えめな女の部下さん、レティが手鏡を私に差し出してきた。覗きこんでみると、その中に映った私の頬には赤黒いシミが――
「きゃぁぁぁぁぁっ!!」
思いっきり悲鳴を上げてしまった。これは気絶しかねない。そんなこと、あるじゃん。リーンはニヤニヤと笑みを浮かべているし、レティは「へへ……」と不気味な笑い方をしてるし……色々な意味で、今すぐこの場を立ち去りたい。
「これ、悪戯。私の能力。別に血なんかついてないよ」
「……あー、よかった」
「ふへへ……えへ……」
こっちの方がよっぽど恐ろしい。
「ところで……リーンとシャノンが並んで立ってると違和感しかないんだけど」
だってこの場所、一週間閉じ込められてた空き家だもん。いつの間にかあの取引、成立していたのか?
「ああ、そうそう。気絶したエルをここまで運んできたのもコイツだから。敵地に乗り込んでくるなんて、すげぇ度胸あるな……」
リーンなんて、事情を聞く前に殴っちゃいそうだもん。それに、今は見当たらないけど、リズだって何をするか分からない。色々と対策を練ってそうな後者の方が怖いな……。
「え……どうしてこの家に潜伏してたこと知ってるの?」
「ち、直感よっ! なんかここな気がしたのっ!!」
うん、嘘だね。この手の仕事をしている人なら、巧みな話術で言いくるめてくるものだと思っていたんだけど……下手過ぎじゃないかな。
「……そうか。まあそういうこともあるよな!!」
ダメだ。こっちもバカだった……。敵同士だったのに謎の連帯感が生まれている。
「それで、リズはなんて言ってたの?」
「あぁ……確か『いいですよ』って言ってたぞ」
リズもちゃんと考えて、了承したんだな……え、それだけ?
「そういや、その後に『あなたに話し過ぎると情報がだだ漏れになるから』とか言いやがったから、一発ぶん殴っといたけどな」
これに関しては私もそれには激しく同意する。リズ側につこうじゃないか。多分、シャノンが裏切る可能性を捨てきれないのだろう。
「アタシは裏切る気なんてないけれど、まあ、信じて貰えなくて当然よね。敵だもの」
安全策をとるなら、必然的にそうなるだろう。でも、私は信じてみようと思う。あんなこと、演技じゃ絶対にできない。敵に自分の命を預けることなどできる訳が無い。
「ねえ、ミラはどうしたの?」
朝は石像を見に行ったみたいだが、その後の足取りは聞いていなかった。まさか、二体目とかないよな……。
「それなら、リズと調査に出かけたぞ。何のかは知らされてないが」
「ふーん……」
リズのことだ。きっと何か進展があったに違いない。ここのところ、ずっと出かけているし……。
「アナタたち、この町にいるってことは、どうせゲイルを復活させようとしてるんでしょ?」
「なっ……いや、そこまで驚くことでもないか……」
「なによそれ」
潜伏場所まで調べ済みなら、その辺りはバレていて当然か。毎日、二人の悪魔が出入りしていたわけだから、こっそり追跡すれば目星はつくに決まっている。
そう言えば、前から疑問に思っていたのだけど、リズってどうしてあんなに目立つ格好をしているのだろう。服はいつもジャラジャラ言ってるし、髪色は派手だし……趣味なのか?
「それなら、まずは『鍵番』を見つけなさい」
何やら重要そうな単語がシャノンの口から飛び出す。
「『鍵番』? それ、人?」
「順に説明するわ。三天使のうち、アタシとアギルは知ってるだろうけど、もう一人は?」
「そういや、聞いたことねぇな」
リズは知っているのだろうか。完全に分かっていないとしても、ある程度の情報は集めっていそうだ。
「名前はトリリ。十二歳の男の子。だけど、ファイザー様に選ばれた天使の一員よ」
「十二だぁ? エル、確か十三だよな? どんだけちっちゃいんだ……」
ちっちゃい子扱いされた。事実だけど認めたくない。
「ええ、見た目はむしろか弱そうなんだけど……アタシが本気でぶつかっても絶対に敵わないわ。アギルも多分、そう」
「い、一番強いってこと?」
私より年下なのはどうでもいいとして、本気のシャノンが絶対に勝てないって……一体、どんな力を持っているのだろう。
「それも『制限付き』の状態で。本気で天使の力を行使したら反動が大き過ぎて体が壊れてしまう、それくらい強いのよ? だから、安全に力を揮えるように、制限をかけているの。『鍵番』に天使の力の一部を分け与えてね」
「あぁ? そんなことしたら、そいつも脅威になっちまうんじゃねぇのか?」
リーンの言う通りだ。天使の力という桁違いに強大なものを他の人間に分けるなんて、危険なだけ。そんなことをしてまで力を安定させる意味は……。
「それがね、大丈夫なのよ。だって、その『鍵番』は異教徒だもの」
「……なるほどな」
異教徒……シャノンが言う場合は、ディザニーク以外の神を信じている人間ということだ。この国に、そのような人は殆どいない。前の私のように無宗教の人の方が多いくらいだ。
「何で、それだと大丈夫なの?」
「分からねぇか? 天使の力の根源はディザニークだ。その力を、ディザニークを信じていないやつが受け取っても、何の役にも立たないだろうが」
リーンに説明されると、無性に腹が立つのだが。
「列車は石油で動いているでしょう? そこに石炭を突っ込むようなものよ」
「んー……でも、どうして『鍵番』って言われてるの?」
「ゲイルの石碑の周りに結界を張っているから。信じている神が違うから原理も根本から違って、私たちの手では絶対に破れないの。その『鍵番』と同じ神を信じている人間か、本人しか結果を消すことはできないでしょうね」
納得はいく。ゲイルの封印が解かれないのなら、どんな手段にを選んでもファイザーは損をしない。それに……一見「鍵番」側は得をしていないようだが、違う。きっと、その神を信じる人にだけ、ファイザーは手を出していないのだ。教えを保護することを交換条件として出されたら、少数派の人々は承諾するのではないか。それだけ、ディザニークを信じていない人がこの国で生きるのは大変なのだ。
「それで、その『鍵番』の名前は? 容姿は? 少しくらい知ってるでしょ? 教えてよ」
「ぜーんぜん? 知ってたらとっくに話してるわ」
け、結局何も分からないじゃん!!