04.この手で神に復讐を
ここまでリーンの話を聞いて分かったこと。それは、ファイザーが村の襲撃を命じたことだ。
だけれど、まだ疑問が残る。
どうして神殿を建てる必要があるのか。そして、なぜ村のあった場所に建てなければいけないのか。
ただ、明らかなことが一つだけある。
私達にとっては、決して得をするものではない。
「エル、言わなきゃならねぇことがある」
「何?」
リーンは一息置いて、口を開いた。
「ファイザーが神殿をあそこに建てようとしたのは……オレを完全に封印するためだ」
悪魔を封印するため。それによって起こる変化は……ディザニークの力が増す?
「オレ達三人の悪魔はディザニークにやられた後……それぞれが、この国のどこかに封じられた。そしてオレが封印されていたのが、丁度エルの村の……さっき出会った場所の地下だ」
私が隠れていた石造りの展望台。湖に臨むその場所の下に……リーンがいた。
彼女が私を、「分かっただろ」と言わんばかりにニヤリと笑みを浮かべた。
神に反する悪魔の力。過去に封じ込めた場所から溢れるそれを、完全に封印することで、ディザニークの力はその分だけ強くなる。
則ち、神官であるファイザーも更なる力を得ることになるのだ。
「結局は……あいつの自分勝手で……」
「ディザニークの力が増えたところで、殆どの人間には関係ねぇよ。なんせ数が多いからな」
ただ自分の利益の為に、立場と権力を利用して、考えの違う他人の命と財産を根こそぎ奪う。
異なる思想を否定し、全体を優先する。
向こう側としては、最も合理的な手段なのかもしれない。
だが、それは「正しい」ことなのか?
私は絶対に違うと思う。
どうして現状で満足できない?
どうして他の手段を考えない?
どうして自分を正しいとする?
あんなやつ、絶対に許さない。消えろ消えろ消えろ……
「エル!!」
リーンの声によって、怨恨の底から現実に引き戻される。強く握っていた手には、食い込んだ爪の痕がはっきりと残っていた。
手をだらんと垂らし、全身の力が抜けてへたり込む。
「お前のその……負の感情。あいつにぶつけたいって思わないか?」
「えっ?」
この恨みを……ファイザーに?
神殿に乗り込んで、罵声でも浴びせるのか? 一瞬で捕まるに決まってる。
町の新聞屋にでも頼んで情報をばら撒く? それだと新聞屋まで捕まる。
「いろんな過程を踏まなきゃならねぇだろうが……最終的には、あいつを思う存分叩き潰す。だから……」
椅子に座っていたリーンは再び腰を上げ、座り込む私の目の前で立ち止まる。
そして右手をこちらへ伸ばし、作ったわけでなければ不気味なものでもない、純粋な笑顔でこう言った。
「だから、オレに協力してくれ」
そんな悪魔の誘いに頷いて、私は彼女の温かい手を握った。
* * * * *
「それで、協力って? 私、何もできないよ?」
何かを手にする余裕もなく、家から逃げ出した私は今現在、大切な手紙以外は何も持っていなかった。
非力な私に力仕事を頼まれても困るし、お財布係だったとしてもコインの1枚すら無いのだ。
「いやいや、別に力なら手に入るし、今頼みたいのはそんなんじゃなくて……オレをこの世界に留めるために、エルの体に憑りつくってことだ」
「なにそれ……」
悪魔が「憑りつく」って言うと、何だか私の体が悪用されそうで怖いのだが……。
「あー……あれだ。海に浮いてる船って何もしないと波で動くだろ? その場に留めるために錨を下ろすわけだ。何となく分かるか? まあ、海見たことねーけど」
「あ、うん。私もない」
多分、その船がリーン自身で海がこの世界。ここからは推測だけれど、「悪魔」は人々によって生み出された概念的な存在だから、今みたいに実体を保つには、この世界の何かに憑りつく必要がある……的な感じだろう。
ちなみに私は、生まれてから一度も村の外に出たことがない。
「それ、私に悪影響だったりしないよね?」
「ディザニークを信じてるやつには、まあ何か起きるかもしれないが……エルは何も信じてねぇから大丈夫だろ……多分」
最後の「多分」がこれ程まで恐ろしいのは、十三年間の人生で初めてかもしれない。
そしてリーンの年齢が神話レベルであることに気付いたが、口が裂けても言えない。
「って説明したけど、もう勝手にやってたしな」
「は?」
「こうしないと、あの村から離れられねぇんだよ。エルが『助けて』って言ったんだから、仕方ないだろ」
正論。助けて貰った私は文句の言いようなどなかった。
今のところ特に問題はなさそうだから、大丈夫なのだろう……多分。
「村も無くなって、何も持ってなくて……それなのに、私なんかを助けてくれて……」
「ん? 急にどうし……」
「リーンって、やっぱり優しいんだね」
私も彼女と同じように、素の笑顔を見せられただろうか。
それを聞いたリーンが、すぐさま両手で顔を覆い隠す。指の隙間から、赤面しているのがバレバレだった。
「か、からかうんじゃねぇっ!!」
飛んできた拳を、しゃがんでかわす。勢いは収まらず、そのまま壁に直撃。バキッと音を立てて、木の壁に大穴が開いた。
「おいっ!! そっちになんかいたぞっ!!」
しまった。逃走中だったのを、すっかり忘れていた。
「……逃げるぞ」
リーンが差し出した手を握り、今度は声に出して私の意思を伝えた。
「うん!」
壁の穴からひょいと飛び出し、坂道を駆ける。これが私の第二の人生、復讐の物語の始まりだった。