08.神の操り人形
思いっきり私の気持ちをぶちまけてやった。後ろにいた二人の部下たちは驚いて動けないでいる。ただ、目から零れそうになっている水滴によって、シャノンの表情はぼやけて判断できなかった。
知りたい。私が狙われた理由を、そして両親の安否を。なにがなんでも、知りたい。
「……それは、取引成立ってことでいいのかしら」
そんなシャノンの言葉によって、冷静さを取り戻す。明らかにこちら側に有利な提案だ。まあ、シャノンが裏切るなんてことがなければの話だが。でも、リーンたちに許可をとらずにで頷いていいのだろうか。
「まあ、予想はしていたわ。悪魔の二人に聞かなきゃ、決められないでしょうね」
「……うん、私としては好ましい内容なんだけど」
それを聞いたシャノンは、飲み頃になったお茶を一口飲んで席を立った。
「だったら、一方的に話すわ。アナタに情報を渡すなんて、アタシが圧倒的に不利……アナタたちと戦う意志が無いことくらいは示せるでしょ?」
もしも私たちが約束を破ったとしても、部下二人を絶対に守ってみせる。そんな強固な決意が感じられた。
「まずは、アタシの能力について」
そう言えば、いまいち分かっていなかった。「物を浮かせる」みたいなものだと思っていたけど……それでは、透明な弾がこっちに飛んでくるのはおかしい。
私がここまで分析できているのを察したのか、シャノンは皿の上のお菓子を摘まみ、フワリと浮かせてみせた。
「これだけじゃないことは知ってるはずよね」
私の頭の高さくらいまで持ち上がったお菓子が、そのまま頭の周りを回転運動し始めた。目で追いかけようとしたら目が回ってしまいそうだ。
「ほいっ」
「ちょ……むふっ」
円を描いていたお菓子の軌道が急に曲がり、私へと向く。そこから一直線に近づいてきて、最終的に口の中へ。硬いものじゃなくて良かった。
「普通はどんなものでも下に落ちるじゃない? アタシ、原理はよく理解できてないけど……あ、今『コイツ、バカじゃん』とか思ったでしょ!?」
「い、いや思ってないから続けて……」
正直、思ったけど絶対に言えない。
「なんか引っ張られてるとかなんとかで、アタシは一度触れた物の、その力の向きと強さを弄れるのよ。まあ、強さの方は弱めることしかできないんだけど」
「へ、へぇ……」
いや、分かるわけがないだろう。説明がテキトー過ぎる。うーん……物を浮かすだけじゃなくて、好きな方向に飛ばせるってことでいいのかな。
「確か、アナタの前で倉庫を壊したと思うけど……ほら、建物って下方向に崩れない設計じゃない? だから、上とか横に引っ張ればすぐに倒壊するってワケ」
「うわぁ……」
……ん? 私、建物に閉じ込められている状態なんだけど――
「アナタがいきなり攻撃でもしてきたら、店ごと潰す計画だったもの」
「何もしないから、それはやめて」
即刻制止する。色々とシャレにならない。急に建物が倒れたら目立つに決まっている。それに、賠償とかどうするんだ。こっちは少しも出せない。
「そろそろ本題に移ってよ。さっき私が聞いたこと……」
このまま引き延ばされても困るので、無理やり話題を変えて急かす。だが、私がそう口にした瞬間、シャノンの表情が変わった。
「……話すわ。アタシが知っていることを、全部。でも、覚悟はしておきなさい」
その言い回しから推測するに、答えは悪い方なのだろう。それでもいい。私は早く、事実を受け止めなければならないと思う。
無言のまま首を縦に振ると、シャノンは話を始めた。
「一つ目は、アナタが狙われる理由ね。なんて言えばいいのかしら……アナタの血というか家系というか……そういうものよ」
私の……家系? どういうことだ? 親から子に引き継がれる、危険な物でも持っているのだろうか。
「じゃあ、お父さんとお母さんがいなくなったのは……」
「ええ、そっちもこれが原因よ」
でも、それなら二人だけ連れて行かれるとは思えない。最終的に私を追うことになるのなら、初めから三人纏めて捕まえていれば良かったじゃないか。どうして、二人だけ……。
「ねえ。その家系が関係してるってやつ、結局なんなの?」
「それが……アタシも伝えられていないのよ。『人々を恐怖に陥れるもの』としか説明されていないわ」
何だろう。見当もつかない。病気か、それとも特殊な力なのか……。
「じゃあ、やっぱり二人は……」
「…………」
一向に答えようとしない。私に悲惨な現実を突きつけることを躊躇っているのだろうか。そんな遠慮はもう要らない。だから、早く――
「本当に、ごめんなさい……」
そう謝罪の言葉を発しながら、両手で顔を覆うシャノン。その声は、少し震えていた。
「アタシに、許しを請う権利はないと思うわ。だから、さっきは反撃するって言ったけど……これを聞いたアナタがどうしようと、アタシは抵抗しない。約束するわ。ほら、これもあげる」
足のあたり、ワンピースで隠された場所から拳銃を取り出すと、そのまま私の方へと机の上を滑らせた。私に武器を渡すなんて、何を言おうとしているのだろう。
「アナタの両親は……」
きっと「とっくに死んだ」そう続くのだろう。私の心はその言葉が飛んでくるという前提で構えている。
「……アタシが殺したわ」
「え?」
ピシッと心にヒビが入る。「殺した」という言葉の矢が中心を貫いた。そして意識せずに拳銃へと向かう右手。ダメだ。そう分かっていても、止まらない。
「一年前のことよ。アナタの両親が乗せられた列車は神殿のある都市へと向かっていたわ」
シャノンはそれ見ても全く動じず、口を止めない。言い訳でも並べ始めるのか? 拳銃が右手に収まる。
「それも、アギルが管轄する軍の列車で。でも、ファイザー様はアタシにその列車を脱線させるよう指示したの」
なんでもかんでも「ファイザー様が」。自分で何も決められないのか? 指が引き金にかかる。
「でもアギルはそれを知らされてなかった。アタシは、初めからその予定だと思っていたから……もしかしたら、ファイザー様がアタシとアギルを敵対させようとしたんじゃないかって……」
ファイザーがどんなことを画策していようが、殺したのがこの女であることには変わりない。殺す。この女を……殺す!!
「……あ」
既に、目の前にはシャノンが倒れていた。白かったワンピースの腕の辺りが深紅に染まっている。それを見て、手が震え始めた。銃声が聞こえなくなるほど、憎しみの海に沈んでいたのだ。支えの無くなった拳銃が地面に落ちる。
ここで初めて、過ちを犯してしまったことに気づいた。
「……どう? 気分は、晴れた、かしら?」
苦しそうに、深い呼吸を挟みながらシャノンはそう問うた。部下の一人が「急いで救急箱取ってきます!」と店を飛び出していく。もう一人はその場で慌てふためいていた。
シャノンが私に拳銃を渡したのは、自分にだけ攻撃を向けさせるため。二人の部下を守るために選んだ行動なんだ。
「……ごめん。私、間違ってた」
ポケットから乾いたハンカチを取り出し、傷口に当て止血を試みる。可愛い模様の入っていたそれは、すぐさま一色に塗りつぶされた。
「っ! どうして……助けようと、するの? アタシ、あなたの親を――」
「違うっ!!」
シャノンの言葉を遮るように叫びを上げる。シャノンが二人を殺したのは事実なのだろう。でも、違う。ファイザーの本当の狙いは……。
「ファイザーは、今! この状況を狙っていたに決まってる!!」
初めから、それも私が復讐心を抱く一年前から、全て読んでいたんだ。シャノンとアギルが潰し合うように、そして私がシャノンを殺すように。どれもこれも、ファイザーの命令によって組み上げられた物語の一部なんだ。だったら――
「私がアンタを助けて、展開を変えなくちゃ! ほら、そこの部下さんも手伝って!!」
これで何かが変わるのか。そう問われたら、自信を持って答えられはしない。それでも、少しでも希望を持てるのはこっちじゃないか。
私が、冷静さを保てていれば……。
「あの時から、全部……そう……なのかも、しれないわね。ありがとう、ラキュエル。アナタに、伝えられ、て……よかったわ」
シャノンが目を閉じる。出血がなかなか収まらない。
「……ごめん。もう、ファイザーの思い通りにはさせたくない。そんな物語、ぶっ壊してやりたい。だから、お願い。目を開けてよっ!」
「大丈夫、よ。こんなので、死んでたら……天使の名が、廃るわ。でも、それ……使って、いいの……?」
傷口を塞ぐ、血を吸ったハンカチ。ミラが私の涙を拭ってくれたのに、洗ってから返し忘れていたものだ。
「いいの。だって、シャノンが死んだら私、泣いちゃうかもしれないもん!」