06.復讐の原動力
「はぁ……」
無意識のうちに溜息が漏れてしまう。でも、こんあ状況じゃ仕方ないと思う。
「流石に一週間も隠れてるのはキツいって……」
「よりによってこの家、何もないから暇なんですよね……」
町に着いたあの後、線路からは程遠い小工場が乱立した地区で空き家を見つけた。立地の悪さから買い手がつかなかったのだろう。それに、空気も汚い。
その日から、夜はリーンとリズが交互に見張り、昼は彼女らが動いて私とミラでお留守番。それがもう一週間続いているのだ。せめて外を散歩したいのだが、「まだ安全が確保できないから」とリズに禁止されている。こっそり抜け出しちゃおうかとも一瞬思ったのだが、リズには反抗しないほうがいいと体が拒否反応を起こすのだった。記憶を読めるだなんて、弱みを握り放題じゃないか……この悪魔め。
「これ以上、盛り上がりそうな話題も浮かばないしなぁ……」
「そうですね……」
初めは好きな食べ物と嫌いな食べ物、得意料理なんかの、とにかく話を繋げそうな話題を振り続けていたものの……そんなにたくさんネタがポンポンと思いつくはずもなく、三日目で挫折。
「なんか、ないかなぁ……あっ!」
そうだ。今まで一度も触れたことのなかった話題があったじゃないか。でも、やっぱりやめておいた方がいいかな……いや、こういう時だからこそ聞いておかなくちゃ。
「あのさ、ミラ。教えてくれないかな? ミラの、親のこと」
「……えっ?」
一度驚いた表情を見せた。私がこんな質問をするのが想定外だったのだろう。私だって、あまり触れられたくない話題だから。嫌でもあの惨劇を思い出すことになるから……。
それでも、知っておきたい……ミラのことは。
「うーん……何を離せばいいんでしょうか。二人が失踪してからは、『初めから僕一人だった』って思い込むようにしてたものですから……」
「そうなんだ……そこは、私とは違うね」
私は二人との約束をしっかりと心に留めている。それこそが、この復讐の原動力になのだ。と、考えると両親を嫌っているように聞こえる。
そして、彼は「失踪」と言い表した。私の場合はほぼ確実に「略取」だから、いなくなった理由が明らかではないということだろうか。でも……ファイザーか、天使か、それとも脅された信者か、その方面が関わっていないとリズが目をつけるはずがない。
「その、間違ってたら悪いんだけど……ミラが復讐したい理由って、お父さんとお母さん関係なかったり?」
「……っ! よく分かりましたね。そうです。エルさんとは少し……いえ、かなり違うんですよ……」
ミラは床に降ろしていた腰を上げ、お尻についた埃を掃うとそのまま壁に寄っかかった。そして一度深呼吸をし、話を始めた。それは、心を落ち着かせたと同時に自身を奮い立たせたかのようにも見えた。
「小さい頃……八歳くらいのときでしょうか。その日、僕はあの港町で友達と遊んでいました。『友達』と言ってもその子だけでしたけど……」
「あれ? ミラって料理も上手だし、友達も多そうな感じなのに……」
「今の僕と昔の僕は違います。あの頃は本当に人付き合いが苦手で……話が逸れてしまいましたね。遊んでいた時、その友達がやってしまったんです」
もう一度深く息を吸い、吐き、話を続ける。
「僕達、石積み上げて遊んでたんですけど……」
口が開きそうになるのを必死に我慢する。また話を中断させるわけにはいかない。「え、それ楽しいの?」ってツッコみたいけども!!
「あの町、道のど真ん中に線路があるじゃないですか。僕は道の端で遊んでいたんですけど……その日は列車が通らない日だったからだと思いますが、その友達は線路脇でやっていたんです」
「……あっ」
「ここまで話したら分かっちゃいますよね。それが倒れて、線路と路面の溝み挟まってしまったんですよ。でもその時、僕も友達もそれに気づきませんでした」
ミラの目は潤み始めていた。
「町の人だって誰も気づくはずがありません。そんな隙間を注意深く見ている人なんていませんから。そして次の日、ゆっくりとそこを通過した軍用列車が……」
「脱線したの?」
言い切る前に察した私がそう投げかけると、ミラは首を横に振った。
「あ、いや、脱線はしてないです。石だったら自重で砕けちゃいますから。ただ、バレてしまいました。そんな、石積みなんかで遊んでいる子供なんて殆どいませんから、周りに聞き込みするだけでバレてしまうのは当然でしょう」
「ま、まあ確かに珍しいかもね」
「その友達は故意に石を線路に詰めたわけではありません。でも、軍用列車の運行を妨げたのは事実です」
ミラの目から遂に涙が流れ始める。
「数日後、その友達は家族ごといなくなっていました。殺されたわけではありません。ただ、住んでいられなくなったのでしょう。世間の目のせいで」
「……」
「一緒に遊んでいたわけですから、僕もその標的になってしまいました……家の庭にはゴミが投げ込まれて……壁には落書きされ……もう、散々でしたよ。それに耐えられなくなった両親は、家を出ていきました……僕を置いて」
だから、一人でお店を……。
涙を零し続けるミラに、私は何をしてあげればいいのだろう。それからずっと、今は十三歳だから、五年間も、独りぼっちでいる寂しさは私には分からない。それのたった五分の一だから。でも、寂しさは五分の一じゃない。その五年間、町に住む人全員を敵に回していたのだ。私の五倍なんてもんじゃない。十倍、百倍、いや、もっとかもしれない。
「その後、僕は名前も見た目も変えてあの町に住み続けようと決意しました」
「え、名前? 見た目?」
「あ、名前というか、姓の方だけです。国に申請するのは凄く大変でしたけど……。今はシャーミラ=フレイですが、元々はシャーミラ=メイスでした。期間で比べたら前の名前の方が長いですけど、もうすっかり馴染んじゃいましたよ。それに、こっちのほうが気に入ってますから」
メイス……どこかで聞いたことがあるような気がするんだけど……あれ、何だっけ?
「あと、この髪も。元は黒だったんですけど、思い切って茶色にしましたし……」
「染めてたの!?」
驚愕した私を見て、ミラが少しはにかんでいた。涙はいつの間にか止まっていた。そして、彼の口角は久々に上がっていた。結果論だけど、やっぱりこの話を持ちかけて良かったかもしれない。ミラの色々なことを聞けたし、笑顔も見れたし、それに――
「あのさ、思い出したよ。私のお母さんの旧姓、メイスだった」
「そ、それ本当ですか!?」
「うん。アミエル=メイス、それがお母さんの結婚する前の名前だもん。まあ、姓が一緒なんてよくあることだから、あんまり気にしなくていいかもしれないけどね」
そう、確率を考えれば無関係な方がむしろ高い。ただ、何かのカギになるかもしれないと心に留めておくことにした。小さい頃の記憶が今、役に立つなら……あれ?
「あ、あれ? なんで? どうして……」
「エルさん、どうしたんですか!?」
おかしい。
五年前の私は何をしていた?
それ以前の私はどんな人間だった?
お父さんとお母さんとの思い出は?
分からない。思い出せない。まるで、ぽっかりと穴が開いたかのように記憶が抜けている。
「……ダメだ」
一年前、二人がいなくなった日よりの前の記憶を辿れない。破片のように、かろうじて一部の情報は残っているけど、プッツリと記憶の道が途切れてしまっている。
あまりにも不条理で、あまりにも不可解で……アギルのあの言葉が思い出される。
――貴様が殺されなければならないのは、貴様が『生まれてきてはいけない人間』だからだ。生きていること自体が罪に値するのだよ――
やっぱり……全ての原因は、私? もしも、私が生まれていなかったら……。
その時、ポンと顔にふわふわした何かが当てられた。
「使ってください。いつも元気いっぱいなエルさんに涙は似合いませんよ」
ミラのハンカチだった。濡らしてしまうのは分かっていても、私は断れなかった。




