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偽神のラキュエル  作者: 彩雨カナエ
Chapter.5 神域の時計と少女の秘密
33/49

03.守るべき存在

 門は開いているが、警備が二人。工場を囲う壁はそこまで高くない。見たところ巡回は無さそうだから、飛び越えた方が早そうだ。周囲に誰もいないことを確認に、体を浮かせる。


 依頼書に添えられていた工場内部の地図によると、社長室はど真ん中に建つ五階建てビルの最上階。窓にはカーテンがかかっていて、こちらから中を確認することはできない。その辺に転がっている鉄骨か何かをお見舞いしたとしても、万が一そこに社長さんがいなかったとしたら厄介なことになってしまうだろう。

 だからといって、正々堂々一階から攻めるのも難しい。そうだ、最上階の上……屋上から何とかして入れないだろうか。取り敢えず近づいてみることにする。


 この黒い服は夜空と同化して姿を捉えられにくくするためのもの。別に好きで着ているわけではない。好きではない、というよりも嫌いに近いか。だって、ダサいじゃん?

 アタシだって休日なんかは普通の、女性らしい恰好をしているのだ。喫茶店なんかに行ったりもする。仕事柄、顔はできるだけ見せたくないからつば付きの帽子を深めに被っているが。


 各階のどの窓からでも死角となる場所を選び、屋上を目指して飛んでいく。まあ、結局は工場だ。「軍艦を沈めろ」というとんでもない命令を受けた時と比べれば、どんな依頼でも容易く感じる。しかも、よりによって外国籍の。「事故に見せかけろ」ってのは流石に無理があるだろう。ちなみに、機関部に無数の砲弾を叩き込んで沈没させた。アタシはやろうと思えば砲弾だってぶっとばせるのだ。

 ……思い返してみるとファイザー様、変な頼みが多いなぁ。


「さてと……」


 やはり屋上には換気扇っぽい機械が設置されていた。勿論、通気口を通っていくわけではない。アタシのナイスバディではつっかえてしまうだろう……太っているとか、お尻大きいとかって意味ではない。

 機械があるということは点検や修理をするために屋上へ上がる必要がある。となると、確実に屋上への梯子が設置されているはずだ。お、あったあった。


 取っ手を掴み静かに持ち上げると、予想通り円形の穴の先に最上階の床を見ることができた。鍵もかけられていなかった。そりゃそうだ。屋上から入ってくる人間がいるとは設計者も思っていないだろう。

 逆向きになって梯子を下り、物音がしないのを確認して顔だけをチラッと廊下に出す。この瞬間だけは慣れていても、本当に緊張するものだ。実はこちらに気付いていて、その先で武器を構えられていたら……なんて考えたらゾッとする。


 慎重に歩みを進め、「社長室」と書かれた部屋の扉に耳をはりつける。一応、廊下に飾られていた花瓶には触れておいた。えーと……二人いるな。秘書か?

 出ていくのを待っているのも面倒だなぁ。なんて思っていた次の瞬間――


 ガチャ。


 開かれた扉の先には男の人が一人。あ、バレちゃった。


「誰だおまっ……」


 衝撃で砕けた花瓶の破片が辺りに散らばり、遅れて男が倒れてきた。ふぅ、危ないことろだった……ってあれ? 何か忘れている気が……。

 扉の奥にはもう一人、見覚えのある男が立っていた。ああそうだ、社長が残っていた。


「ごめんなさいね?」


 割れた陶器は凶器と化すのだ。鋭い側をその方向に向けた花瓶の破片が一斉に放たれる。避ける間もなく、正面からそれを受けた標的は血を流してその場に崩れ落ちた。


 目的は達成できたが、さて、どうしたものか。花瓶をぶつけられて気絶してはいるが、死んでいるかどうか……アタシのことを見てしまったのだから、そのまま置いておくわけにはいかない。永遠に牢屋に閉じ込めるか殺すかしかないのだ。

 二人の体を触り、ふわりと浮かせる。完全に証拠を消すなら、海に沈めるよりかは焼却した方が良さそうだ。そういえば、ここは確か金属加工工場だったはず……あ、いいこと思いついちゃった。


「……炉の中にでもぶちこんであげるわ」



 * * * * *



「……ここかしら」


 二枚目の依頼書に記された場所に来てみたが……思っていたのと違った。こちらも工場だと書かれているのだが、明らかに営業していない。壁はボロボロだし、金属部の錆は酷いし……。


「なんだか怪しいけど……確かにここなのよねぇ」


 こんな廃工場を指定すること自体は別にいいのだが……まず、標的はいるのか? 普通に考えたら、こんな場所に人がいるわけないだろう。依頼者側が呼び出してくれるとも書かれていない。騙されたか?

 いや、それはないか……だって、かなりの金額を先払いで受け取っているもの。金を出してまでそうする意味がない。とにかく、確認してみなければ話は進まなそうだ。


「シャノンさん!」


 重厚な扉に手をかけ開けようとしたその時、背後から聞き慣れた声がした。レオンだ。急いで走ってきたようで、呼吸が乱れている。


「何かあったの?」


「それが……レティが全然帰って来ないので、シャノンさんの方に手伝いにでも行ってるのかなぁって……」


 レティが帰ってない? 普段なら、ここまで時間がかかることはまずない。連続で当て続けると怪しまれるから、少しは外れるように言いつけてあるが……しくじったか? まさか、捕まっちゃった?


 でも、あの子がそんなヘマをするわけ……いや、ちょっと待て。賭けがどうこうじゃない、それとは全く関係ない何かが絡んでいたりしたら……。


「レオン、アナタは賭場の方を見てきて頂戴! いなかったら、ここに戻ってきなさい!」


「……は、はいっ」


 自分の尻尾を掴まれるのだけは困る。何が何でも、彼女を探さなければならない。例え拷問されたとしても、絶対に口を割らないと約束はさせてある。ただ、そんなものがアタシの心を落ち着かせることは無かった。

 アタシだってきっと、バレたらファイザー様に殺されるのだから。


 錆びついた金属扉を強引に開き、天井の穴から差し込む月光を頼りに工場の中を進んでいく。並べられている机の上には黒く細かい部品が転がっているが、埃の量がすごい。人が全然立ち入ってない証拠だ……ん? 机の上は汚いけど、入り口から一直線上に、床の埃がなくなっている。それも、自然の風で舞い上がったとは思えないくらい綺麗に。


「……やっぱり、誰かいるのね」


 埃が払われた道を辿っていくと、目の前に現れたのは螺旋階段だった。よりによって地下か……。

 地下は嫌いだ。アタシが力を発揮するのが難しいから。戦闘になれば確実に不利になってしまう。だから、なかなか一歩が踏み出せなかった。


 でも、もし本当にレティがいたとしたら……。別に、切り捨てることだってできる。拷問されてアジトの場所を吐いてしまうくらいなら、むしろ殺してくれていい。依頼をこなすのだって、アタシさえいれば何とかなる。今までずっと、そう思っていた。……でも、でも、でも!


「……それじゃ、リーダー失格よね」


 そう呟き、近くに落ちていた手頃な鉄屑を浮かせ背後に隠し、未知の世界への階段を一段、また一段と降りていった。



 * * * * *



 どのくらい降りただろうか。階段の最下部に辿りつくと、その先にはまた扉が。すぐ下には壊された鍵が落ちている。やはり、誰かいる。

 半開きの扉から覗くと……予想はしていたが、信じたくもない光景が広がっていた。白かった服を赤黒く染めたレティが倒れていたのだ。


「レティ!!」


 敵がいるかもしれない。そんな警戒心はどこかへ吹き飛び、アタシは後先考えずに駆け出してた。絶対に助けなければいけない。その一心で。


「誰がこんなことを……」


 服の切れ方からして、腹部を刃物か何かでやられたように見える。早くここから出て、血を止め、傷を塞がなければ。


「し……シャノンさん……はやく……はなれて……」


 アタシに気づいたレティが、痛みをこらえながら小声で確かにそう言った次の瞬間、わずかに空気の流れが変わった。

 すかさず後ろに向かって飛び上がる。目の前のコンクリート製の床に、一瞬にして切れ込みが入った。


「……っ!」


 着地した瞬間、右足に痛みが走った。生ぬるい液体が足を伝う。(かわ)し切れなかったか……。

 剣の類はどこにもない。アタシはこんなとんでもない力を使える人間を……天使を知っている。


「こうやって直接顔を合わせるのは久しぶりだな」


「……やっぱりアナタだったのね。アギル」


 靴音を立てながら近づいてくる軍服の男。それは、アタシが誰よりも敵対視している人間だった。いや、待って。おかしい。あのラキュエルって女の子から逃げた次の日、アギルは軍隊まで出して学園に乗り込んだと聞いた。あれから一週間くらいか……あの子を殺したなんて連絡は入っていないはずだ。それに……。


「その腕、どうしたのよ」


 片側だけ袖がだらんと垂れている。どう見ても腕がない。


「あの小娘たちにやられた。そう言えば分かるだろう? だが今は、そんなことはどうでもいいのだよ」


 アギルが残る一本の腕を動かすと同時に、背中の後ろに隠していた鉄屑を投射する。だが、こんな至近距離ではアタシの能力は使い物にならないのだ。


「宣言する。貴様の『重力の向きを操る能力』では俺に勝てない」


 空気の防壁に弾かれた鉄屑がその場に落ちたのを見て、確信した。


「こんな場所を選んでるんだから、やっぱりアタシに用があるんでしょう? レティは人質のつもりなんだろうけど、もう手を出しちゃってるじゃないの」


「ああ、そうだ。敵の弱点を突くのは当然のことだろう」


 そう答えたアギルは不敵な笑みを浮かべ、高らかにこう叫んだ。


「警告する!! 直ちにその鉄屑を自らの頭に打ち付けろ! 限界の高さから、自らの能力を使って、だ! さもなくば、そこの女を真っ二つにしてやろう!!」

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