01.最後の悪魔
窓の外に見える雲はいつの間にか橙色に染まっていた。無数の煙突が建物から突き出し、そこからもくもくと白煙が立ち上っている。今までいた町とはだいぶ印象が違った。
「着きましたよ。駅まで行くとバレてしまいますから、ここで降りてください」
リズの指示で客車を降り、数本の線路を横断して道へ出た。私たちが降りたのを確認して彼が車両消したのを見るに、悪魔の力で作り出した物体は自由に消せることが分かる。
「ここで停めるってことは、なんか目的があるってことか?」
「おや、リーンさんの割に随分とマトモな質問ですね」
「あ?」
リズの煽り癖は平常運転なようで、無駄な一言がまたまたリーンの怒りを買った。
冷静になって考えると、リズは回数制限で今日はもう力を使えないのだから、リーンと一対一で戦ったら勝てるわけがない。喧嘩は売らない方が得策な気がする。まあ、殴られたいとかなら別だけど。
「そうですね……確かに、この町には目的があります」
「その目的っていうのは……」
私がそう問うと、リズは上着のポケットからいつぞやのメモ帳を取り出し、栞を挟んでいたページを見せてきた。
「この町に封印されているんですよ。三人目、虚空の悪魔……ゲイルが」
ファイザーへの復讐を確実に成功させるためには、悪魔三人分以上の力が必要だという。すなわちその悪魔を味方につけることができれば、復讐に必要な戦力の最低限度を超えることができるというわけだ。
初めて名前を聞いたが、「虚空」という言葉が異質さを際立たせている。
「でもさ、どうしてそんなことが分かるの?」
「ああ、悪魔どうしは気配を感じ取れるんですよ。大体の位置なら分かります」
そういえば、リーンがリズの存在に気付いたときもそんなことを言っていた気がする。互いに場所を把握できるのは便利な力だよなぁ……。
「あの……その悪魔をどうやって……。 悪魔が憑く人間が一人いないと、お二人のようにはいかないですよね」
リズの話に対し、ミラが鋭い指摘をする。確かにそうだ。リズはミラに、リーンは私に憑りつくことで、この世界に存在できている。神を信じることと同時に生まれる、その反対の存在である悪魔への恐れ。それが悪魔を生み出しているのだから、悪魔は初めから肉体的にこの世界に存在するものではないのだ。
存在しないものをこの世界に繋ぎとめる。その役割を担っているのがミラと私なのだ。
「ええ、分かっていますよ。私の目的というのは、別に戦力の増強ではありませんから」
そんな質問が飛んでくるのを見越していたかのように、リズが話を進めていく。その悪魔を味方につけようとしているわけではない……じゃあ、何のために?
「この町でするべきこと、それはゲイルさんが完全に封じられるのを防ぐことです」
これも前にリーンが言っていた。あの村を焼き払ったのは、そこに神殿を建てる、それによってリーンの封印をより強固なものにし、神の力への干渉を無くすためだと。リーンはそれを実行される前に私に憑りつくことで、そこから逃げ出した。
「それって、国が何か手を回してくるってこと?」
「ええ、それは確実でしょう。なんせ、ゲイルさんは私やリーンさんとは比べられない、まさに『規格外』の力を持っていますからね」
人間にとっては、戦車を殴って曲げたり記憶から物を生み出したりするのは十分規格外なのだが……それを超えてくるということか。
「聖典において、破壊の悪魔と呼ばれるリーンさんは『肉体』を、想起の悪魔と呼ばれる私は『精神』を司るとされています。ですが、虚空の悪魔と呼ばれるゲイルさんは……」
一度言葉を切り、リーンの方に目を向けるリズ。すると彼女は「そのくらい分かってる」と言わんばかりに溜息をつき、その続きを声に出した。
「『存在』を司る、だろ?」
「はい、正解です」
対義関係にある「肉体」と「精神」。だが、悪魔は三人いる。「存在」をその二つと同じ位置に並べることは可能だろうか。リズが「規格外」だと言う意味が分かってきた。
はっきり言って、無理だ。有または無というのは、あらゆる概念の根本。ゲイルという悪魔は、立場上はリーンやリズと並ぶものだろうが、力で比べれば二人の上に立つことになる。
「……どんな力を使うの?」
「そうですねぇ……私もリーンさんも、この状態では完全に力を発揮できないので、推測に過ぎないのですが……あらゆる物体をこの世界から消す、とか」
も、物を消すって……しかもこの世界から? 「規格外」なんてものじゃない。どんな攻撃も寄せ付けず、邪魔なものを消し去る、絶対的な力だ。
「とはいっても、元々は神の『無から有を生み出す力』に対抗するために生まれたものです。神の力を相殺できるだけで、それ以上のことはできないのかもしれませんよ」
笑みを浮かべながらその不気味な力について語り続けるリズ。まったく、何を考えているのやら……。
「おい、リズ。いつまで喋ってんだ」
私だけではない、この場にいるリズ以外の全員が思ってたことを、ありのままにリーンが突きつける。うん、数分遅かったら立ったまま寝ちゃってたかもしれない。
「おっと、私としたことが……。まずは、この町での拠点を探すことにしましょうか」
お金がないのだから、廃墟か空き家になるのは確定事項なのだが……そんな贅沢は言ってられない。日が暮れたら服一枚じゃ凍えてしまうくらいまで気温が下がるし、なんならそろそろ雪が降り始めてもおかしくない時期だし……できるだけ早めに身を隠せる場所を探さなければ。
「追手はまだでしょうけど、四人で探し回るのは非効率的ですね。二人ずつに分かれましょうか」
「うーん……じゃあいつも通り、リーンと私、ミラとリズの組み合わせでいいかな?」
「そうですねぇ……」
少し間をおき、リズが「ちょっと」と言って耳を貸すよう私に求める。すると彼は、ボソッととんでもないことを呟いてきたのだった。
「この前の戦いであなたの記憶をお借りした際に……まあ事故というか、その辺りの記憶とか感情を纏めて読み取ってしまうので分かっちゃったんですよねぇ。エルさん……ミラさんと組みたいですか?」
「え?」
リズが戦闘中に出したものは軍用の機関車。私があれを見たのって……。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
私が転びそうになって、ミラが手を引いてくれた時!!
「おや、顔が真っ赤になってますよ? 図星ですか?」
「べ、別にそういうわけじゃっ!!」
ひそひそ話をしていたはずが、焦って大声で返してしまった。後ろのミラとリーンからの視線が痛い。
「やはり、エルさんはイジりがいがありますねぇ。まあ、今回はこれくらいにしておきましょうか」
計画を立てたりするのは上手だし、いざという時には戦ってくれるリズ。けど……リーンの気持ちが理解できた。今だけは顔面を一発、思いっきり殴ってやりたい。