??.六柱と三神殿
日の高さが頂点に達し、自分の影の長さが最も短くなる。そんな時間帯に、ボクは山道を歩いていた。あの人に呼ばれてしまったが故に逆らうことはできないが、せめて馬車くらいは用意して欲しかった。送られてきたのは地図一枚と時間を記した手紙だけ。シャノンとアギルなら移動には苦労しないだろうけど、ボクはせいぜい早歩き程度のことしかできない。
灯りの無い隧道を抜けると、そこには明らかに人為的に切り開かれた領域があった。奥には鏡のように木々や崖を映す湖が広がっている。だが……なんだ、この大量の炭化した木材は。
「来たな」
声をした方を振り向くと、そこにボクを呼んだ人間が立っていた。相変わらず、影の薄いヤツだ。神出鬼没で不気味な雰囲気を醸し出している人だが、その正体は頭脳明晰で従順な、ファイザー様の腹心の部下。ボクが本気を出せば勝てる相手だろうが、その立場上やっかいなことになりそうで歯向かう気にはなれない。
「ここ、なんなの? なにかが燃えた跡っぽいけど」
「気にするな」
細い目がこちらをギロリと睨みつける。国家機密だったとしても、ボクには教えていいと思うんだけどな。
「今日、君を呼んだのは頼みがあるからだ」
「……まさか、また荷物運び?」
その問いに対し返ってきたのは、当たり前じゃないかと言わんばかりの頷き。はぁ、と溜息が出る。前にも同じように呼び出されたことがあった。確か、中央神殿の補修工事だったか……。
「できるだけ急ぎたいのだよ」
邪魔だったのか青い髪を後ろで結び終えると、そのまま人差し指である方向を差した。
「あの湖の手前、あそこに今から六本の柱を運び込むんだ」
「六本の柱……」
この言葉を聞いて、意味の分からない信者は一人もいないのではないだろうか。それは聖典に書かれた、カミサマがこの世界を支えるために創り出した柱の本数……そして、神殿の台座を囲むように立てる柱の本数だ。
「三人の天使に対応する三つの小神殿を建設し、それぞれの六本の柱に囲まれた台座の上に天使が降り立つとき、失われた神の力は完全なものとなる。その儀式を執り行うためだ」
「え、でも悪魔は封じられている状態じゃ……」
悪魔の力はカミサマの力の一部を相殺してしまう。悪魔を封印したことでカミサマは完全ではないにしろ、十分な力発揮できるはずだ。特にそれを行う必要はない気がする。
「残念ながら、悪魔の封印が完全なものではなかったのだよ。少し前、二人の悪魔は解き放たれた。目的の重なる子供に憑りつくことで、な」
「なっ……本当に!?」
「ああ、事実だ。普通なら起こりえなかっただろうが……その子供の負の感情が悪魔に影響したとしか思えん」
なるほど、国はその悪魔と子供を狙っているワケだ。儀式によってさらに力を引き出し、対抗しようというのが狙いか? いや、もしかして……流石に違うか。アレは「禁忌」だもんな。
「あ、でももう一人の悪魔は……」
さっきこの人は「二人の悪魔は解き放たれた」と言ったはずだ。三人のうち、残る一人は容易に想像がつく。中でもぶっちぎりで封印が厳重なヤツがいるからだ。
「ふっ、分かっているのだろう? すでに『鍵番』へは連絡をしておいた」
ボクはその「鍵番」とやらに会ったことがない。話を聞いた限りでは、天使と互角にやりあえるかもしれないようなのだが、そんなことがありえるのか? 普通の信者の力が天使を超えられるはずは……。
「それ、大丈夫なの? 天使の誰かが加勢したほうがいいんじゃない?」
「……そう言って、仕事から逃げようとしていないか? そうだな、まず天使とは比較できないだろう」
どういうことだ。天使とは比べ物にならない程強いなんてことは……代わりに頭が超いいみたいな、力以外の強みがあるということか?
「そりゃ、私たちとは信じている神が違うからな」
「い……異教徒ってこと? いいの? 裏切られたりしない?」
信じている神が違う。すなわち、ボクらとは力の出どころが違うのだ。少人数であるからこそ、一人一人の信仰心が強く、場合によっては多数派のこちらを超えてしまうかもしれない。だから、この国は少数派に対し弾圧を繰り返してきた。
「勿論、揺さぶりはかけてあるが……まあ、そういうことならシャノンにでも行ってもらうか」
空気が読めないのか、それともわざとか……ここまで露骨に頼んでいるのにボクを行かせてくれないのは何故だ。柱を山の上に持ち上げるなら、シャノンにだってできるのに。
「おい、さっさと手伝え」
どうしてボクだけこんな扱いなんだよ……ボクだって天使なのに。ボクは一度も負けたことがないのに。ボクは強いのに……なんでだよ!!
だったら勝手に乗り込んで、出し抜いてやろうじゃないか……。