03.絶対的な権力
いきなり変なことを言ってしまったせいで、何とも微妙な空気が流れている。リーンはわざとらしくコホンと咳払いをし、話題を変えた。
「さっき『悪いことのため』って言ったよな。それについて、だ」
私を助けたのも「それ」をするために必要なことだから。そう、彼女は言っていた。
「でもそれ、私は関係あるの?」
「当たり前だ。エルが居なきゃ、成り立たねーんだよ」
私が居ないと、成り立たない。誰かに必要とされたのも初めてだった。
でも、悪魔であるリーンがどうして私なんかを……。
「エル、村が襲撃された理由……知ってるか?」
どんな悪いことをしようとしているのか。そんな話を聞かされるのだろうとワクワクしていた私に、唐突に突きつけられた「村の襲撃」という言葉。
目に焼きついた、燃え盛る家だったものと斬り殺された村人の姿がフラッシュバックする。
優しくしてくれたあのおばあさんも、ちょっと厳しかったおじさんも、今や私以外、誰一人として生き残っていない。
こみ上げてくる胃液を寸前で飲み込んだ。
「おい、大丈夫か!?」
「……うん。いいよ、話して」
正直、聞きたくはなかった。だが、村を統べていた私にはそれを知る義務がある。
「そうか」
それだけポツリと言って、木の椅子を引き、腰掛けた。
「この国のトップ、知ってるよな?」
「ええ……」
ファイザー。何度も聞いたその名前は、一秒の遅れもなく思い出される。
ディザニークを祀る、ワーロミューの中央神殿の神官であり、国家の最高権力者。
人前ではいつも笑顔を浮かべている男だが、その裏の顔を私は知っている。
数年前、ファイザーが村に来たことがある。その時はどんな理由なのかは分からなかった。
キョロキョロと辺りを見渡すと、あいつはすぐに踵を返した。
しかし、村人の中に暴言を飛ばす者がいた。
所謂、思想の違いによるものだった。
別に、ディザニークとやらを信仰していることはどうでもいい。それは個人の自由だと思う。
だけれど、同じ国家であろうと互いに干渉してはいけないと思うのだ。
その次の日、ファイザーに口答えした村人の家はもぬけの殻になっていた。
村中を、そして周囲の山も総出で捜索したが、一人も見つけることはできなかった。
一年前、再びファイザーがやってきた。それも、村長であるお父さんに会うために、直接私の家に。
お父さんだけでなく、お母さんも普段は想像できないような形相で、ファイザーと揉めていた。
そんな光景を、私は扉の影から覗いていた。
その内容は、「村に神殿を建設すること」だった。
全く、意味が分からなかった。信仰の拡大でも狙っているのだろうか。
次の日の朝、起きたら二人は居なくなっていた。
これで確信した。ファイザーの指令の元行われた、国家ぐるみの誘拐だと。
生きているかは誰も知らない。それでも、机に置かれていた書き置きは、今でも大切に、肌身離さず持ち歩いている。
『頑張って、生きて 約束だよ』
そう書かれていた。
そして、ついこの間のことだった。あいつが……ファイザーが私の家を訪れた。
この村では伝統的に、私の家系が統治をしていた。お父さんとお母さんが居なくなってからも、私と他の村人との関係が悪化することは無かった。
むしろ、信頼してくれていたのかもしれない。
ファイザーは私に、やはり同じ計画について話した。
これでまた断ったらどうなるか。簡単なことだ。私が消される。
しかし、村を守る義務が私にはある。そんな葛藤の中、最善策とは言い切れない選択をした。
ファイザーに向かって「村人達と話し合って、意見を纏めたい」と述べた。
あいつは感心した様子で、その場を立ち去った。
とはいうものの、こんなものは応急処置に過ぎない。いかにもな延命治療だ。
「まさか……」
「気付いたようだな。そうだよ、強制執行ってやつだ」
真実をしってしまった私の両目から、涙がポロポロと零れ落ちる。
もしも私があの時、決断を下していたら……私が消えるだけで少しは村が長く持ったのではないか。
逆に認めていれば、補償くらいはしてくれたのではないか。
全て、私の責任なのではないか。
頭の中が負の感情でぐちゃぐちゃになっていく中、それを遮るようにリーンの手が肩に触れた。
「エルの責任じゃねぇ。全部、ファイザーの策略だ。絶対に、な」
確証がある訳ではない。それなのに、彼女はそう言い切った。「絶対に」と付け加えて。
そんな真っ直ぐな悪魔、リーンに私は不思議と期待を抱いてしまっていた。
どうやって生きていけばいいのかも分からない私を、導いてくれるんじゃないか。そう思った。
悪魔だけど。