08.私たちはずっと友達
今は、正午を過ぎた頃だろうか。窓に映るのは本日二本目の川と鉄橋。下からはガタンゴトンと単調な音が鳴り続けている。
「これ、危なくないんですかね……」
「うーん……まあ、ぶつかったらその時はその時じゃない?」
不安そうなミラを励まそうとするも、逆に不安にさせるような発言をしてしまった。もっと言葉を選べ、私。何が「ぶつかったらその時はその時」だ。
まったく、こんな方法で逃げることになるとは……。
* * * * *
空中で起きた大爆発に巻き込まれたアギルが、ドサッと目の前の茂みに落下した。やはり空気で威力を削がれてしまったか、体が空中分解することはなく命拾いしたようだ。ただ突然起きた爆発がよほど想定外のものだったのか、失神している様子。これは……攻撃し放題である。
「爆発だなんて、エルにそんな力あったか?」
「ううん、私には無理。爆薬を使っただけだよ」
そう、今日の朝、イルカナが作っていた新作の爆薬を拝借したのだ。放送室で容器を割り、室内に爆薬を充満させる。無色無臭という性質からその存在がバレることはない。あとは窓から脱出した私を追いかけようと、アギルが空気の羽を作ることに賭けた。その結果、羽の中に爆薬を巻き込んでしまい、自分自身が爆弾と化したのだ。
「ふーん……さて、どうしようか」
「コイツ天使なんだろ? 復讐の邪魔だ。殺す」
そう言い切って、気絶したアギルの頭をガシッと掴むリーン。これは、そのまま握りつぶしちゃう感じか? それとも校舎にドカンと打ちつけるのか?
「おい、エルはあっち向いてろ」
「……ううん、いいよ。私の敵でもあるから、見てる」
これは手を下すのがリーンなだけ。それに、アギルは私やリーンだけの敵ではない。エルダの父親、すなわち学園長の殺害にだってコイツが関わっている。リーンだけに手を汚させるわけにはいかない、そう思ったのだ。
「ちょっとお二人さん、それならもっと面白い方法が……」
リーンが息の根を止めようとする一歩手前で制止の言葉が発せられる。この空気の読めなさは……。
「いやぁ、ここまで騒いじゃうと流石に、逃げないとマズいですからねぇ」
思った通り、リズだった。口調は妙に引っかかるが、言っていること自体はいつも正論である。なんせ子供が軍隊を沈めてしまったのだ。しかも学園があるのは町のど真ん中。外の大人たちは加勢しようとはせずに、その情報をひたすら拡散するだけ。
できる限り素性を隠したい私達としては、この町はあまりに不都合な場所になってしまった。
「それがなんだんだ?」
「ああ、逃走手段は確保できたんです。移動中に絶好のポイントがあるので、片腕だけ捥いでおいてください」
「片腕? まあいいか」
リズに言われリーンは少し不満を漏らしながらも、容赦なくアギルの腕を引っ張って千切った。脇だった場所から、どこにも送られない血液がブシュッと勢いよく噴き出す。やっぱり見なきゃよかったな……ちょ、断面こっちに向けないで!
こんなことを平然とやってのけるリーンを見て、彼女が悪魔であることを実感した。
「で、これどうすんだよ」
「腕と体はまとめて持ってきてください。こちらです」
リーンはそれを担ぎ上げ、血をポタポタと垂らしながら歩いていく。リズとアギルが戦っていた校舎を抜け、校門の前へ。暴れていた戦車はすべてひっくり返され、乗っていた軍人どもが横で伸びていた。ミラが大弓を構えているのを見るに、生徒たちの能力で集中砲火されたか?
アギルを運ぶリーンを見て、数人の生徒が悲鳴を上げる。だがそれは同時に、戦いの終わりを宣言するものだった。
「ラキュエル=アイザッティ……行ってしまうんですのね」
後ろ髪を引くように声がかけられる。そこに立っていたのはエルダだった。ずっと最前線で皆を守っていたからか、制服はボロボロで顔にも傷を負っていた。
「うん。私の復讐は……まだ、終わってないから」
「……分かっていますわ」
アギルを倒したところで、それは国からの刺客を一人減らしただけに過ぎない。神官を倒すまで、私は止まらない。
「あの……ワタクシとあなたはっ」
「……分かってるよ。『友達』でしょ? きっとまた、どこかで会えるって」
そう言って彼女に駆け寄り、その手をギュッと握る。
「またねっ!」
この時私は、自分にできる最高の笑顔を見せていただろう。そして踵を返し、リーン達を追いかける。
「エル、いくぞ」
「うんっ!」
元気良く頷き、皆に手を振って学園を後にした。
校門を出てすぐの場所にあったのは、もう何度目かの軍用機関車と客車一両。町の中を走る線路上に置かれていた。でも、これ……。
「軍隊から奪ってきたの?」
「いえいえ、私の力です。確かに回数制限はありますが、こうなること予期して一回分だけ温存しておいたんですよ」
彼を一言で表すなら「策士」が適当な気がする。アギルと戦いながらも力を残すことを考えていたなんて……。
「それじゃ、行きましょうか。次の目的地へ」
* * * * *
そんな流れで私達は今、リズの運転する列車に乗って移動している。どうして操作方法を知っているのかと疑問に思うが、彼はそういう人……いや、悪魔だ。
「でもアレ、やっぱり気になりますね」
ミラが客車の扉の方に目をやり、そう呟いた。無理もない。その床のあたりに血が広がっているからだ。
言うまでもなく、アギルのものである。というのも、これはリズの提案に起因している。彼は腕を捥ぎ取ったリーンにこう言った。「途中にある橋の上から落とそう」と。しかもその辺り、川と海の境目に近いようで、海水が傷口に沁みるんだとか。常識的に考えれば大量出血で死んでしまうだろうに、そこに追い打ちをかけることに残酷さを感じる。
それで、一本目の鉄橋に差し掛かるまでずっと車内に置いていたから血の海ができているわけだ。窓を開けていたから臭いはしないが、やはり不快なのは変わらない。
勿論、アギルの体をぶん投げたのはリーンである。当の彼女は座席の端で爆睡しているようだが。
「そういえばさ、シャノンと戦うより前って……何か変な仮面みたいなのつけてたよね。あれ、何だったの?」
リーンは寝ているし、リズは運転しているし、ミラしか話し相手がいないからこその話題を振る。ずっと聞こうと思っていたけれど、天使の話のような重要なものを優先していて機会を逃し続けていたのだ。
「ああ、これですか」
ミラが肩に掛けた茶色の鞄からそれを取り出し、見せてくれた。左目から口にかけてを隠す、変な形をした黒い仮面。今でも、これをつけたミラは強く印象に残っている。
「なんか、普段とは性格もちょっと変わっていたような……」
「え、えっと……この仮面、リズさんが買ってきてくれたものなんです」
ほう……なんかリズって、ビックリ箱とかプレゼントしそうなタイプだよね。見るからにイタズラとか好きそうだもん。
「僕があんな力を揮っているのを目にして、誰も寄って来なくなるかもしれない。『友達』だってできないかもしれない……だからリズさんは『私の分身だと思ってください』と言って、これをくれたんです」
「あ、意外……」
「意外って……まあ、ちょっと面倒な性格ですけどね。これをつけてると不思議と自信が湧いてきて、その場の勢いで口調が変になってしまったりしますが……仮面で顔を隠しているのに、素の自分が出せるんですよ。でも……」
それを片手に持ったまま、座席後ろの窓を開けたミラ。そして仮面を――
「あっ!!」
思いっ切り外へ投げた。
「もう、要らなくなったんです。学園を離れることになりましたから、いつもリズさんは傍にいます。リーンさんのような、強い方だっています。そしてなにより……」
私の方に顔を向け、照れ臭そうに呟いた。
「エルさんという『友達』がいますから……」