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偽神のラキュエル  作者: 彩雨カナエ
Chapter.4 虎狼の元帥と復讐の代償
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07.生きていることこそが罪

「そんな、どうして……」


 目的のものを手に入れ、急いでその場に帰ってきたが……目の前で繰り広げられている光景はにわかには信じがたいものだった。倒れているリズの姿が私を憤激させる。背後をとられたところで負けるはずはないと思っているのか、私が戻ったことにようやく気付いたアギルが語り始めた。


「悪魔は神に負け、封じられた存在。そんなものをこの世界に留めているのが貴様らだ」


 口を動かしながらリズへと歩み寄り、屈んで髪の毛をガシッと掴む。そのまま腕を持ち上げると、またしても悪魔の叫び声が耳へと届いた。


「人間に憑りつくだけでは悪魔本来の力を使えない。リズ、貴様の力にかかっている制限は『回数』だろう?」


「……さて、どうでしょうね」


「証明する。貴様はアイリーンのように身体能力が高くない。必然的に、攻撃にも防御にもその力を使わざるを得ないわけだ。だから俺が天使の盾で防御に徹していれば、回数切れで貴様が負けるのだよ」


 回数に制限がある……リズの力自体、初めて見たのだから私に分かるはずもない。神や悪魔に関する宗教的な知識もあやふやで……何が「味方」だ。私はまだ、彼らのことを全然理解できていないじゃないか。


「エルさん、すみません……止められなくて……」


 リズがこちらに首を曲げ、訴える。リーンはあの馬鹿力自体が悪魔の力であるが故に、それは常に発動し、彼女の身体能力は常に高い。ただ、それ以上の、切り札のようなものが存在しないのが弱点ともいえる。

 それに対し、もはや「一撃必殺」とも呼べるであろうリズの能力は無論、一時的なものにすぎない。一発一発は重くとも、何度も使うことができないのだ。すなわち持久戦が弱点となる。


 悪魔達の容姿や性格、力とその特徴まで……それらをアギルは完全に把握していた。私やミラを狙えば、憑いている悪魔も現れることは予見していたのだろう。

 どこまでが作戦だったのかは、立てた本人にしか分からない。ただ、周到な計画であったことは明らかだ。

 だが、どれほど緻密に計算されたものであっても必ず穴がある。それは完全な神ではなく、()()()()()()()()だから。


 そして私はその穴をこじ開ける方法を()()思いついた。アギルの力の源が空気であるという仮説は合っていればの話だが。


「やめてっ!!」


 リズの髪を掴むアギルに向かって声を上げる。攻撃を私に向けさせるために、そしてその性質を利用するために。その絶対的な自信を打ち砕いてやる。


「ふっ、死ぬ覚悟ができたようだな。悪魔より先に天使の剣で切り裂いてやろう」


 羽に変形させたか、アギルはその場で浮き上がりこちらに飛びかかる。彼の言葉から想像するに、剣も同時に作り出しているはずだ。

 リーンに切り傷を負わせるほどの威力の攻撃を食らって、私が無傷でいられるわけがない。だったら、武器ごと壊してしまえばいいのだ。


 紫色の炎に包まれた腕をむやみやたらに振り回す。アギルからすれば、死ぬ恐怖で狂ってしまったかのように見えるだろう。


 そして、その時が来た。


 頭の左側に感じた風の流れ。それが突如、強風となって髪を大きく揺らした。


「……は?」


 すぐ目の前に着地したアギルは起こったことが理解できず、声を失った。当然だ。一定の形なんてない、盾にならないはずの私の炎が天使の剣を破壊したのだから。


 想定外のことに気が動転し、足の動かないアギルに向かって燃えたままの拳を叩き込む。


「がはっ!!」


 見事にみぞおちを直撃し、アギルがその場で崩れ落ちる。私、か弱い少女だから殴りに自信なかったけど狙いどころが良かったのかな。それとも、この人が意外と喧嘩弱かったり?


「くっ……何故、天使の盾がそんな攻撃に貫かれるのだっ!!」


 起き上がろうとするアギルの顎に、同様の手順で蹴りを一発。靴についた煤など後で洗えば落ちる。

 流石の軍人でもこれには耐えられなかったようで、ドサッと音を立てて背中を地面につけた。


「さっきリーンを傷つけた分、しっかりやり返さないとね」


 そう言って、倒れたアギルに歩み寄る。次は何をしようかと考えていたその時だった。足が地面から離れ、周りの景色が前方向に流れていく。そして背中に強烈な痛みが走った。


「なるほど、貴様は頭の回転が早いな。俺の力の正体を突き止めるだけでなく、その弱点まで見つけてしまうとは……だが、剣を使わなくとも風で吹き飛ばせばいいだけなのだよ」


 中庭の樹木に打ちつけられた私は、その場にへたりこんで話を聞いていた。ポケットの中のアレは割れていない。けれども、階段から落ちたときのダメージと重なって、そろそろ動きに異常をきたしそうだ。


「空気を無理やり固定して作った剣だから、私の炎のせいで計算がズレて壊れちゃったんでしょ? 空気は温めると膨張するもの」


「お見事、よくこの短時間で気づいたものだ。ならば、近づかせなければいいだけなのだがな」


 これ以上物理攻撃はできないと判断し、即座に最後の作戦に切り替える。自分の力だけでは工芸できない私の悪足搔き、兼一か八かの大博打。もしかしたら自分まで巻き込んでしまうかもしれない危険な作戦ではあるが、何もしないで殺されるよりかはずっとましだ。

 再び校舎へ入ろうと別の入り口に向かって走り出す。最後まで言うこと聞いてくれよ、私の体。


「まだ逃げるか……宣言する。貴様の負けは決まっているのだ」


 羽をもがれることは避けたいのか、走って私を追い始めたアギル。どうせ、それでも捕まえられると思い込んでいるのだろう。


 エルダと歩いた階段を急いで駆け上がり、放送室の扉を開ける。そこを選んだのは、音が漏れにくいように密閉性の高い構造になっているから。そして、ポケットに入れていたものを床の隅に向かって思いっきり投げつけた。バリンと音を立てて中の液体が漏れ出す。

 それを確認し、中庭を見渡せるはめ殺し窓の枠に腰掛けた。ちょっと不安だから息は止めておく。


「鬼ごっこもこれで終わりだ」


 私に追いついたアギルは律儀に扉を開けて部屋に入ってきた。まあ、それが普通なのだが。これも作戦の重要な点である。剣や羽を作りだした状態で入って来られると私に不都合が生じるからだ。建物内のような狭い空間だと扱いづらいのだろう。

 扉が閉まって完全な密室になったのを確認し、時間稼ぎのためにアギルに問うた。


「最期だから聞かせて。どうして国はそこまで私を殺したいの?」


「いいだろう。聞かせてやる。だがそれは、何故自分が狙われているのか分からないと言っているようなものだ」


 私を殺そうとしているのは村を襲撃した際の生き残りだから。悪魔が憑りついているから。ファイザーに復讐しようとしているから。その中のどれかが口から飛びだすのだろう、そう思っていた。


「貴様が殺されなければならないのは、貴様が『生まれてきてはいけない人間』だからだ。生きていること自体が罪に値するのだよ」


「……え?」


 思わず気持ちが声に出てしまう。そんなこと、初めて聞いた。私がは生まれてきてはいけない人間……? 存在自体が罪……? 一体、どういうことだ。


「まさか、本当に知らなかったのか……? しかし、ファイザー様の命令だ。少女を切り裂く趣味はないが、見逃してやることはできない」


 アギルが攻撃に出ようとするのを見て、こちらも最終段階へと移る。


「よく分かんないけど、最後だからアンタみたいに決め台詞言ってみるよ……宣言する。私の勝ちだよ」


 肘を思いっきり叩きつけてガラスを割り、そのまま体の重心を後ろに傾け校舎から飛び出した。天と地がひっくりかえった景色が今度は下へと流れていく。

 私を捕まえようと、天使の羽を使って浮き上がったアギルが上方に姿を現した。ここまで全てが思惑通りに進んだ。あとは決まってくれれば……!


 って、あれ? これ……どうやって着地すればいいのだろうか。頭を下にして落下していることを考えると、あと数秒で対策をとらきゃパッカーンなんだけど。


「……やっぱお前バカだろ」


 その言葉とともに、二本の腕が私を優しく包み込む。服はさらに擦り切れ、腕の傷も増えていた。本当、彼女にはいつも助けられてばかりだ。


「ほら、早くやっちまえ! エルのことだ、どうせ何か考えてんだろ?」


 空中で私を受け止めながら、最高の笑顔を見せたリーン。私にも自然と笑みがこぼれた。


「悪魔と人間、まとめて切り裂いてやる!!」


「……アンタ、自分が()()()()()にされてるってこと分かってる?」


 最後の力を振り絞って、校舎の高さをゆうに越えられる勢いで炎を真上に放った。それにアギルが触れた瞬間……。


 大爆発が起きたのだった。

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