05.悪魔も切り裂く天使の剣
灰緑の軍服の命令によって、その後ろに整列していた軍人たちが一斉に前に足を踏み出す。腰を落とし、肩にかけていた銃を構え、その口をこちらに向けてきた。
ババババッと弾の射出される音と重なるように、エルダが声を上げる。
「銃ではワタクシの壁は貫通できないんですのよ?」
軍人の列と平行に、彼女の前に現れた水の壁が無数の銃弾を待ち受ける。そこに真正面から突っ込んだ銃弾はみるみる勢いを失い、水中で止まったのだった。
今度はこちらが攻撃を仕掛ける番。生徒たちが水やら電気やら炎やら、各々の能力で攻撃を開始した。だが向こうも軍隊、国で最も戦いに慣れている人たちだ。盾を持ったのが前へ飛び出し、銃撃隊への被害を防ぐ。
エルダの水壁が弾を防げるからいいものの、このままでは防戦一方。あの前衛を崩さなければ攻撃が届かないが、接近して攻撃するのは無謀過ぎる。遠距離で力のある攻撃……私がそれを思い出すのとほぼ同時に、彼は行動に出ていた。
水の盾を通り抜けた光の矢が、敵陣へと真っ直ぐに向かっていく。それを受け止めようとした前衛部隊はその爆発で大きく吹っ飛ばされた。
「僕なら前衛を抜けますっ!!」
左右に携えた二張りの大弓から立て続けに放たれる矢は、徐々に敵の防御力を削いでいった。しかし、そんな簡単に勝負はつかないものだ。だって……その後列には戦車が待ち構えているもの。
「指令する。前衛はそこを退き、戦車列は前へ。あの邪魔者どもを排除せよ」
その呼びかけにより、徐々に陣営が組み替えられてゆく。戦車の数は計四両。銃とは比べ物にならないほど太い砲口が目の前に並んだ。
……よく考えたら、こんな町中で戦車なんか使っていいのだろうか。弾が変な方へ飛んだら危ないような……どちらにせよ、民衆は文句を言えないのか。学園の前を通り過ぎる人達は見て見ぬふりをするに違いない。
「撃て」
様々な能力で弾幕を張り、飛来する砲弾を間一髪のところで撃ち落とす。だが、その穴を潜り抜けてしまった数発が校舎の壁に直撃し、炸裂。それに気づいたエルダがすぐさま消火し、炎が広がるのは免れた。
当たった瞬間に燃え広がるということは、火薬とか燃料とかを弾の中入れているのだろうか。
敵の攻撃は止まる所を知らない。このまま弾切れを待つとしても、それまで耐久できるか……戦車は4両だけだが、軍を出動させるほど国は本気だ。なら、替えの弾などいくらでも用意しているはずだ。
何か、突破口はないだろうか。攻撃を加えようにも、戦車の装甲を貫通するのは容易ではない。陣形を崩そうにも、盾となる前衛を倒しても直後に補完されてしまう。すると狙えるのは……必然的に、ただ一人。
ミラもそれに気が付いたのか、考えている私の様子を隣で窺っていた。だから、私は彼の目を見つめて大きく頷いた。
片方の大弓につがえられた矢は勢いよく離れ、その人物の心臓を射抜こうと一直線に空気を切っていく。
軍隊を統率し、かつ誰にも守られていないあの人を倒せればこの戦いは終わるはずだ。
戦車列のすぐ後ろ、その中心でミラの矢が爆発を起こす。無防備の人間なら、耐えられるわけがない。
「どうでしょうか……」
もくもくと立ち昇る黒煙。ちょっと待て、何かがおかしい。そうだ、どうして周囲の軍人たちが動かないんだ? 指令塔が傷つけられれば心配して当然だと思うが……。
その瞬間、場を一気にかき回すかのように強風が吹き付けた。飛ばされまいと姿勢を低くし、地面を手をつける。植え付けられた樹木の幹は悲鳴を上げていた。
「指摘する。悪魔の力はどうあがいでも、神の力を超えられないのだよ」
そこには傷一つ負っていない白髪の軍人がいた。
「貴様らの名を知っているのだから、こちらも名乗るべきか。俺はワーロミュー軍元帥、アギル=レイナーだ」
それを耳にした生徒達がざわつき始める。えっと、「元帥」ってそんなに凄いの? しかも一人称が「俺様」って、聞いた瞬間に吹き出しかけたんだけど。
私が理解できていないことを察したエルダが耳打ちした。
「『元帥』というのは軍隊の最上級の階級ですのよ!!」
超強い人ってことじゃん。じゃあ、国はそんな人をわざわざ送り込んできたってことか……。
「俺を直接倒そうとしたところは褒めてやろう。だが、神に逆らう悪魔は、その使者である天使が裁かなければならないのだよ」
彼のセリフのある単語を、私とミラは聞き逃さなかった。そう、「天使」だ。
「指令する。作戦二に移れ。この際、轢き殺しても構わん」
不気味な音を立てながら戦車たちが動き始めた。能力による投射物をものともしない鉄の塊が、砲身を向けたまま突っ込んできたのである。
エルダが作りだした氷の壁を悉く粉砕し、ミラの受けてもビクともしない。アギルの命令通り、グルグルと回り続けているその足で私達をぺちゃんこにしようと、速度を落とすようなそぶりを一切見せなかった。
標的は先に、そして確実に殺そうというわけか、そのうち1両の戦車が私に迫る。
鋼板の輪が私を巻き込もうとしたその寸前、目を瞑った私の耳には確かに聞こえた。金属板を金槌で思いっ切り殴るような、いや、それ以上の音が!
「まったく、エルが死んだら困るんだっての」
銀色の髪が目の前で揺れていた。その先には砲身が有り得ない方向へと捻じ曲がり、ひっくり返された戦車の残骸。それを目にした生徒達は再びざわつき始めていた。
「リーン!!」
「まーためんどくせぇやつと戦ってんのかよ。なんでこうなったのかは知らねぇが、オレの出番みたいだな」
彼女の炎のように赤い目は、いつになく輝いていた。拳をギュっと握り、目標を一点に定める。
「ほう、悪魔のお出ましときたか……いいだろう。俺が相手をする」
「あ? 天使かなんだか知らねーけどよ、エルに手を出そうとしたやつは……オレが叩き潰す!」
そう叫んで、アギルの元へ駆け出したリーン。鉄くずと化した戦車を踏みつけ、飛び上がった。
「命令する。自然よ、我が盾となれ」
「っ!!」
アギルの頭に向かって斜め上から繰り出されたリーンの蹴りが、空中で停止する。想定外の出来事に、彼女自身も動揺しバランスを崩してしまった。
「命令する。自然よ、我が剣となれ」
その時何が起こったのか、私には全く理解できなかった。嫌な予感からか、首を後ろへと曲げたリーンの前髪の数本、その先がスパッと切られて舞い上がったのだ。
未知の攻撃をギリギリで躱し、地に足をついた彼女はそのまま大きく後ろへと跳ね、一度アギルと距離をとる。だが、天使の裁きは終わらない。
「命令する。自然よ、我が羽となれ」
そう呟いた直後、アギルの体はまるで何かに押されているかのように、物凄い速さで飛びかかってきた。何だ、何なんだ、この人の能力は!
「クソっ!!」
避けきれないと判断したリーンが腕を十字に組み防御の耐性をとる。人間との戦いなど、赤子の手を捻るようなもの。金属だって、簡単に曲げてしまう。そんな悪魔、リーンが初めて叫び声を上げたのだった。
「なんだよ、これ……」
地面に叩きつけられた彼女は私に、攻撃受け止めたを両腕を見せた。黒い上着は破れ、腕には大きなと切り傷ができていた。そう、まるで刃物を当てたかのような。
確かに、アギルは「剣」と口にした。でも、彼は手に何も持っていないのだ。それだけじゃない。リーンの蹴りを防いだときも、彼は何も使っていなかった。目が捉えられない盾、そして剣……これが天使の力だというのか。
「おい、エル! お前も戦え!」
苦しい表情を見せながら、リーンが声を上げる。私が炎を放ったところで、戦車だって、銃を持った軍人ですら倒せるはずがない。
「……私の力じゃ、何の役にも立てないよ」
ましてや、アギルに攻撃を加えることなんて……。
「お前、バカかよ!!」
さらに声量が上げ、私に突き刺すかのごとく言葉を発した。すぐそこに立っていたアギルも、一瞬驚いた表情を見せた。
「はじめっから、そんなことは頼んでねぇよ。エルは……エルにしかできねぇことをやれ!」
私にしかできないこと……私は、今までの戦いをどうやって潜り抜けてきた? そうだ、力だけで勝った勝負など一つもない。
そうか、あの未知の力の正体を特定できれば!
「分かった!! 待っててね、リーン!」
そう言い残して、校舎の中へと駆けていった。




