04.自分の責任は自分の手で
差出人の分からないその書き置きに書かれていたのは、私とミラ、そしてこの学園への軍隊からの「警告」だった。まあそんなものをわざわざ置いてくれたおかげで、学園長を殺した犯人はすぐに分かったわけだが。
「つまり、軍隊がやったってことだよね」
軍隊というと、昨日の帰り道に見た列車が記憶に新しい。やはり銃火器が主力なのだろうか。それとも、能力を使う者が多いのか……敵に回すと厄介なのは明白だ。
「これ……どういうことですの?」
涙を制服の袖で拭い、下がっていた首を戻したエルダは、私にそう問うた。
初めは「言わない方がいい」、いや「言ってはいけない」、そう思っていた。ディザニークを信じる人に向かって「ファイザーに復讐する」なんてことを明かしたらどうなることか。そこまで直球に言わなかったとしても、国家への反逆を企てていることがバレてしまえば周囲の信者は敵と化すだろう。
それを隠していたら、今度は自分が殺されてしまうかもしれないから。
本来は人々に幸福をもたらす神。それを信じているのに、その力を得た神官が制裁を加える。宗教としても、政治としても、こんなことがあっていいのだろうか。
だが人は、命を守るためには権力に従わなければならない。
それなら、エルダに黙っておくことができるものか……できるわけがないだろう。私のせいで、私が学園を「利用」してファイザーに近づこうとしたのが原因なのだから。
「……今まで黙っていてごめんなさい。私達のこと、すべて話します」
それから覚えている限りのことを全部話した。村が襲撃を受けたことやリーンに助けられたこと、この学園に来た理由や天使という存在まで、復讐という目標までもぶちまけた。
勿論、全ての元凶がファイザーであることも。
「……ディザニーク様を信じていないからといって、不当な扱いを……許せませんわね」
皆、ファイザーの独裁に問題があるのは分かっているのだ。「許せない」と、意見をそこまでで止める。誰も行動に移したりなんてしない。だから、この国は何も変わらない。
ずっと、そう思っていた。
「それなら……立ち向かうしかないですわっ! お父様の敵を討つためにも、この学園の為にも!」
軍隊という国の差し金にも怯えず、ただ自分の信念を貫こうとする強い気持ち。私達と同じ、復讐の炎が彼女の心にも点いたのだった。
「とはいうものの、あなた達に同行することはできませんわ。だって……」
一度言葉を区切り、力強く立ち上がった彼女はこう言った。
「私は学園長の娘にして才色兼備な生徒会長、エルダ=レイクロックですもの!!」
えーと……学園を守る義務があるから離れられないっていう解釈でいいのかな?
* * * * *
「こちらですわ」
外壁と同様に、白と青を基調とした校舎。廊下の天井や窓枠にも、細部まで装飾が施されていた。一体、建設費はどれほどだったのだろうか。
講堂を除いて、初めて校舎内に入った私はそれに見惚れて終始キョロキョロしていた。
「何かするんですか?」
人見知りのせいか、エルダと合流してからずっと黙っていたミラがそう疑問を投げかけた。あの後「それでは、私についてきてくださいな」と言われ、どこかへ案内されているようなのだが……。
「どこって……ワタクシたち3人だけで、軍隊を止められるとでもお思いで?」
「でも、これ以上加勢してくれるような人はいないんじゃ……」
私がそんな弱気なことを口にすると、エルダは振り返ってこう言った。
「いいえ、いますの。この学園の中に……それも何人も、ですわ」
彼女が扉に手をかけた部屋、それは「放送室」だった。その中にあったのは巨大で複雑そうで、そして値が張りそうな機械。するとエルダはそのボタンを一つ押し込み、それに向かって話し始めた。
「生徒会長のエルダ=レイクロックですわ。生徒の皆様に、ワタクシからお願いがありますの」
目の前にいる彼女の口から出た音が、少し遅れて後ろの廊下から聞こえてくる。もしかして、敷地全体にこの声が届いているのだろうか。まあ、科学に疎い私には仕組みなど到底理解できないだろうが。
「ワタクシのお父様……いえ、学園長が殺されましたわ」
一拍置いて、その犯人も明かした。
「それも、国に」
それを聞いた生徒達は、今、どう感じているのだろうか。少なくとも、死んでも復讐してやるとまで思っている私には理解できそうにない。
「二人の生徒の命が軍隊に狙われておりますの。きっとそれに従えば、学園がこれ以上の被害を受けることはないでしょう」
片方の皿には私とミラ、そして学園という存在が。そしてもう一方の皿には自分の命が。そんな天秤が今、皆の心の中に存在している。どちらに傾くのかは、個人個人に委ねられるだろう。
「でもワタクシは……友達を守りたい。そしてお父様のこの学園を守りたい。だから……」
すうっと深く息を吸い込むエルダ。一旦心を落ちつかせ、再び収音機に口を近づけた。
「逃げたい生徒は咎めませんからご自由にお逃げなさい! 残る者は校門の前へ! これは学園と国の、そして子供と軍隊の戦争ですわっ!!」
そう言い放って、押し続けていたボタンから指を離した。
* * * * *
校門の先に形成された濃緑の壁。それぞれが武器を携え、その後ろでは巨大な鉄の塊が目を光らせている。
軍隊の列のど真ん中から出てきたのは、一人だけ違う服装をした白髪の男。白髪といっても加齢によるものではなく人為的な、まさに「純白」といえるような色をしている。それら先端は鮮やかな赤で染められており、異様な禍々しさを醸し出していた。
「警告する。今すぐにその二人を引き渡せ。さもなくば、この学園ごと吹き飛ばすことになる」
後ろに並ぶ軍服がまるで背景であるかのように、浮いて見える灰緑の生地。その胸元には幾つもの金色に光るバッジがつけられていた。見たところ、かなり階級が高そうだ。
「残念ながら、そうはいきませんのよ」
エルダがその気迫に負けじと言い返す。
「ふっ、そうか。だが、その人数で軍に立ち向かうとは……なめられたものだな」
それを聞いて嘲笑する白髪の軍人。そう、校門の前には誰も集まっていなかったのだった。
先程のエルダの校内放送を聞いて、数人は助けてくれると思ってしまった自分が憎かった。全て、私達の責任なのに。全て、私達だけで終わらせるべきことなのに。
「……こっちだって、なめてもらっちゃこまるんだけどなぁ?」
突然、背後から耳に届いた声。その声の主は開いた窓の枠の上に立った男子生徒だった。私が見たことも、当然話したこともなかった彼はそこから飛び降り、足を痛めながらも私達の方を向いてこう言った。
「お前たちのこと、全然知らないけどさ……同じ学園に通う仲間じゃないか。なあ、みんな?」
彼の言葉に続くように、玄関や校舎の影、植木の裏からも、何人もの生徒が姿を現したのだった。そんな、どうしてそこまで……。
その光景に目を丸くした私の横で、エルダはぽつりと呟いた。
「お父様……あなたの伝えたかったことは、ちゃんと生徒たちに届いていましたわ」
天を仰ぎ、目に涙を滲ませながら。
「はは、いいぞ。面白いではないか……命令する。射撃を開始せよ」