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偽神のラキュエル  作者: 彩雨カナエ
Chapter.4 虎狼の元帥と復讐の代償
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03.学園長の覚悟

 目に映る木目に違和感を覚える。窓にはカーテンがかけられ、その隙間からは朝日が射し込んでいた。


「ってここミラの家じゃん!」


 驚いた勢いでガバッと体を起こす。壁にかけられた時計を見ると……朝になっていた。あのまま寝てしまったということか。

 いつの間にか酷い関節痛も治っていた。床の上に何も敷かずに寝ていたからか、腰は痛いが。リーンの膝は一体どこへ……。


「やっと起きましたか。どれどれ……ヨダレは垂れていない、と」


 二階に続く階段から降りてきたリズ。その姿が視界に入ると、無駄にうるささが増す。


「もうそれで弄らないでよ……」


 別に、リーンが私の特徴とか性格とかをリズに話すことは気にしない。ただ、他に話すべきことは沢山あるだろう。どうしてそれを話してしまったんだ。私だって、年頃の女の子なんだよ……。

 反撃しようにも「意外と胸が大きい」くらいしか思いつかない……それ、得じゃないか。あんな大雑把な性格の割に、ボロは出ないものだ。


「ミラはどうなの?」


「まだ眠っています。もう回復するころですから、起きたら学園に行かせますよ。あなたは先に行って大丈夫です」


 そういえば、シャノンと会ったのは学園からの帰り道だった。制服には少し煤がついてしまっているが、このまま行ける状態ではある。


「あれ? リーンはどこか行ってるの?」


「朝早くに出ていきましたよ。何かの『下見』と言っていましたけど……」


 散歩ではなく、何か目的をもってリーンが出かけるのは初めてではないだろうか。その「下見」とやらが何のことなのかは、知る由もないが。



 * * * * *



「お、ラキュエルか」


 いつも通り、校門をくぐって一直線に向かったのはイルカナの研究室。扉を開けたら、彼女は見覚えのある薄黄色の液体を手に持って実験をしている最中だった。


「爆薬の調合中だから近づかないほうがいいぞ」


「えっ」


 私がいたのは、そこまであと二、三歩ほどの距離。急いで壁まで下がり、落ちていた紙を盾にした。それだけ焦っていたのだ。


「……よし! 新作が完成したぞ!」


 ガラス管の中身は先程とは打って変わって、濃さを増して不気味な色になっていた。爆薬というよりも毒薬のように見える。


「新作って、何が変わったんですか?」


「フッ、説明して欲しいか……欲しいんだな? ラキュエル」


 無意識に口から出た質問が、イルカナの変なスイッチを入れてしまったようだ。


「前まで使っていたのは軽い衝撃でも起爆するし、液体だから容器ごと投げつけるしかないし、何か変な臭いもするし……とにかく使いにくいものでな。改良したかったのだよ。コイツはこんな色をしているが揮発性が高いのが特徴で、気体の状態では無色になる。しかも臭いもない。つまりは無色無臭の気体爆薬だ」


 いや、それ危なすぎでしょ……万が一、容器の蓋を開けっ放しにしてしまったら研究室ごと吹き飛んでしまうのではないだろうか。


「それはそうと、この後講堂で学園長が何か話すらしいが……」


「え、何かあったんですか?」


「……私にもよく分からん。ただ、今朝はかなり暗い顔をしていたな」


 そんな話をしていると、静まった研究室に扉を叩く音が響いた。イルカナから出るように言われ扉を開けると、そこに立っていたのはミラだった。


「やっぱりここにいたんですね。昨日はご迷惑をおかけしました……」


 会っていきなりの謝罪に、慌てて彼の頭を持ち上げる。むしろ謝るべきなのはこっちの方だ。私が足手纏いになってしまったのが、彼に怪我をさせてしまった一番の原因だから。


「さてと……君達、早く講堂に向かいなさい」


 * * * * *



「生徒諸君に言わなければならないことがあります」


 学園長の話はその一文から始まった。講堂の中に緊張が走る。


「昨晩のことです。国の方から、とある命令が下されました」


 その単語を聞いてミラの方に顔を向けると、ぴったりと目が合った。彼も考えていることは同じなのだろう。


「それは『大会の中止』です」


 予想通りの一手だった。シャノンが天使だとすれば、彼女が私達を襲ったのは確実にファイザーの命令によるものだ。戦ったときも制服を着ていたのだから、私達がこの学園にいることもバレている。


 国にとってこの学園の大会は、反逆者を狩る絶好の機会なのだ。学業か能力が優秀な子供だけが集められたこの場所において、最強を決める勝負……だが、その優勝者がもし国家の転覆を狙っていたらどうなるか。

 力のあるものを露わにしてしまうが故に、思想が不都合なものであればその生徒に危険が及ぶだろう。要は「育つ前に芽を引っこ抜けばいい」ということだ。


 推測になってしまうが、村から逃げ出した私の情報はすぐに把握されていたのだろう。大会をこっそり見ていた国の関係者がミラの力に注目し、彼と一緒にいるリズのことに気づいた。無論、悪魔が憑りついた人間は国家の敵だ。天使であるシャノンを使って、二人纏めて殺そうとした。きっと、こんな感じだろう。


「その命令に背いたらどうなるか、想像もできません」


 誰だって「最も大事なものは?」と聞かれれば、自分の命や家族や財産と答えるだろう。ファイザーの命令に従わなければ、学園長は自分の命が危うくなる。エルダにだって影響が及ぶかもしれない。


 生徒のことも大事だとは思っているだろう。だが、自分の身内はそれとは比べ物にならないほどの存在だ。学園長は「中止」の選択をする。

 そう思っていた。


「私は自信の理念を貫きたいと思っています。権力に教育が制限される、そんなことがあってはいけないでしょう。ですから……例え国に歯向かうことになったとしても……私が『全責任』を負って大会を続行します」


 彼は生徒たちの前で、そう宣言したのだった。



 * * * * *



 講堂を出てすぐ、中庭の花壇の前に置かれた椅子に、二人で腰掛ける。学園長の話が長過ぎて、足が棒になってしまった。


「あー、長かった……どうしようか、今日の話のこと」


講堂を出る途中、何人もの生徒が同じようなことを言っていた。「このまま続行したら俺達も危ないんじゃ……」と怯える男子。「『全責任』って言ったところで、国はそんなのお構いなしでしょ」と苦言を呈する女子。やはり皆、国には逆らうのには恐怖を感じるのだろう。


「元はといえば、原因は僕達なんですよね……僕達には、学園長を止める義務があると思います」


「でもあの人、意志が固そうだよ? 止められそうにないけど……」


「確かに、そうですね……」


 この学園の生徒がどうなろうが、復讐には関係のないことだ。ファイザーへの最短の道が閉ざされるだけで終わる。

 ただ、あくまでも私の標的はファイザーのみ。復讐の邪魔をしようとする人間は敵だが、関係のない人々を巻き込もうとはこれっぽちも思っていない。


 そうなってしまうと、できることは限られてくる。いや、一つしかない。


「だったら、私達でこの学園を守らなきゃね」


 それを聞いたミラも、「はい」と首を縦に振った。まあ、後ろ髪を引かれずに国に歯向かえるのは私達くらいな気がする。


 だが、その決意はもう手遅れだった。


「ラキュエル=アイザッティ、シャーミラ=フレイ……た、助けて下さい……」


 校舎から出てきたその声の主はエルダだった。息も絶え絶えで、何かがあったに違いない。


「お、落ち着いてっ!」


 足元がおぼつかず、倒れそうになる彼女を肩で支える。その体からは、異常なほどの震えが伝わってきた。額には尋常じゃない量の汗をかいている。


 エルダの手を首の後ろに通した瞬間に、視界に入り込む赤黒い何か。彼女の手の甲についていたそれは、確かに血液だった。

 数歩進んで椅子に座らせると、彼女は目を見開いて叫んだ。


「お、お父様が……お父様がっ!!」


 彼女の焦りと血から、その次に続く言葉は容易に想像ができた。それでも、喚く彼女を見て私は唾を飲み込んだ。


「亡くなっていたんですのっ!!」


 その言葉とともに、先の決意がボロボロに崩れていく。私のせいで学園長が……いや、エルダのお父さんが……。


 この騒動の根本に私の存在があることを知る生徒はミラ以外にいない。本当は……せめてエルダには……言うべきなのかもしれない。

 でも、私にはそんな勇気が無かった。


「それよりも、これを……」


 椅子の上で泣き崩れる彼女は顔を上げないまま、手に持っていた紙切れを差し出した。強く握ったのだろうそれは、くしゃくしゃになっていた。


 だが、それを読んだ私は目を白黒させることとなった。


『警告する。一時間後、我々ワーロミュー軍はレイクロック学園へ向かう。直ちにラキュエル=アイザッティ及びシャーミラ=フレイの身柄を拘束せよ。さもなくば、あらゆる武力を行使する』

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