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偽神のラキュエル  作者: 彩雨カナエ
Chapter.4 虎狼の元帥と復讐の代償
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02.三人の天使

 後頭部にある、この不思議な感触は何なのだろう。少し柔らかくて、温かくて、まるで包み込まれているような……。


「おい、気がついてんならさっさと起きろ」


「……バレてたかぁ」


 仕方なく目を見開くと、真っ先に飛び込んでくるリーンの顔。やはり予想通り、私と彼女の位置関係からして間違いない。膝枕だ。


「いや、リーンがこんなことしてくれるの珍しいことだし、もうちょっと……」


「今すぐどけ」


「……はい」


 木製の床に手をつき、上半身を起こそうとする。しかし下に向かって力をかけた瞬間、全身のあらゆる関節が悲鳴を上げたのだった。


「なに、これ……」


 再びリーンの膝の上に倒れこんでしまう。それを見た彼女は、想像していたとおりだと言わんばかりに、小さく溜息をついた。


「やはり、そうなっていましたか」


 寝たままでは視認できない方向から、聞き覚えのない声が聞こえてきた。敬語だが、ミラよりもずっと低い、大人の男性の声。


「誰?」


 そう、見えない相手に向かって問いかける。リーンが手出しをしないということは、私達の味方なのだろうか。


「やはり話していなかったようですね……初めまして。あなたにとっては二人目の悪魔、リズです」


 自己紹介とともに、私の顔を覗き込むように現れたくすんだ青髪の男。至るところに金属製の服飾品をつけている。


「二人目の……」


 いつだったか、リーンとそれについて話をした気がする。三人の悪魔と人間を揃えること、それが確実に復讐を成功させるための条件だと。

 目の前に二人目の悪魔がいる、これでまた目標へと一歩近づいたというわけだ。


 あれ? そういえば、ここ……どこなのだろう。窓にはカーテンがかけられているし、天井には照明もあるし……あの空き家ではない。


 というか、さっきまで私は……!


「ねえ!! ミラはっ!?」


 誰かと戦っていて、それで……後半の記憶が曖昧だが、ミラが危険な状態にあったことだけは鮮明に覚えていた。確か、脇腹を弾が貫いて……。

 痛みに耐えてでも無理やり立とうとする私を、リズの手が制止した。


「安心して下さい、治療しておきましたから。今は上の階のベッドで寝ています」


 リーンの顔から天井へと視線を動かす。木の板を隔てたその先に彼が眠っている。その事実を知れただけで、私の心は安らいだのだった。

 よく考えてみれば、この部屋……ミラのお店じゃないか。どうりでカーテンの柄に見覚えがあると思ったわけだ。端には例の機械も置いてある。


「それにしても驚いたぞ。散歩してたら港の方で爆発があって、行ってみたらお前らが倒れていたんだからな」


 爆発……そうか、最後に……。いや、じゃあアイツは一体……。


「ちょっと! 他に誰もいなかったの? 金髪の女とか……」


「エルは金髪の女だろ。鏡でも見たらどうだ?」


「そうじゃなくて!!」


 私がボケているとでも思ったのか、壁に掛けられた鏡を指で差しているリーン。

 燃料が入った缶に引火して起きた大爆発。あの女は爆発の中心にいたわけではないのだから、死体すら残らずに吹っ飛んでしまう、なんてことはないはずだ。


 となると……逃げられたということか。


「あなた達を襲ったのは、どんな人間だったのですか?」


 それを聞いて、今度は私に質問をするリズ。何と言うか、リーンとの会話と違って無駄がないように思える。


「長い金髪で、黒い服を着てて……なんか変な力を使ってきたんだよね。物が『横に落ちる』みたいな……」


「なんだそれ。普通は下に落ちんだろ」


 そんなことは言うまでもなく、ここにいる全員が理解している。物を持ち上げてから手を離せば、下に落ちる。常識だ。


「……その人間、心当たりがあります」


 リズが上着のポケットからメモ帳を取り出し、パラパラと捲り始める。その丁度真ん中あたりで手を止め、私達に開いて見せた。


 茶色混じりの髪の上に書かれた見たこともない文字の数々。推測するに、悪魔特有の文字なのだろうか。とんでもなく危険な儀式か何かのやり方でも書いてあるのだろうか。


「なんて書いてあるんだこれ」


「随分と前の文字ですから、現代の人間は読めなくて当然なんですけど……あなたは読めないとマズいでしょう」


 成る程。ディザニークへの信仰が生まれたころの古代文字ということか。リーンが解読できなかったのは、ただ勉強しなかっただけだと……。まあ、らしいといえばらしい。


「このページは要注意人物の情報を集めて、纏めたものです。確かこの辺りに……」


 文字の上に指を置き、滑らせながら読んでいく。探し物は得意な方だが、残念ながら手伝えそうになかった。


「っ! やはり!」


 何かに気付いたリズが興奮気味に声を上げる。それに対し、私達もメモ帳へと目を向けた。勿論、全く読めないのだが。


「彼女の名前はシャノン=ファロック。『ミークシュヴァリア』という組織のリーダー。そして……」


 一拍置いて、こう言った。


「天使の一人でしょう」


 と。

 聞いたこともない単語の連続に、情報の処理が追い付かない。よく分からない団体のリーダーで、天使……? 天使って、何だろう。

 単純に考えれば、神の使い……そして、悪魔の敵だ。となると、リーンやリズと対になる存在なのだろうか。


「天使とは、神に永遠の忠誠を誓い、神の力を二番目に受ける権利を得た、人間に過ぎません。しかし、その力は常軌を逸しています」


 永遠の忠誠。リズはその言葉の後に、「たとえ死んだとしても解消されない、神が存在する限り続く永遠の契約です」と付け加えた。

 体自体はただの人間、だがその中身は神に認められたもの。普通の信者を圧倒するほどの力を揮う。でも、さっき私達が戦った相手が……その天使?


「天使は三人、そう聖典に書かれています。残りの候補も数人まで絞り込んだのですが……」


「おい、リズ。ちょっと待て。何でお前、そんな情報持ってるんだよ」


 私がツッコむべきか否か、話の序盤のあたりから迷っていたことを、リーンが無神経に突き刺す。破壊の悪魔は話の流れも破壊した。


「それでしたら、近所の奥様方から」


「は?」


 確かに、リズの顔は整っている方だと思う。話も上手いから、そういった女性はいてもおかしくはないと思うが……。


「お前、まさか人妻にまで手を出して……」


「『にまで』だと語弊がありますよ。別に、一度も手を出したことなど無いんですがね。大体、人間ではなく悪魔ですからそういうことは……」


 何やら大人?な感じの会話が始まってしまったので、終わるまで黙って聞き流すことにした。参加できない気がしたのだ。リーンがリズの話を聞いて、慰め始めた理由も分からなかったから。


「というか、さっきの嘘ですからね? 悪魔の力で記憶を覗いたりできるんですよ」


「な? こいつ気持ち悪いだろ」


「ハッキリと言いますね。心までズタズタに破壊するつもりですか……」


 もう救いようがなくなってきた。変な気持ちはないだろうけど、確かに頭の中を覗かれるのは嫌だよ……あと最後、謎の敗北感を覚えた。



 * * * * *



 照明が落とされ人の気配のなくなった真夜中の学園を、小さな電灯を頼りに進んでいく。普段よりも廊下が長く感じられた。

 夜遅くの急な用事が入り今晩は家に帰らないというお父様に、お母様から頼まれ夕食を持ってきたのだ。料理が冷めてしまわないようにか、はたまたこの恐怖からいち早く逃れるためにか、足は少しずつ速まっていく。


 ぽつんと一ヶ所だけ明かりのついた部屋が目に入る。学園長室だ。

 だが、扉の前で立ち止まり、ノックをしようとした次の瞬間……。


「そんなこと、できるわけないでしょう!!」


 今までにないくらいに大きな、お父様の怒鳴り声が響いてきたのだ。誰かと会話をしているのか。いけないことだというのは百も承知だが、扉の横の壁に寄っかかり、聞き耳を立てた。


「ですが、ファイザー様のご命令なのです」


「っ!!」


 突如登場した、国の最高権力者の名前。国民はあの方の命令に背くことができない。勿論、法律で定められているわけではなく……嫌な噂があるからだ。


『歯向かったものは消される』


 そう言われている。この国の人々は「はい」としか答えられないのだ。「いいえ」は死を意味するから。


「断る!! 教育の場に、宗教と政治を持ち込ませてたまるか!!」


 それなのに、お父様は……その命令を無視しようとしている。内容は分からない。だが、かなり深刻なものだということは容易に想像がつく。しかも、学園が絡んだ……。

 娘として、止めるべきだろうか。お父様が貫こうとしている教育理念を踏みつけ、命を優先するべきなのか。

 この選択によって、何もかもが変わってしまいそうで……それを恐れてどちらも選べなかった。


「……そうですか。では、もう用はありませんので」


 話し相手が出てくる。そう感じ取り、すばやく廊下の曲がり角まで戻る。あとは、まるでたった今来たかのように振舞えばいい。それなら何も疑われないだろうし、こちらも顔を確認できる。


 扉からでてきたのは、中性的な顔立ちで細身の男性。首下にかかるくらいの白髪をして、この学園の制服をさらに暗くしたような緑の服に身を包んでいた。

 いや、その服に施された刺繡には見覚えがあった。これは確か……。


 そんなことを考えている間に、男性と出くわした。一瞬驚いたようだったが、何も言わずに横を通り過ぎていく。

 緊張から解放され溜息をつこうとした、その時だった。


「お嬢さん、盗み聞きは良くないですよ」


 気付いた時には、既に姿を消していた。ただ、確かにあの男性は小声でそう言ったのだ。中に聞こえる程の音を立てたはずもないのに、部屋の中からは外が見えない構造なのに……。


 手に持った袋の中の夕食は、既に冷めてしまっていた。

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