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偽神のラキュエル  作者: 彩雨カナエ
Chapter.3 孤独な弩砲と想起の悪魔
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08.隠し通した本当の名前

 まだ日が頭の上の方にある頃、私はミラといつもと変わらぬ煉瓦の道を歩いていた。エルダと別れた後、特にすることもなく帰ろうとしたら偶然、校門で彼と出会ったのである。ミラも丁度帰宅しようとしていたようで、今に至る。


「一回戦の結果はどうだったんですか?」


「勝てたよ。結構ギリギリだったけど」


 大会の開催期間中は、参加者以外の登校義務がなくなる。だから、今日いた生徒の殆どは観戦目的で学園に来ているわけだ。てっきり、ミラは私の試合を観てくれていたのかと思っていた……って、何を期待しちゃっているんだろう、私。


「あの……エルさん、『レイクロックの大型弩砲』についてどう思っていますか? ほら、今度当たることになるかもしれませんし……」


 この前のように、会話が途切れ途切れにならないよう気を使ってくれているのだろうか。勿論、それは嬉しいのだが……何とも言えない話題だ。

 不安を吹き飛ばすために、あの生徒のことを考えたくない自分がいる。勿論、熟考して完璧な作戦と立てることができれば、そんな感情は一掃されるだろう。しかし、それができないのだ。


 自分にとって不都合なことを思考の内から排除する。それはまるで、「国にとって不都合な人間を排除する」行為のようじゃないか。それなら、私の答えは一つに定まる。


「確かに、強いとは思う。あの矢の威力も凄かったよ。たった一発で木が何本も折れてたし……だけど、私は絶対に諦めない。私は……勝たなくちゃいけないから」


「そうですか……聞けて良かったです」


 そう呟いたミラの口は少し緩んでいた。



 * * * * *



「ところでラキュエル、シャーミラ=フレイに勝つ自信はおありで?」


 エルダの口から、急に知らない名前が飛び出す。


「それ、誰ですか?」


「知らないんですの? 『レイクロックの大型弩砲』なんて呼ばれているあの男子のことですわ」


 あの生徒、そんな名前だったのか。特に気にしてなかったな……。


「自信……正直、無いです」


 当たり前だ。何回戦になるかは分からないが、あの弓使いが待ち受けているのだから。エルダなら水の壁で矢の勢いを抑えたり、氷の壁で弾いたりすることができるかもしれない。だが、私にはその手段が存在しないのだ。


 どんなに燃え盛る炎でも、当たらなければ意味が無い。それよりも速く、射程の長い矢が勝つに決まっている。


「何言ってるんですの!!」


「……え?」


 それを聞いたエルダが、その立場に似つかわしくない大声を上げた。その声が校舎の壁に反射して、中庭に響き渡る。


「あなたはワタクシに勝ちましたわ。なら私の分まで、最後まで戦って下さいな!!」



 * * * * *



 ミラと会う前に、エルダとこんなやり取りをした。勝者は常に、敗者の上に立っている。私が諦めることで悲しむ人もいる。そう気づかせてくれた。

 だから、私は絶対に諦めない。


「エルさん、この後空いてますか?」


「あ、うん。特にやることはないかなぁ……」


 完全に忘れていたのだが、リーンはどこに行っているのだろうか。あの爆発を見に行こうとした時に別れてから一度も会っていない。きっと、また町の探検か何かだろう。


「久しぶりに海を眺めたくなってしまって。よければ一緒にどうですか?」


「港に行くってことだよね。いいよ……暇だし」


 最後の付け足してしまった「暇である」という理由。なんて私はバカなのだろう……本当はそんなこと思っていないのに。素直に「行きたい」と言えばいいだけなのに……。


 いつもは右に曲がるはずの交差点を左に曲がり、港を目指す。まあ、私は詳しい道順を知らないのでミラに付いていく形になっているが。リーンと海を見に行ったときは、建物の上を通ったから方向しか分からなかった。


 その途中、あの線路が敷かれた道に差し掛かると同時に、前と同じように警報が鳴り始めた。人々が一斉に道路の端に寄る。

 すると、その先から顔を出してきたのは、あの時とは違いくすんだ緑色に塗装された列車だった。連結された貨車も、少し変わった形をしているように見える。何というか、前のよりも重厚そうだった。


「この列車、普通じゃないような……」


「ああ、これ軍事用の貨物列車ですよ。中に武器とか爆弾とか、危ないものを積んでいるので貨車が特殊なんです」


 軍事用……軍隊といえば勿論、国の機関だ。もしかしなくとも、私と敵対することになるだろう。なんせ、この国の軍隊は国外での戦争だけでなく国内での治安維持も行うからだ。警察というものも存在はするが、その権限や武力の差は大きいと聞く。


 だから、もし私を探すようにファイザーが命令すれば、最も早く動く団体なのだ。警戒する必要があるだろう。

 こっそりとミラの影に隠れるような位置に移動する。すると彼は振り返り、話しかけてきた。


「どうかしましたか?」


「あー……ううん、別に何でもないよっ!」


 焦っているのがバレバレな反応を見せてしまう。どうして、彼の前ではこんなにこんがらがってしまうのだろう。

 必死に誤魔化そうと、列車が通過しきったのを確認して足を前に出す。


「ほら、早く行こっ!」


 そう元気よくミラに言ったほんの数秒後、私の足が地面から離れた。地面に埋め込まれたレールを目にして一瞬で理解する。溝につま先を引っ掛けて、転びそうになっている真っただ中だと。


 パシッ。


 その音と共に体の動きが止まる。後ろを振り返ると、ミラが私の腕をギュッと掴んでいた。


「あ、ありがと……」


「よそ見してると危ないですよ?」



 * * * * *



 ミラと私、たった二人だけしかいない港。波音だけが鼓膜を揺らす。

 この場所には妙な思い入れがある。リーンと復讐を決意した場所だからだ。


「この海の先って、どこに繋がってるのかな」


「きっと、どこか別の国に着くんでしょうね。何だか海を見てると、いかに僕達が小さい存在なのかを分からされます」


 潮の香りが混じっているものの、ほんわかした空気感。このままいつまでも続いてくれたら……そう思っていた。

 しかし、期待というものは必ずと言っていいほど裏切られるものである。


「コイツらかぁ? 今回の標的ってのは」


 背後からザッという音が幾重か重なって聞こえた。反射的にバッと目を向ける。

 そこには男が二人と女が一人。私達を「標的」と呼んだのだから、確実に敵だ。


 真ん中に立っている男が服の中へ腕を伸ばし、黒い何かを取りだしてこちらに向ける。この形、銃ってやつか……。


「おいおい、お前ら大人しくしてろよ? 事情は知らねぇが、依頼なんでね」


 私達の頭を狙う片手銃。脅しに使うつもりなのか、それとも……この場で殺す気なのか。

 この状況で明らかなことが一つ……結構マズくない? いや、命の危機だよね。


 間の距離を考えると、私の火炎放射よりも銃弾の方が速く到達する。攻撃しようとするのは、逆に危険か……。

 だが、逃げるのも安全は保証できない。どうすれば……。


 その時、ミラが私の耳元で小さく声を発した。


「お願いがあります……今から何を見たとしても、僕を嫌いにならないでくれますか?」


「えっ……も、もちろんだよ! でも何を……」


 この後何をしようとしているのか。この場を切り抜けられる作戦でもあるのか。そう聞こうとした私の言葉を遮るように、ガシャンという金属音が耳に届く。


 矢をつがえた、二張りの大弓。私の目の前にいたのは確かに、あの男子生徒だった。


「大人しくしろっつってんだろ!」


 そう叫んで、男が引き金を引く。それと重なるように、横にいる彼が二本の矢を放った。


「がはっ!」


 一方は自分に向かってくる銃弾を弾き飛ばし、もう一方はその男の腹を射た。


「今まで黙っていてすみませんでした……僕、シャーミラ=フレイって言うんですよ」


 ずっと聞いていなかったミラの本名。彼があの弓使いだったなんて……思ってもみなかった。


「ちょ、どうすんのよ!? こんなに強いだなんて聞いてないわよっ!」


「知らねえよ! く、来るな!」


 弓を二人に向けながら、徐々に距離を詰めていくミラ。逃げ出そうとした女の背中を容赦なく射抜き、二本の弓が残った男に向けられる。


「わ、悪かった! い、命だけはっ!」


 地面に膝をつき両手を挙げて、無抵抗の意志を表明する。ミラがどうするのかと後ろから見守っていると、突如、男の体がひょいと宙に浮いた。


「……へ?」


「子供相手に苦戦してるポンコツは要らないのよ?」


 その声がした直後、まるで「横に落ちる」かのようにその体が動き出し、港の建物の壁に打ち付けられた。頭から血を流し、その場に崩れ落ちる。


「エルさん、気をつけてください!」


 いつの間にいたのか、空中からフワリと私達の前に降り立った女。暗灰色の服に身を包んでおり、明るい金髪が一際目立っている。


「……だ、誰なの?」


「あなたたちがアタシの名前を知る必要なないのよ? どーせ、この後死んじゃうんだから」


 女はニヤリと不敵な笑みを浮かべると、上着のポケットに手を突っ込み、そこから取りだした透明の玉をパッと宙に放り投げた。普通ならその場に落ちるはずの玉。しかし、それらは明らかに不自然な運動を始めた。


 やはり「横に落ちる」ように、加速しながら一直線に飛んでくるのだ。


「避けてください!」


 ミラではなく、私を狙っていた玉。地面を蹴って後ろに跳ね、間一髪のところで回避する。

 それを確認したミラが、弓の照準を金髪の女に合わせる。


「あら、怖い子ね。別に撃ったっていいのよ?」


 あからさまな挑発。ミラもカチンときたようで、両方の弓から矢を放つ。

 避けられるはずがない、そう思っていた。だがその光景に、私は目を疑うこととなる。


「浮いた!?」


 地を離れた彼女は器用に体を曲げ、二本の矢を見事に(かわ)してしまった。人間には羽が無い。生身で宙を舞うことはできないものだ。


 だからこそ思う。これは反則じゃないか、と。


挿絵(By みてみん)

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