07.人間は孤独を嫌う
あの爆発の正体も気になるが、オレとエルに目を向けているやつが一人、校舎の柱に寄っかかっているのが見えた。「用事がある」と少々強引な理由をつけて、エルと別れる。
「まったく、悪趣味なやつだな」
「あなたこそ彼女を応援しに来るなんて、そんな性格でしたかねぇ……」
青い髪を指でクルクルと弄りながら、そこで待っていたのはリズだった。生徒で溢れかえっている会場周辺を離れ、校舎の裏に話の場所を移す。オレ達の正体が悪魔だとバレたらひとたまりもない。
「それで、お前が来るってことは何かあるんだろ?」
「ええ、そうですよ。無意味にあなたに絡むだなんて面倒なことはしませんから」
「……あ?」
元からリズはこんな性格だ。笑顔で心に傷を負わせられるようなやつなのだ。バカで悪かったな。
「気を取り直して……最近、何か違和感を覚えたことはありませんでしたか?」
コホンとわざとらしく咳払いをし、続いてリズはそう言った。違和感か……分からん。大体、「最近」言われてもオレがエルに憑りついたのはつい先日だ。それより前のことが分からないのだから、比べようがない。
「先日……私とあなたが会った前夜祭の一日前ですよ。明らかに気温が変でした」
「そういやそんなこともあったような……ああ、あのエルの横で寝ちまった日か……」
あの夜だけ、少し記憶が曖昧になっている。毎晩のように外を警戒し、満足のいく睡眠をとっていなかった。ただ、あの夜だけは……窓から吹き込む冷たい外気に触れて、無意識にエルの温かさを求めてしまったのかもしれない。
「あなたが近くにいれば私も分かりますから、この町に来たのはほんの数日前でしょう? それより前にも、妙に暑い日や風向きが不自然な日、猛烈な雨が降った日なんかもありました」
「別に、変な天気になることだってあり得るだろ」
所謂、理論派のリズがこういったことを言うのも珍しい。だが、天気ってのは気まぐれなものだ。急に大雨になることもあるし、真夏に雪が降ることだって……いや、それはないか。
「はい、それは分かっていますよ。しかし……」
そこで一度口を閉じ、一拍置いて話し始めた。
「『天使』の影響じゃないでしょうか?」
リズが発したその言葉が、頭の中を駆け巡る。
天使。無論、それらは悪魔の敵だ。だが、オレ達が遭遇したことはない。聖典によれば、ディザニークは悪魔達を倒した後、力の一部を三人の人間に分け与えたとされている。その人間どもが天使と呼ばれているのだ。
「ん? 天使がどう関係あるんだよ」
「はぁ……天使という存在が作り出されたのは、元々は、自然の制御を任せる為だったんです。神も手一杯だったんでしょうね。すると、まあ、今回の現象の原因も見えてきますよ」
異常気象と天使の関係……か。正直に言おう。リズの説明を聞いても全く分からん。
「早く答えを言え、答えを」
「相変わらずせっかちですねぇ。聖典の通りだとすれば、天使は言わば『神に権限を付与された人間』です。つまり神は人間を天使にできて、その権限を取り上げることもできる……勿論、聖典によって三人までと縛られてますが」
天使は普通の人間よりも強い力を行使できる。言うまでもなく、それは神の力を直接分け与えられているからだ。
「もしもファイザーが、天使を悪用しようとしたらどうなるか。すなわち天使に定められていない仕事をさせたら、自然が不安定になることも考えられますよね」
「定められていない仕事……なるほどな。オレ達の動きがバレたか?」
「それも十分にあり得ます。流石に、あの二人については隠し通せていると思いますが」
そう、ファイザーの神殿建設計画は悪魔の完全な封印を目的としている。オレはエルに憑りつくことで抜け出したが、悪魔の力があの場から感じられないのだから、じきにバレてしまうことだろう。
すると、向こうがその対策を講じるのは当たり前だ。悪魔を倒す為に天使を作り出す、その行為が自然現象に一時的な影響を与えた……これなら筋は通る。
「一応、急な襲撃等も考えられますから注意して下さい。今日言いたかったのはそれだけです」
そう言ってリズは、首飾りをジャラジャラと鳴らしながら再び人混みの方へと消えていった。悪魔の奇跡を行使するエルの存在、それだけは何としてでも隠さなければならない。オレはエルの「保護者」なのだから。
* * * * *
イルカナの研究室を出て、校舎の中庭に置かれた椅子で一休み。会場からは少し距離があり、生徒達の声援も遮られて殆ど届かない。静かな時間がゆっくりと流れていく。
対策といっても、何をすればいいのだろう。ただ火を放つだけで、あの弓に勝てるとは思えない。どんなに工夫を凝らしたところで、この力の差は埋められない。
すると必然的に、所謂「新技」的なものを考えざるを得ない。
自分の力に関して未だに不確定なことがある。本当に「火を出す」だけの力なのだろうか。何かを握って使えば加熱もできるだろうが、使い道が限られてしまう。赤熱した金属棒など、エルダの氷の壁のように火が弱点でなければあまり効果がないからだ。
強いていうなら、料理をするときに鍋を加熱するのには使えるかもしれない。ガス代が浮くから節制にはもってこいだ。
いやいや、そんなことはどうでもいい。何か、攻略法を……。その時、あの不気味な仮面と光の矢で乱された思考に突き刺さるように、横から声が聞こえた。
「ラキュエル=アイザッティ! 先程はよくも、ワタクシを倒してくれましたわね!」
この声、さっきの……えっと、名前忘れちゃった。
「『誰だっけコイツ』と言いたげな顔……学園長の娘にして才色兼備な生徒会長、エルダ=レイクロックですわ!!」
聞き覚えのある自己紹介が、一字一句間違えずに私の前で繰り返される。そういえば学園長の娘だって言ってたなぁ……ん? これ、まさか無礼を働いたら退学にされたり……気をつけねば。
「な、何か用……ですか?」
危ない危ない、先輩には敬語を使わないと。しかも生徒会長とか、よく分からないけど重役っぽいし……。
「その、お恥ずかしながら……ワタクシ、お友達がいないんですのよ」
いきなり「退学ですわ!」だとか言われると思ってビクビクしていたのだが……飛び出したのはまさかの独りぼっち宣言だった。え、ちょっと待って、どう返せばいいの?
「は、はぁ……」
取り敢えず相槌をうっておくことで、話を進ませる。目的が把握できない以上、深入りしない方がいいだろう。
「それで、ワタクシからのお願いなのですが……お、お友達になって、い、頂けませんで……しょうか……」
かなり本気の声色でそう乞うエルダ。想定外の言葉に心底驚いたが、彼女の立場を考えれば理解できることだ。学園の生徒達を階級で並べてしまえば、その頂点に立つのは彼女。反撃を恐れ誰もが関わりたくないと思うのは必然だ。
もしかしたら、そんな彼女を一回戦で負かせてしまった私に希望を抱いたのかもしれない。
「……いいですよ」
そう言ってエルダの手を取り、ギュっと握った。