06.決勝への特別授業
「……降参ですわ」
エルダがそう口にした途端、周囲から大きな歓声が上がった。彼女の首から手を外し、制服の膝に付いた土を払って立ち上がる。辺りをキョロキョロと見回し、あの人の位置を確認すると一直線に駆け出して、その懐に飛び込んだ。
「勝ったよ!」
「お、落ち着け! 分かったから離れろって……」
エルダに勝てたことは勿論嬉しいけれど、それ以上にリーンがずっと見ていてくれたことの方が何倍も嬉しかった。
その感情を表現するかのように彼女の胸元に顔面を埋めていると、突如、学園内の少し離れた場所から爆発音が響いた。遅れて舞い上がってきた土煙の場所からして、隣の会場であることは明らかだ。
「何があったんだろ……ちょっと見に行ってくるね」
「ああ、オレも用事があるからまた後でな」
リーンから「用事」という言葉を聞くと、少し違和感を覚える。そんな、別に何か約束をするような交友関係なんて無さそうだし……。しかし、それを聞こうと思ったときには、既に彼女とは離れてしまっていた。
ところどころ凹凸のある土の地面に、幾つもの木が生えている。その会場は私の戦った場所とは、丸っきり異なった構造をしていた……はずなのだ。それなのに、私の目に映るのはある一点を中心になぎ倒された木々と、かろうじて折れなかった幹に背中をつけ項垂れる女子生徒。そして、その先に立っている大弓を構えた男子生徒だった。
「ねえ、まだ諦めてくれないの? 早く終わらせたいんだけど」
真っ黒な仮面に隠されていない右目が女子生徒をギロリと睨む。そして、無理やりにでも降参させようと矢の先をその方向へと向けた。
それを目にした女子生徒は息を切らしながら、最後の力を振り絞ってその場を離れようと試みる。その時だった。閃光を放ちながらビュンと目の前を何かが通過し、ほぼ同時に先程と同じ、あの爆発音がした。肌に強風が吹き付け、地面が大きく揺れる。
巻き上げられた土によって視界が遮られ、状況を把握できない。ただ、それでも分かったことがある。
あの巨大な弓に、一発でこれほどの威力がある矢。間違いない。この男子生徒こそが「レイクロックの大型弩砲」だ。
観戦していた生徒たちも、あまりの破壊力にざわつき始める。「あんな生徒いたっけ?」だとか「なんだ今のは」だとか「あの子は大丈夫なのか」だとか。
ルール上は、トドメを刺してはいけないことになっている。しかし裏を返せば、最低限生きていれば許容されるわけだ。本当、参加が自己責任とはいえ、こんなルールは間違っているのではないだろうか。
煙幕が落ち着き、その全貌が明らかになる。少なからず残っていた木すらバキバキにへし折られており、会場は原型を留めていなかった。審判をしていた教師が入り込み、試合中断を宣言する。
肝心の女子生徒はというと、切り倒された木と木のちょうど間で意識を失っていた。生徒たちが一斉に駆け寄る。頭から血が流れていたものの、意識はあるようだった。自分のことではないけれど、ほっとして溜息が出る。
ただ、もし決勝戦まで勝ち抜いてしまったら自分が彼と当たると思うと、不安で仕方が無かった。
* * * * *
「痛いっ」
イルカナが私の頬にグイッと指を押し当てる。エルダとの戦いで作ってしまった切り傷に絆創膏を貼って貰っているところだ。
「やはり、私の言った通りだっただろう?」
「まあ、はい……」
大会直前に彼女が私に向かって課した宿題の山。初めは時間の無駄だと思っていたけれど、あれがなければ一回戦敗退だったかもしれない。その点、イルカナには感謝している。
「だが、まだ一回戦だ。次も、その次も勝ったとして戦うのは……」
「さっき見ましたよ……あんなのどうやったら……」
勿論、戦いにおいて知識は有用であることは分かっている。しかしながら、それにも限度というものがあるのだ。
あの光の矢に向かって火炎放射をしたところで、中を突き抜けて終わり。障害物の裏に隠れたところで、障害物ごと吹き飛ばされて終わり。ひたすら逃げ回ったところで、いずれ撃ち抜かれて終わり。
あんなのに勝ち目なんて……。
「ラキュエル!」
不安の沼に沈みかけていた私を、イルカナの声が引き上げる。
「諦めるのは早いぞ。弱点のない人間などいないだろう。どんなものなのかは分からないが、完璧なはずはないんだ」
「そりゃ、そうですけど……」
「まず、君の弱点は何なのか、考えてみなさい」
私の弱点。エルダとの戦いで発見した、というよりも自然現象として明らかなことならある。水には到底敵わないことだ。だが、それは相手の能力がその系統でなければ無視できる。もっと、こう、一般的なというか、どんな相手でも弱点になってしまうことは……。
「思いつかないか? そうだな……例えば、エルダは君の攻撃を水や氷の壁で防いでいたが……君に防御の手段はあるかい?」
「あっ、確かに……」
どんなに勢いよく炎を放ったところで、物凄い速さで矢なんかを撃ち込まれてしまったら貫通する。よく考えてみれば当たり前だ。火は水や氷とは違って形を保てるものではないのだから。
「でも、地形とかを壁にしたって壊されるだろうし……」
「だろうな。つまり、避けようとしたら負けってことだ」
「え?」
確かに、彼女の言うことは間違っていない。避けれないのだから、避けることを考えるひつようはないのだ。つまり、「やられる前にやれ」と。
大弓は二つ、彼を守るかのように両側に存在する。無論、そこから放たれる矢は直進するはずだ。すると、自然と頭の中に安全地帯が浮かび上がってくる。
彼に最も接近した場所なら弓の角度的に撃てないのではないだろうか。
「まあ、色々考えてみるんだな。相手をいかに研究できるかが勝敗を分けるものだ。あ、そういえばラキュエル、君に提案がある」
「提案、ですか……」
何故だろうか。イルカナの「提案」となると嫌な予感しかしないのだが……また大量の宿題でもやらせるつもりか?
「君、この学園に入ったのに私のところに来てばっかりじゃないか。試しに普通の授業にも顔を出してみたらどうだ?」
……ごもっともである。彼女のはからいで毎日のように研究室通いをしているが、本来ならば校舎の方で授業を受けなければならないのである。もっとも、進んで受けたいかと問われれば答えは「いいえ」。あまり人と接するのが得意ではないのだから。
友達なんてもの、私にとっては不必要な存在だろう。ファイザーに攻撃を仕掛けたその瞬間から犯罪者だ。だって……犯罪者の友達なんて要らないでしょ?