05.才色兼備なお嬢様
「エル、行ってこい」
「うん!」
私の戦う場所は、土が敷き詰められた上に金属製の足場が組まれた会場。学園の敷地内に建てられた計八個の会場に、全十六人の参加者を割り振り、勝負が行われる。
それを取り囲むようにズラッと並んでいる生徒達。ルールがルールなだけあって、参加者は異様に少ない。できるだけ目立ちたくはないが、これも復讐に必要な過程の一つだ、仕方がない。
ただならぬ不安によってまごつく私の前に、その相手が現れた。
「学園長の娘にして才色兼備な生徒会長、エルダ=レイクロックですわ!!」
そよ風に靡く黒い髪に、指を通しファサッと……とんでもない人と戦うことになってしまった。
* * * * *
「フフッ、そんなものがワタクシに当たるとでもお思いで?」
試合開始直後、彼女目掛けて一直線に放った紫の炎。しかし、そのすぐ後に目の前で起きたのは最も危惧していたことだった。
二人の間に突如出現した透明の壁が、炎を完全に遮ったのだった。
その正体は一瞬で理解できた。この力の最大の敵、水だと。
火を防ぎきると、彼女を包む盾のように機能していた水の塊が、その場で滝のように流れ落ちた。地面に広がった大きな水たまりの端が私の足元に届く。
力の種類で比べれば圧倒的に劣勢なこの状況、どうすれば……。
もう一回やって様子を窺おう。そう考えた私はダッと駆け出し、彼女の左側に回り込んで再び炎を撃ち出した。
「何度やっても同じこと……しつこいですわ!」
またもや空中に生じた水が防壁となり、攻撃が遮断されてしまう。遠距離からの火炎放射じゃ、水に阻まれて効きそうにないな……。
きっと彼女のは「水を作りだす」能力だ。使える範囲に限界があったとしても、接近し過ぎたら体ごと水に閉じ込められてしまうかもしれない。一度捕まったら溺れて終わり……。
私の力じゃ、直接は攻撃できなそうだ。となると、使えるのはこの場の地形のみだけど……金属の足場なんてどうすればいいのやら。
勝利へのカギを探すべく、二階部分へと上がる梯子に手をかける。
「あらあら、もう終わりですの?」
私に冷ややかな目を向けながら、その場を一歩たりとも動こうとしないエルダ。よほど能力に自信があるのだろうか。
まるで昨日街中で見た、工事現場で組む足場のように不安定な金属板の上。手すりなんてものはあるはずもなく、そこまで高くもないのに恐怖を感じる。
「うわっ!」
ドンという衝撃を受け、足場がふらふらと横に揺れ始める。急な出来事に処理が追い付かず、そこから離れるのを優先した。
バランスを取りながら、地面に振り落とされないように走り抜ける。
「小さいうえにすばしっこいだなんて……フフッ、まるでネズミのようですわ」
その言葉が耳に届くのとほぼ同時に、私のすぐ横を何かが高速で通り抜ける。先程からこの足場を揺らしていたのは、とんでもなく勢いの強い放水だった。その場に生成するだけではなく、飛ばすこともできるようだ。逃げる私の方へ徐々に近づきながら、間髪入れず連射してくる。
やはり逃げ場に余裕がある地上にいるべきだったか……いや、武器がなければ結局はどうにもならない。だったら……。
姿勢を低くし水鉄砲をギリギリで避け、足場を固定している金属線に手をかざす。最高火力で炎を当て始めると、みるみるうちに全体が真っ赤に変わった。赤熱した金属線、その片端を踏みつけてぐにゃりと曲げる。
拘束の解けた鉄のパイプを一度腰くらいまで持ち上げ、突き出すように構える。そして、真後ろまで接近していたエルダの方向へと足場を蹴って飛び出した。
前から突っ込んだところで、通り抜けられるはずのない水の壁。だけれど、細長い棒で真上から刺すように攻撃すれば……貫通できる!!
足がついているまではそう思っていた。
ガキン。
硬いものどうしが接触したときに鳴る、耳を塞ぎたくなるような音。ビリビリという感覚が腕を走る。
パイプの先に目を移すと、そこには水ではなく、ガチガチに凍った氷の膜が張られていた。
「あらまあ……ワタクシの能力、水だけじゃないんですのよ?」
予想だにしなかった展開に頭がこんがらがってしまう。攻撃が弾かれたために飛び出した勢いは収まらず、そのまま地面に叩きつけられた。
球状にエルダを包みこむ氷壁が役割を終え四散する。しかし、彼女も常に止まっているわけではない。私の方へと首を回し、反撃を始めた。
地面を伝うように、針のように鋭い氷柱が突き出し始め、逃げる間もなくうつ伏せの私の足を抑えつけた。輪状に固まった氷は力を入れてもびくともせず、ただ足首の温度を奪っていく。
「罠にかかったネズミは処分しなければいけませんわね」
さらに氷は土の上を這い、私の喉元で刃を形成した。このまま上がって来たら、首を掻き切られて大量出血……まではルールで禁止されているものの、後は降参を待つのみ。絶体絶命だ。
炎は効かないし、打撃も防御されてしまう。どうすれば……いや、この状況に関しては打開が可能ではないか。なんせ、私を拘束しているのは氷の柱だ。氷は炎で溶かせる。
そして、この大会への対策のために力を制御する練習をしていた時に気付いたことがあった。私の炎は触れても問題ない……私だけは。
紫色で、普通ではないのが関係しているのか、そういうものなのかは分からない。ただ熱さは感じるものの、私だけは火傷しそうになかった。ちなみにリーンで試したら、大分熱がっていた。
足を縛る氷に手を伸ばし、高温で融解させる。逃げられる最低限の量を溶かし切ったところで、喉元の刃を砕き、地面を蹴ってエルダとの距離をとった。
「なっ……自分の炎に触れるんですの!?」
私の行動に驚きを隠せないエルダ。普通の人なら自分の能力に耐性を持たないことが見て取れる。悪魔の奇跡……どれだけ特殊なのだろうか。
水を作りだし、氷に変える。彼女の能力の正体が未だに把握できていない今、再び突撃するのは気が引けるが……。
考えろ……確か空気中にも水はあったはずだ。イルカナに課された宿題を思い出せ……そうだ、水蒸気! それと水と氷の関係は、状態の違いだから……。
エルダの能力は……「水の状態を変化させる」能力に違いない。
水の壁は物理攻撃でどうにかなる。氷の壁は熱で融かすことができる。この二つを同時に満たす攻撃があれば、あの壁を貫通できるはずだ。
手から離れてしまったパイプを握り直し、力いっぱい持ち上げる。もう一度、今度は反対側の梯子に手をかけ、武器を引きながら上っていく。
その時、スッと何かが私の頬を掠り、そのまま足場に当たって砕け散った。空いた片手で触れると、そこには赤黒い液体が。飛ばされた氷の刃が顔に切り傷をつけたようだ。
今、そんなことを気にしている暇はない。垂れてきた血を腕で拭い、金属板の上をあたかも先程の攻撃を繰り返すかのように移動する。両手に力を込めながら。
「またですの? そんな攻撃、ワタクシには効きませんわ!」
「それはどうかなっ!」
足場の端を思いっきり蹴飛ばし、パイプをエルダに向けて飛び上がる。それに対し彼女は氷の盾を作り出し、身構える。
また同じように攻撃したら確実に弾かれるだろう。しかし、今回は一味違う。
金属というものは、熱を伝えやすいんだそうで。私が両端を持ったままパイプを炙ったりしたら、さぞかし熱くなることだろう。そんな物体を氷の上から突き刺したらどうなるか……。
シュー。
棒の先から伝わってくる、氷が押し返す力が徐々に感じられなくなってくる。そりゃ、赤熱した金属を氷にくっつけたら融けるに決まっているだろう。
「そんなっ!」
気づいた時にはもう遅い。氷壁を貫いたパイプがそのままエルダの胸上に直撃し、集中を切らして残った氷が破砕される。
地面に倒れたエルダの首に手をやり、目を合わせた。
「ネズミはネズミでも、知識を得たネズミは強いんだよ。私が氷に閉じ込められるのと、あなたの首が焼き切られるの……どっちが早いか勝負してみる?」