04.ドレスを纏った悪魔
ミラから受け取った黒のドレスを丁寧に畳み、イルカナから貰った書類の入った袋の中にしまう。あとは、明日の前夜祭でリーンに無理やり着せるだけだ。
「ごちそうさま。今日はありがと!」
「どういたしまして。また、いらして下さいね」
扉の上に付けられたベルがチリンと私に別れを告げる。袋の中身がバレないように注意して、何としてでも一夜を乗り切らなければ。その先にリーンのドレス姿が待っているんだもん!
あ、そういやイルカナの課題もしなきゃいけないじゃん。楽しみの前には苦労しろということか……。
* * * * *
その翌日の夜のこと。昨日とは打って変わって、季節にふさわしいような気温に落ち着いていた。
「おー、食いもん沢山あるじゃねぇか」
学園の校舎に隣接した講堂の中には、設置されていた椅子が撤去され、赤い絨毯の上に白い布のかけられた丸いテーブルがいくつも並べられていた。
どうやら立食パーティーの兼ねているようだ。今夜の食糧問題は解決。
「ねえねえ」
そのまま会場に入っていこうとするリーンの袖を引き、呼び止める。
「なんだ?」
「これ、着ていないとダメみたいだよ?」
手に提げていた袋からミラに借りた黒いドレスを取り出し、彼女の前で広げてみせる。改めて見ると細部まで装飾が施されているし、生地の肌触りもいい。このドレス、結構なお値段なのかもしれない。
「はぁ? ……それならいい、帰る」
相変わらずの決断力だが、この展開はお見通し。勿論のこと、対策は事前に練ってあるのだ。
ある人物の方に顔を向け、手招きする。
「あの、保護者さんは出席しないといけないんですよ」
そう、ミラを入り口付近に配置しておいたのだ。これも昨日のうちに話し合っておいた作戦である。私ではない他人に言われれば、リーンはその話を信じるしかないだろう。
若干、セリフが棒読みではあるが、何事もバレなければセーフ。その辺、リーンは鈍感なのかもしれない。
「マジかよ……ん? お前、あの時の……」
意図したものでは無かったが、リーンはミラを助けたという形になってしまった。流石に二日前に会った人の顔は覚えていてくれたようだ。
「チッ……」
それを聞いたリーンは小さく舌打ちをし、私の手からドレスをぶんどって更衣室の方へと消えていった。大勝利である。こちらも小さくハイタッチをした。
あの嫌がる表情から推測するに、バレたら確実に殺されそうなのだが。
* * * * *
それから数分後。
「……これでいいのか?」
「おお……」
漆黒のドレスに身を包んだリーンが私の前に姿を現す。対照的な白い髪かよりくっきりと目に映る。斜めカットを隠すために結んだリボンも視線を引き付ける。
「似合ってるよ?」
「そ、そうか……」
そう言いながらも、顔を紅潮させ、あたりをキョロキョロと見回しているリーン。そうそう、この恥ずかしがっている姿が見たかったのだ。
そんなやり取りをしていると、誰かが正面の壇上に上がり、ボソボソと話し始めた。開会宣言が何かだろうが、声が小さすぎてまるで聞こえやしない。
それを突っ立って眺めていると、後ろから伸びてきた手が私の肩を叩いた。
そこにいたのは、パーティーの場で明らかに浮いていることなどつゆ知らず、頑なに白衣を脱がない青髪の教師、イルカナだった。ただ、何かがいつもと違う気がするような……ああ、片眼鏡をかけていなかったのか。
「おや、保護者さんもご一緒で」
「あ、先生……勿論申し込み、できたんですよね?」
リーンを使って初めから話を逸らそうとするイルカナに対し、ニッコリと笑顔を浮かべながらそう言って威圧する。「よね」の部分はわざと強めに発した。
「……すまんな、渡す紙間違えて。一度は断られたが、頭下げて押し切っておいたから安心してくれ」
「あ、ありがとう……ございます?」
迷惑をかけられたにも関わらず、感謝すべきなのか、迷ったがゆえに言葉の末尾がやや上がり気味に。取り敢えず、参加することはできたようなので一件落着だ。
「それでは、私はもう戻るのでね。楽しんでいきなさい」
そう言い残して、イルカナはその場を離れていった。またあの薬品臭い研究室に籠り始めるのだろうか。
先生と話している間に催しは始まっていたようで、多くの人が食事の並べられたテーブルの周辺に流れていた。私とリーンもその流れに乗って料理を取りに行く。
それを囲うように雑談を交わす生徒や保護者達も多かった。よし、変な男がリーンに寄って来たら私が追い返してやろうじゃないか。
と、意気込んでいたはずなのに、なんという失態……いつの間にか、リーンの姿は私の視界から消えてしまっていた。
* * * * *
「まさか、同じようにパーティーに紛れていたとはな……」
人混みに飲まれエルを見失った直後、ちょんちょんと誰かがオレの背中を指で突いてきた。変な目的のやつだったらボコボコにしていただろうが、後ろに立っていたのは古くから面識のある人……ではなく悪魔だった。
「まあ、同じ悪魔ですから、考えることも近いんでしょうねぇ」
窓際に立ち、片手に持ったグラスをくるくると回しながら喋る男。帽子を被っていて一瞬判別ができなかったが、くすんだ青色の髪やジャラジャラと首にかかった装飾品からして、確かにそうだ。
「それで? 誰に憑りついてるんだよ」
「そうですねぇ……あなたを留めている少女が必ず戦うことになる生徒、とでも言えば分かっていただけますか?」
「は?」
エルといずれ戦う……そういやあいつ、何か強いやつがいるって言ってたな。
「大型……ど、何とかってやつか」
「そんな呼ばれ方もされているようですが、こちらとしては納得がいかないんですよねぇ。彼が放つ矢は、他人をの心臓を矢で貫いてでも自分の意志を貫くという覚悟から成るものですから」
まあ、なんとなく予想はついていた。強者揃いのこの学園で、飛びぬけた力を行使する人間がいると聞いて、まず考えたのが悪魔の関与だからだ。
「そいつの目的もファイザーに会うことなはずだ。だがこの勝負……必ずどっちかが勝って、どっちかが負けるだろ。味方同士ぶつかることになるだろうが、どうするんだ」
「なら、こうしましょうか。どちらが勝っても負けても、何らかの形でお互い協力するということで」
きっと、こんな約束をエルが聞いたら、戦意が削がれてしまうかもしれない。最後までは、黙って端から見ていようと思う。
「わかった、ただ……私が憑いている、エルに向かってお前の力を使わないで欲しい。あの事はできるだけ思い出させたくないんだ……」
「ああ、『想起の悪魔』なんて呼ばれていますからねぇ。別に、好きで過去を掘り返している訳じゃないんですから、無意味にそんなことはしませんよ。『破壊の悪魔』なんて呼ばれているのに、あなたも変わりましたね」
オレが「破壊の悪魔アイリーン」と言われるように、目の前のこいつにも呼び名がある。「想起の悪魔リズ」だ。
「おっと、迎えがきたようですよ。ではまた……」
これ以上、特に話すこともなくその足を止めはしなかった。しかし、迎えって何のことだろうか……。
「あ! こんなところにいたんだ!」
その声が耳に届いた直後、腹回りに二本の腕が絡んできた。それぞれの手には温かい料理ののった白い皿。わざわざオレの分まで持ってきてくれたのか。
「エル、ありがとな……ついでに言うと、こういう服も一度着てみたかったし……」
「え、今なんか言った?」
「あ、いや、なんでもない」
不意にボソッと呟いてしまったが、聞こえてなかったと分かり何も言わなかったかのように誤魔化す。
ただ、リズの言葉は正しい気がした。確かに、オレはエルと出会ってから少し変わったかもしれない。