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偽神のラキュエル  作者: 彩雨カナエ
Chapter.3 孤独な弩砲と想起の悪魔
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03.二人だけの時間

 真上から日光に照らされながら、賑やかな通りを進む。吹き寄せる風は依然として冷たかった。

 できることなら家に籠っていたいくらいだ。暖をとれるものがあればの話だが。


「いやぁ、まさか大会がもうすぐだとは思ってもみなかったよ」


 私から先に口を開く。


「すみません、日付を言い忘れてしまって……」


 それに対し、横を歩くミラが答える。

 どうしよう。思うように会話が続いてくれない。こういう時は決まって天気とかの話を振れば……。


「今日晴れてるのに、すっごい寒いよね」


「ですね」


 ええ……。私の話題作りが下手なのか、それとも彼の応答が素っ気ないことが原因なのか。

 やはり、同年代との会話は慣れないものだ。昨日、紅茶とクッキーを食べさせてもらった時に気が付き、思い出してみたのだが、多分五年前くらいが最後。結局、その子も村を出て行ってしまい、周りは年上だけになった。よく村を統治できていたな、本当。


 学園前の通りを右へと曲がり、真っ白な壁が視界から消える。しかし、外がこんなに寒いにも関わらず、昼時だからか人々の流れは一向に収まる気配がない。

 何か、何でもいいから話のネタになるものは……。


 そして、次の交差点を左へ。道幅が広くなっても人の密度は相変わらずだ。流石は町一番の大通りである。そろそろ会話しないとどんどん気まずく……。

 そんなことを考えていたその時、道の端に幾本も建てられた柱状の装置から、カンカンと警報のような音が鳴り始めた。


「え、何なの!?」


 溢れかえっていた人々が一斉に両脇に寄りだす。先程までごった返していたはずが、瞬く間に通りの中央が空けられた。

 一体、何が始まるのだろうか。


「ここ、分かりますか?」


 私達も同じようにに端の方へ移動し終えてから、ミラが指を突き出しながら質問を投げかけてきた。その差す方に目をやると、煉瓦の敷き詰められた道の一部が凹んでいるのに気付いた。そして、その隙間には棒状に伸ばされた金属が埋め込まれている。


「分かるけど……あれ何なの?」


「鉄道用のレールですよ。この町、港もありますし、郊外の方に軍の基地もありますから」


 よく見ると、さらに奥に同様のものがもう一本。実際に見たことはないが、本で読んだことがある。確か、二本のレールからできた線路の上を走る乗り物だったような……。

 村の外、初めて見るものばかりで飽きないなぁ。


「あ、来ましたよ!」


 線路の先は曲がっていて、まだ姿は確認できないものの、徐々にその振動が伝わってくるのが分かる。そして、ついに建物の影から顔を出した。

 黒く塗装された巨大な鉄の塊が幾つもの貨車を引っ張りながら、私達の目の前を走り抜けていく。見たこともないようなその迫力に驚きを隠せなかった。


「おお……」


「隣の町から石炭や石油を運んだり、逆に船便で届いたものを送ったり、この町には無ければならない存在なんです」


 山の下から村まで、こういった交通機関があったらどれだけ便利だっただろう。荷物は人力で運ばなくて済むし、人の流れも出来るし……あ、でも燃料が必要なんだっけ? 燃料費が捻出できずに計画は頓挫、絶対こうなるな。


 この国は町によって技術面においての偏りが激しい。不服ではあるが、田舎の方に補助金か何かを出せば信者増えたりしそうなのになぁ。


 列車を見送り、固まっていた人々が再び自由に動き出す。波に飲まれないように踏ん張りながら、帰る方向へと進んだ。

 その数分後、そこからさらに三度道を曲がった辺り、私とミラの帰り道の分岐点に到着した。


「じゃあ、私こっちだから……」


 別れの挨拶をしようとそこまで言いかけたが、同時にミラがいつもよりはっきりと声を発した。


「えっと……お昼まだですよね! うちに来ませんか?」


 彼が私に投げかけた、食事のお誘い。一拍置いて、勿論首を縦に振った。いや、だって一食分確保できるわけだし、お金かからないし……別に好意があるとかそういうんじゃ……。



 * * * * *



 昨日も訪れたミラのお店に着くと、彼は扉の鍵を開け「どうぞ」と先に通してくれた。カーテンの閉められた店内は暗く、外気の温度で冷え切っていた。


「ちょっと待っててくださいね」


 彼がカーテンを開けると、窓から差し込む日の光が部屋を照らす。これなら照明は要らなそうだ。続いてミラが店の奥から持ってきたのは金属製の暖房器具。重そうだったので片側に手を添えた。


「あれ……どこおいてんだっけ……」


 戸棚の中を探しながら、そう呟いているミラ。何か、見つからないのだろうか。


「どうしたの?」


「着火するためのマッチが見当たらなくて……」


 どうやら、こちらは電気ではどうにもならない様子。多分、電気着火装置は開発されているだろうし、この暖房器具はちょっと古いものなのだろうか。見たことはないけど。


「それなら私が点けるよ。えっと、この辺だよね」


 ボッ、と指先に灯った小さな火が触れて、その内部に点火される。赤熱した筒状の金属が冷たい室内をじわじわと温めていく。


「エルさん、そんなことできたんですね! 助かりました」


 ミラは感謝の言葉を述べると、そのまま首を傾げて何かを考え始めた。


「どうしたの?」


「その……火って紫色になるんですか?」


「あ、あー……頑張ればなるんじゃない?」


 おい、いい加減すぎるぞ、私。力のことは隠したところで、ミラも大会を観戦するだろうから確実にバレるのだが……やはり紫色なのは変なのかもしれない。他の炎を扱う人を見ていないから何とも言えないが、きっと赤や橙、それか青だろう。

 それでも悪魔の、リーンの存在は他人に知られてはならない。故に、皆が使う「能力」と私のものが違うこともバレてはいけないのである。かなり無茶苦茶な理由をつけてでも、誤魔化さなければ。


 ミラは台所の上から食器と鍋を取り出し、料理を始めた。喫茶店を営業しているのだから、美味しいに決まってるじゃないか。本当、私が彼に勝てるのは食べれるキノコと食べれないキノコの判別くらいな気がする。


 それから数分後、店内のあらゆる装飾を物色しているとミラから声がかかった。


「できましたよ。そこ、座ってください」


 鍋を両手で持ちながら顎でテーブルを指す、エプロン姿のミラ。もう眩しすぎて直視できない。

 湯気の立ち上る並べられた二つのカップの中にはスープが、中央に置かれた大皿にはカットされたパンがあった。


「いただきまーす!」


 無論、パンを掴んでスープにぶち込んだりはしない。スプーンで掬って口へ運び、パンは手で小さく千切ってから食べる。そう、私は女の子だ。ミラより行儀が悪かったら論外だぞ。


「どうですか……?」


「すっごいおいしいよ!」


 やや興奮気味に喋ったらパンが喉に詰まりそうになった。こんな時に窒息死してたまるか。


「よかったです!」


 ニコっと満面の笑みを浮かべるミラ。どうしてだろうか、死にそうなくらい心臓の鼓動が速まった。深呼吸をして、一旦落ち着かせる。


「そういえば明日、大会の前夜祭ありますけど、どうするんですか?」


「え、何それ……先生に聞いてない……」


 荷物の入った袋から、イルカナに貰った予定表を取り出し目を通す。今日の三つ隣にはやはり「大会一回戦」の文字。その間は真っ白なマスで埋められている。そんな大きい行事なら書いているはずじゃ……。


「どこにも書かれてないけど……」


「え、そんなはずは……ちょっと見せて下さい!」


 それを聞いて焦り始めたミラに、急いで紙を手渡す。彼の言うことが間違っているなんてことはなさそうだが、予定表に載っていないのは事実である。

 あれ? ミラは大会の前夜祭が明日だと言った。それでは大会自体も明後日ということに……。


「……これ、去年のやつですね」


 渡す書類を間違えるなんて、先生何やってるんですか。いや、イルカナも三日後だと言っていたはず……彼女も間違って覚えているということか。だが、それだと申し込み期限は今日よりも前だったりするのかもしれない。よし、明日の朝一で文句を言ってやろう。イルカナせいで参加できなかったとしたら、運営側に先生の責任だと怒鳴り込んでやる。


「去年までは前夜祭は無かったんです。あ、それでそのことなんですが……生徒は制服、保護者は正装をするんですよ。昨日エルさんといた方ならドレスですけど、持ってますか?」


「ドレスは持ってないなぁ……」


 完全に忘れていたが、ドレスどころか普段着すら全然持っていないのだった。購入しようにも、この前拾った硬貨以外お金が無い。たった一枚で服が買えるとは思えない。


「保護者の出席は任意ですが……必要でしたら、うちにあるのでお貸ししましょうか?」


 保護者がドレスを着用……私の保護者はリーンなはずだ。ということは、まさか……想像するだけで笑いが込み上げてくる。そして、ちょっとした悪戯を思いついた私は、それを成功させるためにミラに頼んだ。


「うん、借りたい! 着せてみたいからさ、口裏合わせお願いできる? 保護者の出席が『必須』だって」

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