02.神の奇跡の根源
大会の規則をもう一度読み直し、小さく溜息をつく。心を落ち着かせたいという気持ちによるものかもしれない。
「攻略法とかあったらなあ……」
ぽつりとそう呟くと、イルカナは奥の方の棚から紙の束を取り、端に金具をつけて差し出した。
「強さというものは能力だけではない。ここも大事だからな」
右手の人差し指で、私の頭の横を突きながらそう言った。渡された紙に目をやると、これまた文字がびっしりで。
時折、図なんかも混じっている。これ、もしかして理科ってやつ?
「えっと、これをどうしろと……」
「私からの宿題だ。当日までに全部叩き込みなさい」
ざっと三十枚くらい重なっているのだが……覚える意味はあるのだろうか。知識量だったら大半の生徒に負けているだろうが、その差が勝敗に直結するとはにわかに信じがたい。
「意味が無いと思っているのか? 確かに、能力に弱点が無ければあまり意味も無いだろうけどね」
「弱点……」
私の力の弱点……炎に対して有効なもの、それは水だ。湿っているものに火を近づけても引火しにくい。それと同じような現象が戦いの中で起これば、私は圧倒的に不利になる。自然の法則という弱点があるのだ。
「はぁ……分かりました、頑張ります……」
「うむ、よろしい」
自然と溜息が出てしまった。取り敢えず、水を使うような生徒と当たらないことを祈っておく。
それにしても、今のままでは私の力は応用性に欠ける気がする。火炎放射しかできないとなると、距離をとられ続けたら攻撃のしようがない。
しかしながら、いまいち奇跡の力を理解できていないのが現状である。
リーンが言うには「悪魔の力」と「自分を信じる気持ち」が主な二要素。前者はリーンに依存するから、力の強さは後者次第なのだろう。
だが、力の扱いに関しては経験も大事なようだ。試しに、手の平の上に小さな火の玉を出してみる。窓を割ってしまった時よりかは、安定して使えるようになった気がする。
技術的な面では練習の意味があるのかもしれない。
「ラキュエル、一つ気になることがあるんだが」
「何ですか?」
私が炎を出しているところをみたイルカナが、妙な反応を見せた。別に変なところなんてないような……あっ。
「炎って、紫色だったか?」
これについては私も全く分からない。悪魔の奇跡は気持ちに左右されるということだから、きっと私の持つファイザーへの憎悪の念が色として表に出ているのだろう。紫色は、不思議とそういったイメージがある。
「ところで、君は神を信じているか?」
唐突に投げつけられた質問に対し、私は首を横に振ってしまった。気づいた時にはもう遅い。ディザニークを信じていない人は圧倒的に少数で、しかも私がこの学園に来た目的がファイザーに会うことだと言ってしまった。
復讐が……バレてしまう。
「そうか、別に怖がらなくてもいい。私も同じだからな。レイクロック学園はあくまでも生徒たちが勉学に励む場所。宗教なんてものは関係ないだろう?」
何の躊躇もなく、イルカナは教育の場に持ち込むべきではないと、確かにそう言った。
「私は、科学によって全ての謎は解明できると思っている。だからこそ、この学園で教師をしながら、ずっと研究しているんだ。皆が『能力』と呼ぶ力についてね」
どおりで、私に興味を持ったわけだ。すると、教師をしているのも様々な生徒たちの情報を集める為なのだろう。
ただ、私はその答えを知ってしまっている。話すべきか、否か……黙っていれば、面倒事に巻き込まれることはなさそうだ。
「それで、ここの全生徒に対しある一つ質問をぶつけたら、その解に近いものが得られたのさ」
「質問というのは……」
それを聞いたイルカナはフッと笑い、少しずれていた片眼鏡を直してから口を開いた。
「同じように、『あなたは神を信じていますか』とね」
その言葉によって、体中に悪寒が走る。神への信仰と力、その関係にどこまで近づいているのだろう。もしも、解明されていたとしたら……。
「能力のある人は皆、『はい』と答えたさ。一般的には『生まれつき備わる力』と言われているが、それは違うんじゃないかと思ったんだ。私はこう考えた。『ディザニークへの信仰が力の源である』と」
「そ、そうなんですか……」
恐怖を紛らわすように、得意気に話すイルカナに対し相槌をうつ。そんな、もうそんなところまで……。
「しかし、例の生徒だけはこう言ったよ。『僕は神を殺す』とね」
彼女の言う生徒……それすなわち、あの弓使いのことだ。「神を殺す」……か。その点、私とその生徒は似ているようだ。
「だが、これでは矛盾が生じる。何も信じていない人が能力を使うなんて例を、私は初めて見た。そんな貴重な研究資料が今年になって二人も現れるとは……」
「え……?」
急にイルカナの声色が変わる。手に持っていた研究書類をパサッと前の机に放って、こちらに近づいてきた。
「ラキュエル、君は一体……何なんだ?」
その足取りは明らかに不自然で、何かへの強い執念が、なんとしてもそれを手に入れようという欲望が、表出したかのようだった。
逃げければ。そんな焦りを感じるも、恐怖心が私の足を掴んで離さなかった。
「……なーんて、別にそんなこと考えてないさ。君に対して仮設が矛盾するなら、その仮説が間違ってるってことだろう。驚かせてしまったかな? 第一、私が見込んだ君に何か危害を加えるわけないじゃないか」
* * * * *
椅子を借りて、紙とにらめっこを始めてから数時間が経過し、窓から上に昇りきった日が見えた。いやぁ、集中すれば意外とできるものだね。普通に読んでただけだから、殆ど頭に入っていないけれど。
「よく頑張ったじゃないか。もう帰ってもいいぞ」
ただ一点、気になることがある。こんなに早い時間に帰れるものだっただろうか。昨日渡された大量の書類には、基本的に午後まであると書いてあった気がするが……。
「本当は、それを全部覚えられるまで帰らせないつもりだったが……まったく、今から会議とはね……」
もしも会議が無かったら、そう考えただけでゾッとする。爆薬を常に携帯している教師に監視されるなんて、もうごめんだ。ありがとう、会議。
ペコっと頭を下げ、その牢獄から飛び出した。
外に出ると、同じように帰り際の生徒達がちらほらと目に入る。他の教員たちも会議に呼び出されているのだろうか。もう毎日会議してくれないかな。
「……エ、エルさんっ!!」
そんな下らないことを考えていると、背後から私の名前を呼ぶ声が聞こえた。振り返ってみると、そこに立っていたのは、同じく深緑色の制服を着たミラだった。
「編入できたんですね! おめでとうございます!」
そう言えば、彼はこ大会の詳細まで知っていたじゃないか。ミラがレイクロック学園の生徒であることに、どうして気付かなかったのだろう。制服のサイズに対し肩幅が足りず、端の方が少し余っている。可愛い。
「あの……」
ミラがもじもじしながらこちらを見ている。
「一緒に帰りませんか?」