??.独りぼっちの報復作戦
大きな窓のカーテンを閉め、脱いだ白い服を風呂場の籠に投げ入れる。棚には端までピンと畳まれた緑の制服。それを手に取り、腕を通す。
その横に置かれたコレも、いつも通り顔につけた。
扉に鍵をかけ、出発しようとしたその時、時期外れな冷たい風が体を切り裂いた。一度戻って、内側にもう一枚着込むことにした。
日もまだ昇りきっていないこの時間、外出している人はほどんどいない。薄暗い道を独りで歩いていく。
毎日のように全く同じ道を通るのは、全く同じものを何度も見るのと一緒。飽きるものだ。初めのころは、日ごとに別の狭い路地やら建物の間なんかを歩いてみたこともあった。それでもやはり、何れ選択肢は潰れてしまう。お陰であちこちの短絡路や混んでいるときの迂回路は頭に入ったが。
今日はこの道にしよう。そう決めて、大通りから裏路地へ進路を変えた。
妙に大きい蜘蛛の巣の下を潜り、老朽化で地面に落ちた配管の一部を蹴っ飛ばす。昨日も通った道なのだが、こんな風になっていただろうか。
何やら舗装材としては違和感のある物体が視界に入る。その場で腰を下ろすと、入り口から差し込む僅かな光がそれを照らしていた。
それは、一枚の銀色の硬貨だった。この装飾を見るに、五年前に置き換えられてしまったワーロミューの旧硬貨だろう。その後旧硬貨は使用期限が定められ、二年前までに殆どは銀行で回収されたはず。
通貨としての価値を失ったとしても、一枚くらいは手元に残しておきたいと思った人はいくらでもいるだろう。しかし、転がっていたこの硬貨にはもう一つ違和感があった。
硬貨が横から薄く半分に切られているのだ。
僕が持っているのは、数字の彫られた裏側。中央神殿が彫られた表側は、その場には落ちていなかった。拾ったところで何の価値もないが、また投げ捨てるのも……迷った挙句、それをポケットにねじ込んだ。
分岐のない路地をひたすら前へ進んでいく。一度、いや二、三度ほど通ったことがあると、恐怖の感情は湧いてこないものだ。
ザッ。突然、そんな微かな音を耳が認識する。その正体は予想がつくものの、僕は歩みを止めてやった。逃げたと思われたくない上に、力の差を見せつけてやる必要があるからだ。もう関わる気すら失せる程の。
「お~い、そこのボク~? ちょっと用があるんだけどさ~」
数人分の重なった足音と共に、男の声が後ろから聞こえた。
どうせ、生徒の誰かが金で雇った荒くれもの達だ。大会前に僕を潰してしまおうとでも考えているのだろう。
しかし、そんなものは無意味である。
「ねえねえ、無視すんなって……ひいっ!!」
ジャキンという音とほぼ同時に、僕の両側、空中に現れた二張りの大弓。つがえられた矢は、既に彼らに照準を合わせている。
僕が彼らの方へ一歩ずつ近づく度に、それを追尾するように弓も動く。距離を詰めれば詰める程、彼らの緊張感は増していくだろう。
「こ、こいつレイクロックの生徒だとは聞いてたけどよ……この能力、まさか……」
曲がり角まで追い詰めたところで、中の一人が声を上げる。僕の正体を明かさずに送り出すとは、依頼主も酷い性格してるな。
「そうだ、あの大型弩砲っ!!」
別のもう一人が上げたその声と同時に、シュッと二本の矢が放たれる。空気を切り裂くように直進する矢は、中央にいた男の服の両肩を仕留め、壁に刺さった。
「ヤバい! に、逃げろっ!」
「お、俺を見捨てる気かっ!? た、助けてくれっ!!」
動きを封じられ、仲間に見捨てられ、絶望するがいい。孤独とは、そういうものだ。
吊るされた男の目の前に立ち、首の両側にゼロ距離で矢を突き立てる。撃ち出せば頭が吹っ飛び、ここは血の海と化すだろう。
「君の能力なんて知らないけど、どう? 僕と勝負してみる?」
耳元でそう呟いてみたものの、返答がない。頭や心臓に突き刺してはいないはずだが……。
気絶してしまったのか。やっぱり、路地を通ってもつまらない。
あの日に……両親が失踪した日に、僕は決めたんだ。信仰をかき集め、この町を牛耳り、邪魔者は粛清する、そんな神官の心臓をこの矢で貫くと。
僕は、この悪魔の奇跡で神を殺す。