07.君臨せし大型弩砲
建物の中へと戻ると、イルカナが引き出しをゴソゴソと漁り始めた。奥底から引っ張り出した書類の束がドサッと私達の前に積み上げられる。
「それにしても、まさか負けるとはなあ……去年まで無敗だったんだが、今年はこれで二度目だ……」
何となくではあるが、この先生は本気で私を倒そうとはしていなかったはずだ。実力が見たかった、ただそれだけが彼女の、そしてレイクロック学園が編入試験を行う目的だろう。
しかし今の言葉……独り言だろうが、少し気になる点があった。
「二度目ってことは、私の前に強い人が……?」
「ああ、そうさ。私が爆薬を一発投げて霧が晴れた時には、もう背後をとられていたよ。そういや、『レイクロックの大型弩砲』なんて二つ名が、いつの間にか付けられていたな……」
そう、私は学園で最も強い生徒を決める大会に出て、勝ってファイザーと会うためにここに来た。もしかしたら、その生徒と戦うことになるかもしれないのだ。
「そんなことより先に、入学手続きだ。まず入学金だが……」
おっと、早速詰んだ。私の全財産は、この価値の不明な硬貨一枚だけである。
「……その様子だと、無いんだろうな」
「えっ、どうして……?」
彼女に対し、お金事情について話しただろうか。いや、一度も口にしていないはずだ。となると、やはり私の正体が既に伝わっている……?
「その服を見れば分かるさ」
そう言って、イルカナは私の腹部を人差し指で、チョンと軽く突いた。着古した橙色の服には、煤は砂で酷く汚れていた。先程の戦いで付いたものではない。村から逃げる時に付いたものだ。
細かい穴も点々とあり、端の方は少しだけ裂けてしまっている。
結局、全てはお金なのだろうか。
学園に入れずに、再びふりだしへ。はあ、と自然と溜息が漏れる。
「大丈夫だ。私に勝つくらいなんだから、必要経費は免除してやろう」
その時、耳に届いた言葉を瞬時に飲み込むことができなかった。お金の心配が……なくなった?
「本当ですか……!?」
「免除というか、私が払ってやるって意味だけどな……出世払いで頼むぞ」
そう言い終えて、フフッと不敵な笑みを浮かべるイルカナ。一体いくら請求されるのか、怖すぎるのだが。
「残りはこちらで進めておこう。ここに名前だけ書いておいてくれ」
彼女は筆記具と一枚の書類を渡すと、今度は金属製のロッカーを漁り始めた。この部屋、一旦整理する必要があるのでは……。
こういった署名は初めてではあるが、名前を書く練習だけは幾度となくさせられた記憶がある。この時の為だったと思えば、あの日の苦労も無駄ではなかったように思える……少し大げさ過ぎただろうか。
「ほら、君の制服だ。サイズはこのくらいだろ?」
上下とも深い緑色の地に金色の線が入れられた衣服。門の外から覗いた時に生徒達が着ていたのと同じものだ。
どうも、進んで着たいとは思えない。学園に指定されている服というだけなのに、どうしても、それが一種の拘束に感じてしまう。
「これで君は正式にレイクロック学園の生徒だ。明日から、楽しみにしているぞ」
ペコっと軽く頭を下げて、そこを出ようとドアノブに手をかける。ん? 何か忘れているような……。
「そういえば、君の保護者さんはどこにいったんだ?」
「あ……」
記憶が正しければ、私がイルカナと戦う時に一緒に外に出て、終わった頃には既にこの場にいなかったはずだ。流石に、目立つ行動を極力避けなければならないのは分かっているだろうけど……心配になってくる。
「ちょっと探してみます……」
控えの書類と制服を紙袋に纏めて貰い、建物を後にした。リーンと私が親子だとしたら、私が親の方な気がする。
* * * * *
先程は何人も見かけたはずの生徒達は、いつの間にか消えていた。校舎の方に目を移すと、幾つもの部屋の窓から明かりが漏れている。
きっと、授業中なのだろう。いや、ということは……やっぱりリーンは何かしてるんじゃ……。
「おい、エル」
私の頭にポンと、背後から手が乗せられる。見知らぬ地で驚かされると、心臓に悪いから止めて欲しい。
「……どこいってたの?」
「この建物の中に、悪魔の気配がしたんだよ。まあ、味方ってとこか」
校舎側に向けていたつま先を反対にし、話しながら歩みを進める。
ディザニークの聖典に書かれた悪魔は三人。今、私の隣にいる破壊の悪魔アイリーンの他に、もう二人いるのだ。彼らにだって私達と同じ、ファイザーという目標が存在する。
「どこに封印されたか分かるわけねぇからな。ファイザーのところに乗り込むときはオレ達だけかと思っていたが……まさか、こんな場所にいたとは……」
もう一人の悪魔がこの学園に。何かが引っかかる……私よりも、強い人?
「そうだ!」
「うわっ、なんだ急に」
イルカナから聞いたばかりじゃないか。私の前にこの学園に来て、同じように彼女に勝った人物がいたことを。
その生徒に、その悪魔が憑りついている可能性が高い。
「『レイクロックの大型弩砲』って呼ばれている生徒と一緒にいるかもしれない!」
「じゃあ、そいつを探した方が早そうだな」
味方を増やすのはいいのだが、一つ気がかりなことがある。私はリーンに偶然助けられ、ファイザーへの復讐という目的が偶然重なった。だからリーンは私に憑りついている。
「もしその生徒が、復讐に協力してくれなかったら……」
二人目の悪魔が、復讐なんか考えず、面白半分で憑りついていたとしたら、この『味方にしよう計画』が破綻するのだ。引き剥がそうにも、そんなことをしてしまったらリーンの言っていた通り、この世界に形を保てなくなってしまう。
最終的に三人の悪魔が揃って復讐をするには、同じ意志を持った人間も私を含めて三人必要なのだ。
「いや、それがな……その悪魔の方が賢いんだよ。アイツに選ばれたなら、復讐する気がないなんてことはありえねぇ。ところで……」
校門を抜けて大通りに出た途端、横からひゅうっと寒風が吹きつけた。町の東側にある山から来るものだろう。今夜は一段と冷え込みそうだ。
「弩砲ってどういう意味だ?」
「ごめん、私も知らない」