01.惨劇に見舞われた少女
飛び交う炎の弾丸に、止まない悲鳴。立ち上る黒煙を突き抜け、家だったものを踏みつける。
真っ青な湖が一望できるはずの展望台からは、赤く輝く波面と火の海と化した村が見えた。
昨日まで、いや、ついさっきまで考えたことも無かった光景が、今、私の目に映っている。
点々と建っている木造家屋は無差別に燃やされ、飛び出した人は躊躇なく銀の刃で斬り捨てられる。そんな惨劇が、目の前で繰り広げられていた。
紺色の外套を身に纏い、暗闇と同化して見えなくなるほどの黒い仮面をした者たちが、次々と村を破壊していく。
そして村人を一人たりとも逃がすまいと、見つけ次第剣を向けて命を絶つ。
山奥にあり、切り立った崖に囲まれたこの小さな村から出る道はたった一つだけ。だが、そんな唯一の希望も、二人の見張りによって封じられてしまっていた。
強行突破なんてもってのほか。あんなのに勝てっこない。
今いる石造りの展望台は、舞い上がる火の粉にも耐えられる、絶好の隠れ場所だった。でも、隠れていれば助かるなんてことはないだろう。現実はそこまで甘くない。
何せ、私家から逃げるところを奴らに見られているのだ。
道や建物、木の位置まで、村の構造をくまなく理解していたのが功を奏し、煙の中を選んで走って、どうにか撒くことができたが……。
とはいえ、奴らは見たものを一人残らず殺そうとしている。きっと私を必死に捜索しているに違いない。このままでは、いずれ見つかって斬り殺されるだけだ。
生きる希望は失いたくなかった。お父さんとお母さんとの約束を守りたかった。
でも……その願いは、もう叶いそうにない。
「お父さん、お母さん……ごめん、なさい……」
視界がぐにゃりと曲がり、ぼやける。ああ、私、泣いているんだ。
せめて……約束だけは守ってあげたかったな……。
突如、すぐ下から爆音が響いた。それが、展望台の基礎部分に弾が打ち込まれたことを意味するのに気付いたときには、既に私の体は宙に投げ出されていた。
降り注ぐ瓦礫と共に、地面に打ち付けられた私は、一回り大きな石が落ちてくるのを前に、そっと目を瞑った。
* * * * *
「おい、お前」
何も感じない。視覚も嗅覚も触覚も、勿論聴覚も働いていない。それなのに、その少し掠れた声はしっかりと私に届いた。
そう、直接頭の中に語りかけられているような……。
「何?」
私の口から発した言葉さえも、私の耳には届かない。それでも、脳内で会話は続いていく。
「お前は、神は存在すると思うか?」
突飛な質問に驚きながらも、頭の中で文を組み立て、名も知らぬ相手へと答えを言い放つ。
「信じている人がいるんだから、神様だっているんじゃない? でも私は信じない。いたとしても、縋ろうとは思わない。どうせ、救ってくれないもの」
今まで生きてきて、私の中で構築されたその考えを、お構いなしにぶちまけた。
「もう一つ。お前は、生きたいか?」
「ええ、勿論」
迷うことなく、そう言い切った。死にたいわけ……ないじゃない。
今、この瞬間、私はいったい何と会話をしているのだろうか。迫りくる巨大な瓦礫が脳裏を過ぎる。
死ぬ直前に、自分の気持ちのはけ口でも作り出してしまったのだろうか。
神様なんて信じない。ただ、それ言いたかっただけなのだろうか。
そんな思考を断ち切るかのように、特徴的な声が頭の内側に響き渡る。
「そうか、なら……少し、協力してやるよ」