第二話「ドキドキの出会い」
「えぇっと……コンニチワ?」
なぜか片言になる日本語。というかすごい見られてる、騎士っぽい集団にすごい見られてる。特に先頭の女性がすごく睨んでいらっしゃるのはなぜなのか。
(やっぱりどこかおかしいのかな、言葉さえ通じるなら何とでもなるんだが……)
「おい、貴様は何者だ。見たところただの旅人というわけではないようだが?」
おぁ、相手の言っていることが理解できる。神が何かしてくれたのだろうか、何にしてもありがたい。とはいえ、怪しまれていることは間違いがない。早めに誤解を解いて、可能なら保護もしてもらいたいところだ。
(いや、でも待てよ。どう説明すればいいんだ?)
神様に呼ばれて別の星からやってきました、仲良くしましょう――どう考えてもロクな未来が見えない。今でさえ犯罪者を見るかのように訝しまれているのに、これ以上ネガティブなイメージを与えてどうする。
だが、同時に堂々としておかないと後々舐められる。営業でも大事なのはファーストインプレッション、最初に目があってからの5秒と、その後3分間の会話次第なのだ。
「おい、なぜ答えん。答えられないのか? 答えたくないのか? それとも……」
女騎士が軽く顎を引くと、隣にいた筋骨隆々の偉丈夫とローマ帝国を想起させるえんじ色のマントが付いた鎧を纏う兵士2人が前に出てきた。彼女の目が少し、ほんの少しだが嗤って……
「――はなから答えるつもりがないのか」
「神様に呼ばれて別の星からやってきました、助けてください」
速攻で頭を下げた。
(無理無理、舐められないようにとか無理。だって最初の5秒で心臓鷲掴みされそうだもの)
何と言っても脅し方が手慣れていらっしゃる。彼女は全く凄もうとしてないのに凄みが半端じゃないし、前の3人も一歩踏み出しただけ、特に脅すそぶりをしたわけでもないのに死を確信させられた。と言うか、この星での最初の出会い濃厚すぎる。誰が女帝とその精兵にエンカウントさせろと言った、村人と遭遇させろ。
「やれ」
女騎士――改、女帝が何かを呟いた。聞き返そうと頭をあげると、
「え?」
先ほどまで彼女の隣にいたはずの偉丈夫が、目の前で剣を振りかぶっている。
(開け――)
思わず開眼していたのは防衛本能の成せる技なのだろうか。
「なにっ」
偉丈夫の剣は俺の首筋近くでピタリと止まっていた。
(あっ、あっぶねえ!)
あとコンマ数秒遅れていたら死んでいた。唐突すぎて実感もわかないが、とりあえず少し距離を取る。偉丈夫は、表情こそ変わらないが、その目には少なくない動揺が見て取れる。
「どうやらあんた、動けないみたいだな」
そしてこの瞳、開くと周囲の者を畏れさせる効果もあるようだ。なるほど、虎の威ならぬ、神の威を借りているらしい。更に嬉しいことに、一人の時には気がつかなかったが、開眼中は思考速度も上がるようだ。先ほどまでの緊張は何処へやら、今は至って冷静に観察できている。
「こっちは頭を下げてるってのに、酷い事をしやがる。一体どういうつもりだ」
そっちがそのつもりなら、身を守るためにも睨まずにはいられなくなる。ガンを飛ばすだけで石にヒビが入るのだから、人間相手ならハンマーで殴ったくらいのダメージは入る。ましてや、全力で睨めば跡形も残らないだろう。
「なるほど、神云々というのも存外に嘘ではないらしい……いや、許してくれ。私はセントレア王国騎士団所属、アリアーヌ・ド・アルク。今は見ての通り急を要していたのだ」
敵意がないことの証だろうか――腰の剣を兵士に預けつつ、アリアーヌはこちらに近づいてきた。
「陽が落ちる前に人探しをせねばならぬ、そんな折に季節外れの装いをした貴殿が現れた。こちらとしては立場上誰何せざるを得ないが、時間も惜しい。故に多少手荒になってしまった」
「多少でこれか? 下手すれば死んでたぞ」
まさに振り下ろされんとしていた白刃を指差す。
「彼が……クレインが殺す気でいたのなら、貴殿は今頃心の臓を貫かれている。その間合いでの大上段からの振り下ろし、それこそが示威行為である証左だ」
なるほど、わからん。いや、言わんとすることはわかるんだが、正直どんな風に襲われても死にそうな気がする。
(ただ、確かに頭を上げた時点でこの位置にいるなら、俺が頭を上げきる前に突けば簡単に殺せただろう。あえて生かしたと言われれば納得も出来る)
「まぁ、言いたいことはあるがいいだろう。とりあえず彼の拘束を解けばいいのか?」
「む、いいのか? こう言ってはなんだが、自由になった途端に襲う可能性だってあるのだぞ?」
アリアーヌがその綺麗な眉をひそめながら言った。
「俺はこれでいて機微には聡くてね。君にも彼にもこれ以上何かしようという気がないのはわかるよ」
無論嘘である。たとえこの目があったとしても、初対面の人間の腹づもりなどわかるわけがない。今の所この目は、神の加護を解析することと睨んで攻撃が出来る以外には何も出来ないのだ。
(神は極めれば何でも出来るようになると言っていたが、今の所はこの程度。でも……)
この状況に限って言えば、睨み一つで確実に突破できる。それならば、さっさと話を進めたほうがいいだろう。正直心身共に疲れ切っている。
「それに、実のところかなり疲れていてね、出来る事なら早く休めるところに行きたい。こうまで脅かされたんだ、多少のわがままは聞いてくれるだろう?」
とりあえずはベッド、なければ藁とかでもいいから休ませてほしい。そう言いながら一度瞳を閉じた。
「っ、かたじけない」
「クレイン、大事ないか?」
「はい、問題ありません」
この偉丈夫、クレインさんと言うらしいが、改めて見るとものすごい筋肉である。それも見せかけではなく、しなやかで強靭、まるで野生動物のような筋肉だ。
「クレインを開放してくれた事、改めて礼を言う。ありがとう」
律儀に目礼をするアリアーヌ、こうして穏やかな様子を見ていると、先ほどの女帝のような印象はやはり威圧されていたのだと気付かされる。
「隊長、探し人が見つかった以上、隊は早々に解散させましょう」
「そうだな、頼めるか?」
「はい」
クレインはこちらに軽く頭を下げてから兵士たちの方へ向かった。流れから察するに、この兵士たちはその探し人とやらを探すために集められていたらしい。
「あれ? もしかしなくても探していたのは俺か?」
「うむ、貴殿がアスヴェア神の使いだとするならば間違いない」
おっと、聞き覚えのないワードが出て来た、アスヴェア神とな。それがあの神様の名前なのだろうか……
「何にせよお疲れなのだろう? 詳しい話はまた明日にしよう。私も今日は久しぶりにゆっくり休めそうだ」
夕日を背に朗らかに笑う彼女は、ただただ女神のように美しかった。
夜の帳が下りて、どこからともなく虫の音が聞こえてくる。陽の入りからは幾許かの時が過ぎて、神の使いであるキンタロウも部屋で寝息を立てている。調査隊の面々も一部を除いて就寝した事だろう。
「隊長、王都天文台への伝令はすでに出立しました。別経由で陛下への報告もさせますか?」
その一部が、ここにいるクレインと全身黒づくめの人物――近衛従者隊隠密部の人間だ。
「そうだな、詳しくは私が直接お伝えすることとなるだろうが、一足先に書を飛ばそう。天文台の老いぼれどもが癇癪を起こさぬとも限らん」
「ではこちらの内容でよろしいですか?」
クラインが、あらかじめ用意していたであろう伝書を差し出した。いつものことながら仕事が早い。
「……うむ、よかろう」
特殊なインクでサインをして、その上から封蝋をする。これでこの手紙は正式な伝書となる。
「では、アムール殿、よろしくお願い致します」
壁に寄りかかっていた黒づくめが、すっと手紙を受け取り、腰に括り付けた金筒に収めた。軽く一礼すると、物音を立てずに部屋から出て行く。
「相変わらず見事な体捌きですな」
「あぁ、敵にはしたくない」
この国の近衛は2つの隊から成り立つ。一つは表向きの護衛である近衛騎士隊、もう一つが近衛従者隊だ。従者隊に関しては、その名の通り侍従として王を支えながら宮中での護衛を務める。その中でも諜報や特殊任務に特化した隠密部と言われる集団は、構成、人数、個人情報などが秘中とされ、国の中枢を担うごく一部の人間でさえ全容は把握していない。
風の噂によれば、隠密部各員には記号が割り振られ、当人同士ならお互いに誰が誰なのかを認識することが出来るらしいが……
(全ては王のみぞ知る、か)
この隠密部を自在に操れるのはその時代の国王陛下ただ一人、故に、この国は貴族の裏切りや反乱が起こらないのだ。
「何にせよ、とんでもないことになったな」
「はい、まさか神が人を遣わされるとは思いませんでした。私はてっきり教会のたわごとだとばかり……」
「うむ、いくら巫女殿の言とはいえ、こうしてあの瞳を見るまでは信じられなんだ」
「っ――」
今日の出来事を思い出したのか、クレインの表情が強張った。それはそうだろう、少し距離を空けていた私でさえ圧倒されかけたのだから――いや強がりはよそう、あの瞬間、正しく圧倒されたのだ、あのキンタロウという人物に。
「あの虹色の瞳、伝え聞くどの魔眼とも違う。神眼というのなら……」
今日は彼の寛容な精神に助けられたが、危うく敵対という愚を犯すところだった。なればこそ明日だ、明日こそが彼との関係性を決める一日となる。
(彼には久しぶりにゆっくり休めると言ったが、今夜は寝付けそうにない――)
目の前で額に汗を浮かべているクレインも同じだろう。
「陛下、これは大事になりますぞ」
風に揺らめく蝋燭の火が、波乱を予感させた。