はじまりの日
目が覚めると、最初に感じたのは石の冷たさであった。
地べたに転がっているらしいが、真っ暗闇の中なので周囲の様子がわからない。寝そべったまま手足を動かしてみるが、届く範囲には何もなく、ただ石のざらついた感触と、ひんやりとした冷気を感じるのみだ。
「ここは……」
自分の部屋でないことは確かだろう。それに、知っている場所とも思えない。二日酔いでも起こしたかのように朦朧としているが、とりあえず体を起こす。
「いたっ」
どの程度の時間こうしていたかは知らないが、石の上にそのまま寝てたら痛いに決まっている。
くそっ――悪態を吐きながらやっとの思いで胡座をかくと、部屋の中がうっすらと明るいことに気がついた。暗闇に目が慣れたのかとも思ったが違うらしい。薄緑色の光が部屋を満たしている。
「ふむ、そんなに広くないのか」
この部屋は立方体であるらしく、床、壁、天井は全て同じ材質の石で出来ているように見える。あ、ちなみにちゃんと服は着ていた。もっとも、見覚えのない白いワンピースのようなものだったが。
凝り固まった首をほぐしながら光源を探せば、壁の一つに何やら模様が浮き出ている。のそのそと近づいて見てみれば……
「なんじゃこら?」
うっすらと光る薄緑の線で、何か描いてあるのだ。文字ではなく、人間の目のような模様が二つ。触ってみればでこぼことしているので、どうやら壁に彫り込んでいるらしい。
(なぜ光っているんだろう……蛍光ペン?)
なんてことを考えていたからだろうか、凝視していたその目の模様が強烈な光を発した!
「おわぁあああ!! 目がっ、目がぁ!」
某大佐のような叫び声をあげているが、そんなことを気にしている場合ではない。とにかく痛いのだ!
「うぐっ、グフ、はぁっはぁっ……」
数分はのたうちまわっただろうか、次第に痛みが引いていき視力が戻ってきた。全身が汗でぐっしょりと濡れているため酷く気持ちが悪い。
「床がひんやりしてて助かります、ゲホッ」
誰に言うでもなく呟いたが、叫びすぎて喉が痛い。
「そうかそうか、それなら石で作って正解だったな」不意に返事が返って来た。
「――っ」
恐る恐る模様を見てみれば、先ほどまで開いていた目が閉じている。確かに返事はここから聞こえたが……
「何はともあれ、瞳の継承は終えた。唯一の来訪者に適合したのは僥倖と言えよう」
声を発するのに合わせて、模様も明滅する。
「あ、あの、どちら様で……」
「ふむ、一から説明してもよいが、それだと少しばかり長くなる。故にお前に教えるのは3つだ」
「は、はぁ」
できればちゃんと説明して欲しいのだが、口を挟めるような雰囲気ではない。相手はただの模様なのに。
「まず初めに、ここはお前の知る惑星ではなく、よく似た別の惑星だ」
なるほど、わからん。だって見渡す限り石の部屋だもの。
「この部屋は転移と継承のために用意した、外には自然が広がっているよ。まぁ瞬間移動でもパラレルワールドでもなんでもいい、とにかくそういうものだと覚えておけ――そして2つ目に、この私は神だ。すでに滅んだがな」
「……」
「おい?」
あぁ、ちょっとびっくりしちゃった。確かに模様とはいえなんか雰囲気があるもんね。いやいや、そうではなく、模様と会話している時点でびっくりだ。
「あれ? 通じてないの? ほら神様とか上位存在とか」
「いや違うんです。神はわかりますよ? ただようやくこの状況に精神が追いついて来たと言いますか、色々ツッコミどころが出て来たと言いますか、あれ! てか別の惑星って言いました!? ドユコト――」
「落ち着け」
落ち着いた。模様の目が開いたと思ったら気持ちが穏やかになっていた。明鏡止水とはこのことか。よし、話を聞こう。
「続けるぞ――先も言った通り、私という存在はすでに消滅した。滅びの定めこそ受け入れたが、まるっきり消え去るのは寂しくてな。私の持つ神の力をほんの一部でも誰かに譲ろうと思って、こうしてお前に瞳を与えたのだ。それこそがお前に伝えるべき3つ目の内容だ」
「なんとなくですが事情はわかりました。ですが、俺はこれから何をしたらいいのでしょう、この部屋から出る方法もわかりませんし」
壁の模様が、ほむ、と言ったように目を閉じる。
「考えてみればそれもそうか、いきなり神の瞳を与えられても人の瞳とは訳が違う。よかろう、お前に目の開き方を教えてやる。と言っても簡単だ。肉体の両の目を開くと同時に、心に強く念じるのだ――開け、と」
その瞬間、模様の目が開き、強く輝いた。
「どうだ、わかるか、これが目を開くということ。さあ、お前も開いてみろ」
そうは言われても……いや、やるだけやってみよう、話はそれからだ。
(強く念じながら……開け!)
そうして瞼を開けた途端に、世界が変わった――
「な、なんだこれ――」
言葉にならない。先ほどまで薄暗くてよく見えなかった室内が、はっきりと見通せるのだ。いやそれだけではない。ただの石だと思っていたこの部屋は、それこそ粒子レベルで作り込まれていることがわかった。この部屋の全てが互いに干渉しあって不思議な力場を形成している。表面のザラつきも、その細かな凹凸全てに意味があったのだ。
「どうだ、見えるようになったろう、神がかり的なこの部屋の仕組みが。それが読み取れたのなら、この星の魔法や神事は全て読み解くことが出来るだろう」
どうやらこの目は本当に神様の目らしい。なんでもお見通しって感じか。
「なるほど、すごいですね……」
「だがそれだけではない、神としての全ての力は瞳に宿る。お前が瞳を使いこなせるようになれば、事象改変さえ可能なのだ。いや、まぁ人の身では極める前に寿命を迎えるがな」
おほん、と咳払いをする模様(神)。
「とにかく、お前はその力を使い好きに生きろ。ただし、瞳は絶やさず継承すること、私からはそれだけだ」
「わかりました、しかし継承とはどのようにすれば……」
今はまだ見ることしかできていない。継承と言われても……というか外がどんな世界か知らないが、地球でも争いは絶えなかった、もしも戦わないといけないような場所なら、継承以前に死にそうだ。
「継承に関してはその時が来れば自ずとわかる。そして防衛に関してだが、神の瞳の次なる力を伝授して、この継承の儀を終わらせよう」
「次なる力、ですか?」
「うむ、簡単に言えば眼力だよ。人間でも目力のすごいやつはいるだろう? 威圧感というか圧迫感というか。それの神様バージョンだよ」
ほほう、それはなんだか凄そうだ。この目があればヤクザさんに絡まれても安心なのかも。
「これも至って簡単、開眼したまま睨め、それだけだ」
「確かに簡単そうですね、では早速――」
目を開き、目の前の壁をぐっと睨む。その瞬間――
睨んだその壁がバラバラになりながら吹き飛んだ。
(お、おやぁ?)
思わず言葉を失ったが、同時に理解した。
「あ、継承の儀が終わりってそういうこと……」
先ほどまで模様の刻まれていた壁は跡形もなく吹き飛び、外の美しい風景が目に映る。どうやらここは山の頂上のようで、見渡す限りの雲海が広がっていた。
「あらー……」
振り返れば部屋の力場はすでに失われ、無機質な壁面に陽の光が差し込んでいる。なんだかお礼を言いそびれてしまった気分だ。だが相手は神様、今からでも遅くはないだろう。
「鷹宮金太郎二十八歳! 精一杯頑張らせて頂きます!」
営業で培ったびっくりするくらいに綺麗なお辞儀をして、人生の再スタートを決意した。
「あ、神様の名前聞きそびれた、名刺も貰ってないし……参ったな」
人間、場所が変わろうと染み付いた癖は変わらないのだ。