悪魔と花嫁
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冥界の神殿に戻ったリリーは一人石の階段に座り、考え事をしていた。勢いで城から出て来てしまったが、城を追い出されたら他に行く場所がない。幼い頃家出をしたときは教会に隠れていたが、教会は先日の騒ぎで燃えてしまった。
「私はなぜここにに来てしまったのだろうか。そして、なぜ一人ではここから出られないのだろうか…………」
太陽や月はたまに顔を出すけれども、それが神殿の上からだったり、はたまた木の陰からだったり位置は定まらない。
地面を覆う花はある日は勿忘草であったり、日乾びた土であったり、神殿こそ、たまに他にも人がいたり、椅子があったり、机がなかったり、それら全てが消えてしまったりする。
今は音と光と熱に遮断され、時が止まってしまったかのように感じる。自分は空の上にいるのか地面に立っているのか、不自然な感覚に目眩がした。
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一方ケルベロスは『冥界の端くれ』と呼ばれる、『谷』にできていた。谷は一本のロープで出来た橋で北と南の大地をつないでいる。橋に足をかけると、細い縄はゆらゆらと大きく揺れ木の板の欠片が数十メートル下の川に落ちる。
ケルベロスは向こう岸に花が咲いているのを確認すると、谷の下を流れる川には気にも止めずに今にも崩れそうな橋を渡った。
《ギィ、ギィ…………》
橋を渡っている最中に小さな小鳥とすれ違う。ケルベロスは目で追うと小鳥はリリーのいる神殿へと向かっていた。
橋を渡り終えたケルベロスは木になっていた赤い実をいくつか手に取った。
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神殿にたどり着いた小鳥はよろめきながら地面に落下する。自分の巣に戻ろうと思ったのか、小鳥は最後まで諦めずに力を振り絞って翼を動かす。
小鳥に気がついたリリーは肩に掛けていたウェディングドレスの一部で小鳥を包み込む。
リリーは遠い昔に聞いた唄を口ずさむ。優しく頭を撫でてあげると、だんだんと小鳥は鳴くことを止め、静かに息を引き取った。
「鳥か」
ケルベロスが神殿に戻ってきた。
リリーは泉から湧き出る水を柄杓で掬い、小鳥の口を濡らした。固い土を素手で掘り、穴に小鳥を寝かせる。
ケルベロスにはそれをぼんやりと眺め、側で赤い実を食べた。一緒に食べるかと聞いたら、すごい剣幕で怒られた。
「冥界で生きる俺たちにとって、命とはないものに過ぎない。人間の魂など一瞬で刈り取ることにも躊躇しない」
リリーは、自分の空っぽになった鞘に手をかけた。
そして、しばらく自分の中で答えを探した後、ケルベロスに返事を返す。
「ともに過ごせばいずれわかる時が来るでしょう。悪魔にも」
目の前にいるケルベロスが困惑しているのを見ると黒い棘の指輪がはめてある手を彼の前に差し出し、赤い柘榴の実を一つ手に取って妖しく微笑んだ……。