妹の婚約
北陸シュリア帝国、城内の談話室では城を守る騎士たちがテーブルを囲い、ぽつりぽつりと噂話をしていたーー……。
「……どうやら、国王様の体調が随分と思わしくないらしい。他の国から腕の良い医者を連れて来ても依然として体調は回復しない。
長くベッドに横になっているせいで背中には床擦れができて、赤く腫れ上がり、自力で体を動かすこともできない。……昔の面影もなく、骨と皮一枚になったお姿は、長らく仕えていた私たちでさえも見るに堪えない……」
団長が白髪混じりの眉を潜めながら、テーブルに肘をつき、両手を握りしめて黙り込む。
「こればかりはわれわれにはもう最後を見守ることしかできない。有名な医者でも治すことができない病だというから、残されたご家族がかわいそうだ」
そう呟いた後に、それを聞いていた新米の騎士が身を乗り出して呟く。
「……ご家族だけではないはずです! 国王様にもしものことがありましたら、国全体の人たちが悲しむことでしよう……!
国王様は非常にお優しいお方なので、戦になりそうな話も話し合いで全て解決されてきましたが、他の方も同じようにできるとは限りません……!
今の国王様のお人柄と厚い人情、長年のお付き合いや他の国との交流があってこそ、国の平和が成り立っておりました。それは簡単に継げるものでもありませんし……」
皆がうんうんと頷く。
「直系の血筋である、リリーお嬢様が跡を継いでくだされば、安泰だったんだがな……。リリーお嬢様は小さい頃からお父様のお仕事を側で見ておられ、社会勉強とばかりによくいろいろな場所にお出かけになられた」
「それは誰もが望んでいた叶わない未来です。……今さら叶わないことを口にしても、むなしさだけが残るだけ……」
皆はため息をついた。
「……そうだな……それではせめてライリお嬢様にこの国を支えていただけるような良きお相手を見つけてもらわないと……」
とある騎士がそう呟くと、残りの騎士は一斉に外側から鍵の掛けられた扉の先を見つめる。
「今のところ後継者があの母親しか、おられないのではな……」
リリーとライリの母親の『悪いうわさ』は城中に知れ渡っていた。
国王が倒れた後、長い間本性を隠していた母親は王国が長年築き上げた『平和』を逆手に取り『自分だけが愛される理想の王国』を作り上げようとしていたのだ……!!
テーブルに置かれた蝋燭は1寸ほどに短くなり、わずかな灯りが揺れる……。
「だ、だれか……! ライリお嬢様を呼んで来てくれませんか……?!」
廊下から王に仕えている侍女が慌てて助けを求めている声が響いた。すぐに声を聞いたお付きの者とライリお嬢様と思われる小さい靴の女性の足が部屋の隙間から王の部屋へと走って行ったのが見えた。
「ああ……国王様……」
テーブルに置かれた蝋燭の灯りは、ふっと突然消えたーー……。
*
呼び出されたライリは王の部屋に入る。柔らかなシャンパンゴールドのドレスに身を纏ったライリ。ベッドに横たわる痩せ細った父親の姿を見ると、小刻みに震える手を両手で支えた。
「お父さま……お父さま……。聞いてください。……実は私、心に決めたお方がおりますの」
ライリは眠るように目を瞑る父親に必死に訴えかける。今まで恋心は密かに自分の中に隠していたのだが、時間がもうないと悟ったのだろう。ライリは部屋に置かれた電話の受話器を手に取る。恋人に連絡を取り次ぐとまたすぐに父親の元へと戻った。
「……お父さま……。まだ、私のお側にいてくださいまし。お父さまもがいなくなってしまったら、私はどうやって生きていけば良いのですか……? 何も答えてくれなくてもいい……。
お父さまがここにいてくださるだけで……私は……」
そうライリが頬を濡らして呟くと、彼女のミルクティーの髪色を痩せ細った手が優しく優しく撫でたーー……。




